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「ねぇ、ユウリちゃん。以前、詠唱破棄について知りたいと言っていたわよね?」
「ええ、ですが母様に断られてしまいました」
「そうね、あの時はそう言った……けど、やっぱり教えてあげるわ」
「良いのですか?」
「ええ、ただし約束が守られないなら、その時点で教えはやめます」
三日程休んで俺の身体は嘘のように回復し、今日からリュカに詠唱破棄について教えてもらう事になった。
「最初に言っておきますが、詠唱破棄の練習は私が居る時だけ。少しでも異変を感じたらその時点でやめさせます。いいわね?」
「はい、よろしくお願いします」
全力を出しさえしなければ、普通に魔法を使うのは大丈夫だろうとは言われているものの、何も影響がないとは限らない。だから、詠唱破棄を教わる条件として、リュカの目の届く範囲以外ではやらない事と、リュカがこれ以上は危険だと判断したら即時に終了すると言う二つを約束させられた。
俺が返事をすると、リュカは頷き魔法詠唱についての説明を始める。
「先ず、詠唱破棄をするためには自分の魔力を正確に操作できなければならないの」
「それが出来れば、詠唱破棄もできるのですか?」
魔力の操作。名前からなんとなく想像はできる。しかし、それを実践するとなるとかなり難しい。
「そう、それが詠唱破棄をするための前提条件。それが出来るようになったら、魔法を撃つ時の魔力の流れ、それを再現するの」
「……なるほど」
口では簡単に言うが、実際そこに到達するまでの道のりは果てしなく長い。一つ出来るようになるだけでも、かなりの月日を要する事になるだろう。この世界に既存している魔法がいくつあるのかは知らないが、考えただけで気が遠くなる。
ゲームで例えるなら、まさにエンドコンテンツに相応しい。
「魔法には一つ一つ、異なった魔力の流れが存在している。それを体に覚え込ませるの。何千、何万という魔法を撃ち込まなければ、到底成しえる事のできないものよ。それでもやると言うのなら」
「わかりました。やります」
リュカの言葉を遮り、俺はそう返事をした。元々、俺が言い出した事なのだ。ここまで来て今更辞めますなんて言う筈もない。
「……そう、それじゃあまずは身体強化から始めましょう」
「身体強化ですか?」
何をするのかと身構えていたが、俺でも扱える中級魔法の言葉が飛び出してきて少し拍子抜けしてしまう。
「身体強化は文字通り、魔力を全身に纏わせて身体を強化する魔法。魔力を纏わせる部分を全身ではなく特定の個所に集中すれば、得られる効果は増大するの」
「そうなのですか。知りませんでした」
「一部を強化するという事は、他は無防備になるという事だし、意外と難しいからね。ただ、魔力操作の練習にはもってこいなのよ」
「なるほど、わかりました」
俺は早速身体強化を施し、それを全身から下半身だけに集中させるように纏った魔力を操作する。しかし、その途中で魔力が空中に霧散してしまい、身体強化が解けてしまった。
「失敗ね。でも、最初にしては上出来よ。コツは掴みかけているから、もう少し丁寧にやるよう意識してもう一度やってみて」
「はい!」
それから百は優に超える回数の身体強化を自身に掛け続けたが、二三度成功しただけでこれといった進展はみられなかった。
翌日もルナとルークが剣の指導を受けている横で、リュカの指導の元、身体強化による魔力操作を行う。先日よりもコツを掴んだのか、成功数はぐっと増えて百回中十三回成功した。
その翌日も、そのまた翌日も、俺は身体強化を使い続けた。週に二日は魔法を使わない日を作ることで、体調を崩すこともなく順調に練習は進んでいった。
慣れて来たころ、段階を上げて、強化部分を移動させたり、それにも慣れてきたら部分強化をしたまま魔法を使ったりと、日に日に成長しているという実感と共に、俺の魔力操作の練度も上がっていった。
「もうそろそろ、魔力操作も十分ね」
「本当ですか?」
「ええ、たった半年近くで魔力操作を物にするとは、我が息子ながら恐れ入るわ……いずれにせよ、詠唱破棄の入り口には立てたから、あとはひたすら魔法を撃ち込んで、魔力の流れを体に覚え込ませるだけ。さ、というわけでなんでも良いから、魔法を撃ってみて」
「光よ灯れ、ライトボール」
光の初級魔法、ライトボールを撃つ。とはいえ、一度では魔力の流れというのを掴む事は出来ない。何度も撃ち続けている内に、なんとなく疑心交じりながらも、感じ取れるようになってくる。
水を張ったコップに一滴のしずくを落としたた時に立つ波紋のような小さな揺らめき。これならまだ、血管内の血の流れを感じ取る方が楽だと思えるような、極々小さな流れ。
「魔力の流れを感じ取れるようになったら、今度は詠唱せずに魔力の流れを再現してみるの」
言われた通りにやってようとするものの発動はしない。
魔力はかなり自由に操る事ができるようにはなったが、それは一定以上の量があるからこそ。極僅かな魔力の流れまでを正確に操作することはできない。
「おかしいわね。魔力操作は十分な筈だけれど……あ、そうだ。試しに、少し威力を上げて撃ってみて。全力で使ってはだめよ」
リュカがなにか閃いたようにそう言う。威力が一体なんの関係があるのだろうかと首を傾げながらも、言われた通り七割程度の威力で魔法を使ってみる。
掌から放たれた光弾は、凄まじい速さで飛んでいき的用の大岩の半分を砕く。
「あ!」
撃った瞬間、俺は気づいた。先ほどまでは感じ取る事で精一杯だった魔力の流れが、手に取って分かる程に大きくなった。
「やっぱりね。ユウリちゃんの魔力は桁違いに大きい。だから、初級魔法程度では減った事すら認識できないのよ」
「なるほど」
威力を上げればその分消費される魔力も増える。だから、体内を移動する魔力の量も増えて、魔力の流れもより大きくなり感知しやすくなる。
「ええ、今のをもう一度、今度は詠唱せずにやってごらんなさい」
「はい」
今の感じを思い出しながら、ゆっくりと魔力を操作し流れを作る。次はしっかりと発動した。放たれた光弾は、既に半壊している大岩を跡形も残らず粉砕して見せる。
「できました母様!」
まさか、こんなにもあっさりと成功するとは思っても居らず、嬉しさのあまり声が弾む。
「流石ね。けど、今の速さだと詠唱した方が速いわ。それに、威力ももっと抑えられるようにしないと。まだまだ練習しないとね」
「はい!」
リュカの言うように、これではまだまだ実戦で使えるレベルではない。今のままでは『詠唱しなくても魔法を発動する事ができる』であり『詠唱せずに魔法を使える』ではない。反復練習を積み重ね、タイムラグなしに使えるようになって初めて出来るようになったと言える。