千春──彼女の名前を口にしたのはいつぶりか

少なくとも 彼女が死んでからはいっさい口にしていない

高層ビルの屋上

今から俺はここから飛び降りる

そして 千春のもとへ行くんだ

そんな思いを夜風に乗せ

目を瞑り 前に体重をかけた──

目が眩むような真っ白な光

背中には冷たい感触

目を開けずにはいられなかった

澄んだ青空 眉を潜める女性

俺は…死んだ、のか…？

これは…生きているパターンだ

でも ここはどこだ？

死んでないとしたら そりゃあ 生きているんだろう

女性がおどおどしながら話しかけてきた

女性は一呼吸置き こう言った

かい……？

確かに女性は俺の名前を言った

待てよ

この女性の顔

…似てる

似てるぞ

おっと危ない

(一応)初対面の人に呼び捨ては、な

明らかに動揺している

か細い声で女性は言った

それは 涙混じりの声だった

久しぶりにみた彼女の顔

今 確かに千春はここにいる

だが………

本当ににつかぬことだ

千春さんは 俺の想う千春でいいのか？

人違いだったらとんだ無礼者だ

…はっ

いや まだわからないじゃないか！

でも 千春さんは笑っていた

海さんが死んで 千春さんが生きている世界

千春が死んで 俺が生きている世界

俺の想う千春と 千春さんの想う海さんは きっと───