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禁じられた迷宮シリーズ 土曜日。 これはいつか小説にしたいエピソードです。 絵本とかでもいいかな……
中学三年の夏休み
タクヤは両親と一緒に甲武山のふもとにある、じいちゃんの家を訪れた。
そして
今日は土用の丑(ウシ)の日。
夕方
同居しているおばさんが、近所のうなぎ屋さんから、てん屋もんをとってくれた。
じいちゃんにとって、久しぶりの家族そろっての夕ご飯となった。
じいちゃん
じいちゃんは食が進まないのか、少し口をつけただけで箸を置いてしまった。
タクヤ
別に
好き好んで行ったわけじゃない。
おとんの身勝手でこうなったんや。
タクヤはふつふつと湧きあがる感情を腹の中に押し込め、ウナギを頬張った。
オジサン
オジサン
もともと痩せていた。
久し振りに会ったじいちゃんはさらに痩せていて骨と皮しかないように見えた。
じいちゃん
それだけ言うとさりげなく重箱をタクヤの前に置いた。
おかん
おかん
おい!
タクヤ
おかん
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
おかん
おかんはタクヤをにらみつけた。
家族全員が妙に気を使い合う。
いたたまれなくなったタクヤは、残りのうな重をかきこむと席を立った。
タクヤ
これが家ならすぐにでも自分の部屋にこもる。
こもる場所がないから
仕方なしに店に出た。
おかん
おかん
おとん
じいちゃん
じいちゃん
のれんの向こうで大人たちの会話が聞こえてくる。
おとん
おとん
おとん
中学一年の途中でいきなりの転職。そして転勤。
家族で見知らぬ土地に移り住んだ。
あげく、新しい環境に馴染めず不登校におちいったのだ。
勝手にしやがれ!
タクヤは店と母屋を繋ぐ廊下を勢いよく遮断した。
カウンターに頬つけ寝そべる。
不意に視線を感じた。
じいちゃんの撮った花嫁が、タクヤに笑いかけていた。
近藤家は代々写真館を営んでいる。
三代目がじいちゃん。
おじさんが四代目になる。
店舗は大正時代に建てられた、当時としては最先端の西洋建築だった。
むろん、今では町の文化遺産。
増築された住居部分は昭和の中頃にじいちゃんが建てたものだ。
これも たいがい古い。
七時閉店。
そろそろ店じまいのころ。
ドアの呼び鈴がカランと音をたてた。
お客
タクヤは顔をあげた。
見ると太鼓腹の中年男が汗をふきふき店に入ってきた。
お客
お客
タクヤ
タクヤ
タクヤはのれんをめくりドアを開けた。
すると、ほろ酔い加減のじいちゃんが、つっかけを履いて、ひょこっと顔を出した。
お客
お客
お客
男はポケットから一枚の写真を取り出した。
じいちゃん
じいちゃんは置いてあった老眼鏡をかけると、しげしげと写真を眺めた。
じいちゃん
じいちゃん
お客
お客
じいちゃんはかかかと笑った。
じいちゃん
お客
じいちゃん
じいちゃん
男は安堵の表情を浮かべた。
ひとしきり世間話をすると客は上機嫌で帰っていった。
オジサン
奥から大人たちのぼそぼそとした会話が聞こえてきた。
オジサン
オジサン
おとん
オジサン
オジサン
じいちゃんは奥の会話に気にするでもなく
札の貼ってある棚の中から、せん餅でも入っていそうなアルミ缶を取り出した。
じいちゃん
じいちゃん
タクヤ
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
タクヤ
タクヤ
タクヤ
じいちゃん
じいちゃん
そう言ってじいちゃんは写真を手渡した。
花束を持つ女性の周りを会社員たちが囲んでいた。
和やかな写真のはずが、
頭上にサッカーボールほどの人魂が横切っていた。
タクヤ
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
タクヤ
タクヤ
じいちゃん
じいちゃん
イタズラっ子のように笑うと、アルミ缶をタクヤの前に置いた。
中にびっしりと写真が納められている。
タクヤ
じいちゃん
じいちゃん
タクヤは写真を一枚取り出した。
タクヤ
旅先のカップル。
男の肩に明らかに別の手がのっている。
園児の集合写真。
子供の足が一本多い。
タクヤ
タクヤ
じいちゃん
じいちゃん
日本人形に真っ赤な光線。
外国の城。窓辺に浮遊する黒い影。
タクヤ
タクヤ
バイクと一緒に写る若者。
バックの木造校舎の窓に、たくさんの顔、顔、顔……
じいちゃん
じいちゃん
タクヤ
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
タクヤ
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
カラン~
不意に
店のドアが開いた。
タクヤ
タクヤ
人影が見えた気がしたのに……
誰もいない。
きっと気味の悪い写真を見たせいで、敏感になったのだ。
夜の八時半
風呂上がりにタクヤはじいちゃんに呼び止められた。
タクヤ
じいちゃん
茶の間におとんとおかん、おじさん夫婦も揃っている。
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
そう言ってじいちゃんは神妙な顔をした おとんの手に、のし袋を手渡した。
じいちゃん
じいちゃん
薄い化粧箱をタクヤに渡した。
なぜ今? なぜ入学祝?
ほぼ、100%、受験に失敗するかもしれへんのに?
じいちゃん
うずうずしたように言う。
タクヤはもたもたと箱を開ける。
赤い布きれ
広げてみると……
!!
タクヤの手の中に
真っ赤なブリーフが広がった。
ぷッ
おばさんが吹き出した。
タクヤ
タクヤ
おかん
おかん
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
唖然とするタクヤを見て、じいちゃんは無邪気に笑った。
真夜中
タクヤはおとんの酷いイビキで目を覚ました。
タクヤ
タクヤ
カタン
物音がする。
階下で何かしらの気配を感じた。
じいちゃんか?
一階は階段を使わないよう、じいちゃんだけが寝ていた。
トン トン トン トン
軽やかに階段を上がる音
じいちゃんなわけがない。
タクヤは耳をすませ様子をうかがう。
ミシッ
じっとしているのが耐えられない
そんなふうに板の間が鳴った。
襖の向こう側に誰かいる。
パチン!
手拍子?
それっきり
音も気配も無くなった。
翌朝
じいちゃん
じいちゃん
タクヤは食べかけていたトーストを皿に置いた。
オジサン
オジサン
おじさんは仏間をみやる。
お供え膳にウナギが乗っていた。
じいちゃん
おばさんが教えてくれた。
じいちゃんの兄、千吉さんは、先の戦争で亡くなった。
千吉さんが戦地に旅立つ前の夜、ひいばあちゃんがどこからかウナギを手に入れた。
戦地に赴く息子に食べさせようと、近所の板前に頼み込んで
たった一杯のうな丼をこしらてもらったのだという。
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
話はここで終わり。
こないな話はやめやめと言いながら、じいちゃんは店に行ってしまった。
午後
盆前に一足早く、墓参りに行くことになった。
おとん
ひと夏のうちに長くなった草をむしりながら、おとんが言った。
オジサン
オジサン
オジサン
タクヤはおじさんに言われるまま 墓石をごしごし洗った。
皆で手を合わせた帰り
ヒヨドリ寺の安斎住職を訪ねた。
安斎住職
安斎住職
じいちゃん
じいちゃん
年寄り二人はゲラゲラと笑った。
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
じいちゃん
その時って……
タクヤは何もかもが急にぼんやりしたように感じた。
安斎住職
安斎住職
住職は邪気を飛ばす勢いで豪快に笑った。
安斎住職
おじさんは風呂敷をひろげ、アルミ缶を住職に手渡した。
安斎住職
ふむふむと中身の重さに感心しながら、
どおいうわけか住職はタクヤに視線を向けた。
安斎住職
安斎住職
タクヤを見透かしたように言った。
タクヤ
その迫力に押され、タクヤは小さくうなずいた。
大人たちはタクヤを見て驚いた。
住職は豪快に笑う。
安斎住職
安斎住職
安斎住職
安斎住職
安斎住職
アルミ缶を開け
写真を一枚一枚並べた。
心霊写真は本堂の半分の面積を占めた。
安斎住職は仏像の前に座ると経をあげた。
それは、まるで長い長い歌を聴いているかのようだった。
じいちゃん
おじさんにおばさん
おとんとおかん
目を伏せて手を合わせている。
タクヤもなんとなく手を合わせる。
じいちゃんのおっきい兄ちゃん
近くにいるんやろか……
視線はさ迷い、ふたたびじいちゃんに戻ってくる。
丸めた背中は背骨が酷く浮き出ていて理科室にある骨格標本みたいだった。
お経が終わり、タクヤは写真を集めた。
タクヤ
安斎住職
安斎住職
安斎住職
安斎住職はタクヤが拾おうとした一枚に向かって言い放った。
安斎住職
じいちゃんが悪い霊だと言っていた、水に映る幽霊写真だ。
タクヤ
タクヤはじいちゃんを見た。
じいちゃん
安斎住職
安斎住職は少し考えた。
安斎住職
チリン……と
鈴が一つ
返事をするかのように鳴った。
夏が終わり
秋はあっという間に過ぎ去った。
新しい年を迎える前に
じいちゃんはあの世へ旅立った。
葬儀は写真館で執り行うこととなった。
お通夜では、じいちゃんを見送ろうと大勢の人が参列した。
お経が終わり
安斎住職が帰った後も
焼香だけでもと、知人やお客さんたちが次々お参りにやってきた。
女性
女性
一人の年配の女性がタクヤに話しかけた。
女性
女性
女性
女性
女性
女性
女性だけじゃなかった。
ご近所さんたちが
じいちゃんが撮った写真を持ち寄った。
五年前も
十年前も
二十年前も
写真は色あせることなく綺麗なまま。
不意に祭壇のロウソクが
ぽっぽっぽっと揺れた。
タクヤには、じいちゃんが笑っているように思えた。
夜更け
線香を絶さぬよう寝ずの番をしていると
親戚たちと酒を飲んでいた おとんが、タクヤのところへやってきた。
おとん
タクヤ
タクヤは写真館を見渡した。
赤子、園児、学生、新郎新婦、家族、老夫婦……
じいちゃんが撮った写真。
皆、いい顔をしている。
タクヤ
アルミ缶、きっと、たまっているはずだ……。
タクヤ
おとん
タクヤ
おとんは首を横にふる。
おとん
おとん
タクヤ
タクヤ
タクヤ
タクヤ
タクヤ
タクヤ
タクヤ
タクヤ
タクヤ
タクヤ
タクヤ
タクヤ
タクヤ
タクヤの目に涙が溢れ出でてきた。
おとんはしばらく黙っていた。
少ししてから
条件があると言った。
おとん
三月
タクヤは中学を卒業した。
おかん
おかん
高校入試の朝
おかんが玄関先で見送った。
タクヤ
タクヤ
おかん
おかん
物こそ言わないが、縁起もんの赤いブリーフを言っていた。
タクヤはVサインで答えた。
おかん
おかん
タクヤ
タクヤ
タクヤ