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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで

鵺もどき

グゥウウウ……

その人口鵺は、揺らめくヒヅメで器用にも立ち上がっていた。

不釣り合いに大きな頭部が重いのか、

わずかに前傾姿勢ではあるが

それでもサルの手の器用さでうまく体を支えている。

渋谷大

捕食思考の強いクマの頭に

渋谷大

器用でバランスをとれるサルの胴

渋谷大

それに脚力の強いシカの下半身

渋谷大

あんたが理想とするキメラってわけか

渋谷大

吐き気がするよ

渋谷大

……命でこんなに遊ぶ奴がいるなんて

花菱

遊びとは失敬だな

花菱

崇高な研究だよ

花菱

ニーズに100%合致する動物

花菱

完成すれば世界シェアが望める!

渋谷大

愛護団体から猛反発の間違いだろ

花菱

そうはならないさ

花菱

人間は利己的で残酷な生き物だ

花菱

品種改良の名目の下で

花菱

彼らは広く受け入れられるだろう

花菱

これは予言だけれど――

花菱

そうなった場合、遠からず

花菱

人間を素体としたモノも求められる

花菱

君はぜひその礎になってほしい

花菱

……さ、おしゃべりはおしまいだ

花菱

ねじ切っておいで、実験体

その声を合図にしたかのように、

鵺もどきがのっそりと前に出る。

その発達した大腿筋がわずかに屈んだのを目に留めて

渋谷は鵺に向かって床を蹴った。

渋谷大

クマで一番怖いのは足の爪……!

渋谷大

サルの手なら器用さは上がるだろうけど

渋谷大

そこまで威力は――!?

シカの脚力で動き回られる前にと接近した渋谷の視界の端に

茶色い風が滑り込む。

完全に意表を突かれた事で飛び退く事もできず

次の瞬間、渋谷は強かに壁に叩きつけられていた。

渋谷大

ィギ……ッッ!!

久留間悟

渋の字!

全力で振り切られていたのは、シカの足だ。

片腕を軸にしてすばやく回し蹴りを繰り出した鵺もどきは

蹴りの威力をいまいち理解していない様子で

首をかしげながら渋谷との距離を詰める。

花菱

ははっ、ほらな!

花菱

口だけじゃないか!!

花菱

やはり僕の実験体はいい出来だ!

室内に響く高笑いに、久留間が愕然と口を開く。

渋谷は強打した背中の痛みに、未だ身を起こせずにいた。

久留間悟

……ウソだろ

久留間悟

いくら初手でも、モロに食らう大なんて

久留間悟

俺でもそうそう見た事ないぞ

色摩猛

……

色摩猛

……見かけに騙されたからだ

久留間悟

見かけ?

色摩猛

色摩猛

見慣れてなきゃ気付かないかな

色摩猛

あいつの下半身だよ

色摩猛

まるっきりシカの物にしか見えないけど

色摩猛

シカの股関節は、あんな風に開かない

色摩猛

……確証はないけど

色摩猛

ついてるのはサルの股関節だ

色摩猛

それに脳もあやしい

色摩猛

クマに、あんなすばやい判断能力はないよ

色摩猛

たぶん、大脳基底核の一部がサルの――

渋谷大

タケ

先ほどの衝撃のせいか、かすれた声が色摩の推察をさえぎる。

纏められた白い髪がグシャグシャと乱れる中

荒い呼吸で立ち上がり

吐き捨てた血で、床に新たな赤を広げた。

渋谷大

わかんねーから、その説明パス

渋谷大

つまり対処法は体で覚えろってことだろ

渋谷大

気が散るから黙って見てな

渋谷大

――負ける気してねぇから

闘争心でギラついた目を鵺もどきに向けたまま

その口元が不意に吊り上がる。

唇から垂れた血を乱暴に拭うと、骨張った指先は

それを鵺もどきに向かって突きつけた。

渋谷大

うまそうだろ

渋谷大

……お前の獲物のニオイだ

渋谷大

ほら、触ってみろよ

渋谷大

今のお前なら簡単に掴める

鉄サビのニオイがよりハッキリと鼻先をかすめるよう、

ゆらゆらと指先を動かしながら誘惑する。

鵺もどき

グ……

その香りに酔いしれるように、低く呻き声を上げる鵺もどきを

赤ん坊でもあやすかのように引き付け

渋谷は蛇が獲物を締め付ける速度で、その首に腕を絡めた。

鵺もどき

ゥグ!?

渋谷大

悪ぃな

渋谷大

ちょっと痛ぇ、ぞ!!

腕を支点に払い投げ、その鼻を床に叩きつける。

そのまま頭部と胴の継ぎ目を何度も全力で殴打すると、

鵺もどきはたまらず声をあげた。

鵺もどき

グガァ……!

渋谷大

っ!

吹き出る鼻血と痛みが、クマのままの瞳に怒りを走らせる。

闇雲に掴みかかる手に髪を捉えられた渋谷は、

とっさに鵺もどきの足を蹴り飛ばした。

しかし

渋谷大

くっそ、やっぱシカの足じゃ

渋谷大

うまく膝に入れらんねぇか……!

わずかに体勢が崩れたのみで

鵺もどきの手は渋谷から離れない。

花菱

いいぞ実験体!

花菱

やってしまえ!!

鵺もどき

ガァアアア!!

花菱が焚き付ける言葉に呼応するように

渋谷を引きずったまま、鵺もどきが室内を走り始める。

色摩猛

うわ……!

久留間悟

ここじゃ危ない!

久留間悟

屈んで、こっちに……!

慌てて避難する二人を気遣う余裕があるはずもない。

床だけでなく壁、檻、手術台、果ては天井まで

およそ足場になるものを縦横無尽に駆け回り

渋谷の体がなす術なく振り回された。

渋谷大

イッ……!

頭皮が引きちぎれ、首ごと引き抜かれそうな痛み。

歯を食いしばり、少しでも抗おうとサルの手にしがみつく。

花菱の指示通り頭をネジ切ろうとしているのだと理解し、

したたかに舌を打った。

渋谷大

こんの……!

爪先で床を蹴り、しがみついた腕にすがる形で

鵺もどきの体の上で倒立する。

その違和感に鵺もどきが気づいた瞬間、

渋谷は全体重をかかとに乗せた。

渋谷大

せぇのぉ!!

頭頂部めがけて、かかとが落ちる。

渋谷大

――っつ!!

渋谷大

やっぱクマの頭蓋骨、硬ぇな……!

渋谷大

砕けやしねぇ!

振り下ろしたかかと、そして足首が

攻撃の反動から来る損傷で激しく痛む。

ただし、その打撃は無駄ではなかった。

鵺もどき

グォオオオ!!

痛みに悶絶し、完全に理性を失ったクマの顔がそこにあった。

咆哮とともに生臭い息が顔面を襲い、

巨大な口が鼻先で開く。

食らいつかれれば骨ごと奪われる牙の群れ

それを目にし、渋谷の喉がか細く鳴った。

渋谷大

さすがに怖ぇな、これ……!

言いつつ、冷や汗が浮かぶ表情には

引き攣ったような笑みが貼りついている。

命の危険を感じざるを得ない肉色の虚空。

そこに渋谷は、勢いよく手を突っ込んだ。

渋谷大

クマの急所、鼻のほかは……

渋谷大

舌ぁ!!

叫ぶと同時に、牙が腕に食い込むのも気にせず

長い舌を掴み出す。

鵺もどき

――!?

喉の奥を引っ張り出される事態に動転した様子で、

鵺もどきがバタバタと暴れだす。

ようやく髪を掴んでいた指を振りほどいた渋谷は

血まみれの腕でその腹部に強く打ち込んだ。

鵺もどき

ァガ……!!

鵺もどきの体がくの字に曲がり、

口元から血泡が噴き出す。

渋谷大

ハッ、ハッ

渋谷大

……ハァ

倒れたまま痙攣するそれを悲しげに見下ろし、

渋谷は乱れた呼吸のまま、固い毛並みをなでた。

渋谷大

――ごめんな、痛かったな

渋谷大

終わらせるから

渋谷大

もう少し、我慢してくれな

語りかけながら、静かにその頭部を抱きしめる。

やがてゴギリと鈍い音が響くと

興奮しきった大きな鼻息は沈黙し

サルの手も、シカの足も、だらりとその場に落ちた。

渋谷大

……お疲れ

渋谷大

しんどかったよな

渋谷大

お前ら、すっげー強かったよ

再び鵺もどきをなで、深く息をはいて立ち上がる。

裂けかけた頭皮から血を流し

蹴り飛ばされた頬は腫れ

かかと落としの際に損傷した右足は引きずり

さらに右腕が水に浸かったように赤く染めたまま

ひどく静かな視線で、渋谷は花菱に対峙した。

渋谷大

――おしまい

渋谷大

余興を楽しんだら拍手をするもんだろ?

花菱

ヒッ……!!

花菱にあった余裕は、もはや見る影もない。

まるで幽鬼でも目にしたように青ざめ

壁を背にしたまま逃げ場を探して目を泳がせる。

久留間悟

いやいや

久留間悟

この期に及んで逃げられるわけないでしょ

久留間悟

おとなしく罰は受けなよ

花菱

け、警察なんかに僕は屈しない!

花菱

僕は

花菱

僕はこの研究で世界に……!

色摩猛

警察がどうとかは知んないけど

色摩猛

さんざん生き物いじめてきたんだ

色摩猛

怒りの鉄拳くらい食らったほうがよくない?

色摩猛

あとそのメガネ、外した方がいいかもね

久留間悟

んー、どっちかってーと今は

久留間悟

歯ぁ食い縛った方が――

花菱

久留間の言葉が終わるより先に

白い影が花菱の視界をかすめる。

濃い殺意すら感じさせる狂人じみたその目を

正面から見止めることさえできず

次の刹那、花菱のメガネは天井近くに投げ出されていた。

カタヅケ屋霊異記【完結】

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コメント

10

ユーザー
ユーザー

よかった鵺に勝った、、、でもほんと痛そう。。

ユーザー

渋谷さんがカッコよくって、しかもめちゃめちゃ優しくって、とにかく最高でした! 最後まで見てきます!

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