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 仕事がひと段落して、大きく伸びをする。一服しようとしたが、煙草がないことに気がついた。山本くんは僕を見て言った。

「煙草切らしました? 買ってきますよ、俺次の枠まで時間あるんで」

「うん……お願いしていいかな」

 彼は五分ほどで、僕の銘柄を正確に買ってきてくれた。僕の好きな甘ったるい缶コーヒーまでつけて。

「よくわかったね」

 秘書になれそう、と茶化すと彼は大きくため息をついた。

「ゴミ出ししてるの僕ですよ」

「ああ、感謝してるよ……あ、山本くんってさ、たまに自分のこと僕って言うよね」

「言ってません」

「僕が素なんだろ」

「違います」

 山本くんといると心が穏やかになる。彼の愛情に応えない人間は不幸だと感じた。

 退勤後、残業している彼にも同じものを差し入れようとコンビニに寄った。そこで、一緒に残業をしているからさんにもアイスを買っていこうと思い立った。

 アイスボックスは色とりどりだ。アイスにもいろいろあるんだな。からさんの好きなアイスはどれだったかな……そうだ、たしか水色のやつ。同じ水色でも、ミント味とソーダ味がある……アイスボックスを見下ろし、しばらく呆然としていた。

 結局、アイスは買えなかった。事務所に戻って山本くん煙草とコーヒーを届けたあと、公園のベンチに座って日が沈むのを眺めた。からさんのことを何も知らない。それとも、忘れてしまったのか。僕は初めから、手の届かない対象に憧れていただけなのかもしれない。

 空が綺麗だ。全てが虹色に包まれる美しい時間。眩しい光が僕の瞳に射す。日が沈み切って空が藍色に染まったとき、僕の中の靄がふっと消えた。自由だった。空の鳥よりも海の魚よりもずっと。

 スマホが鳴った。山本くんだ。


 呼び出されたのはいつもよりずっと静かなバルだった。テーブルではキャンドルが灯り、クラシックがかかっている。

「とりあえずビールかな。きみは?」

「僕は炭酸でいいです。素面でいたい」

 何かあったのだろうか。心配になる。ハイネケンとペリエで乾杯をした。俯いたり、きょろきょろしたり、落ち着かない様子の山本くんに「それで、話って?」と切り出すと、彼はすっと顔を上げた。

「好きです」

バラと夕焼け(全5話)

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