「わかりました、まず最初と同じように使ってみたいので、少し離れててもらえますか?」
大岩の側に立ったままのリュカにそう言い、少し岩から離れてもらう。
魔法を使った時の事はよく覚えているが、魔法の威力が鮮烈過ぎて使った時の感覚は覚えてない。もう一度魔法を使い、その時の感覚をもう一度体感しようと思っているのだが、リュカを巻き込んでしまっては大事だ。
「光よ灯れ、ライトボール」
周囲に人が居ないことを確認してから、初めて魔法を使った時と同様に呪文を詠唱し、魔法を放ってみる。小気味の良い音と共に手のひらから巨大な光の弾が放たれ、大岩をいとも簡単に砕く。
すかさず使用人の一人が、砕けた岩に駆け寄り魔法で元に戻していく。
改めて魔法を使ってみた感想だが、相変わらず凄まじい威力だという事だけで、肝心の魔孔が開く感覚というのはよくわからない。
「んー、本当に凄いわねぇ」
俺の放った魔法の威力を見て、しみじみとそう呟くリュカ。
「よくわからなかったので、もう一度やってみます……光よ灯れ、ライトボール」
俺はリュカにそう言い、もう一度魔法を的に向けて放ってみる。今度は目を閉じてだ。
五感の一つを遮断した分、他の感覚は研ぎ澄まされる。
先程とは違い、手のひらで小さな爆発が起こったような感覚……少し違う。圧縮されたものが一気に放出されるような感覚。ほんの少しだけ反動がある。この何かが放出される感覚が、きっとそうなのだろう。
「何となく掴めた気がします」
「もう感覚を掴んだの? 驚いたわ、随分と早いわね……」
この感覚をよく思い出しながら、今度はそれを弱めるように意識してもう一度魔法を放ってみる。
「光よ灯れ、ライトボール」
ソフトボール大の光の球が岩へと放たれ、爆ぜて表面に幾つか亀裂をいれる。
先程と比べるとかなり威力が落ちた。ロケットランチャーからライフルくらいにはなっただろうか。気持ち的にはこれでもかという位に抑えたが、それでも岩にヒビを入れる威力だ。
「……といっても、今のでも精一杯なんだけどなぁ」
これ以上抑えて使ったら、魔法そのものが発動しないような気がする。
「大分、抑えられたわねユウリちゃん」
「はい、ですが岩にヒビが入ってしまいました」
「大丈夫よ、少し魔法をかじった大人が使えば初級魔法もこれくらいの威力は出せるから」
初級魔法は精々岩に亀裂を入れる事が出来れば上出来という程度の威力だとリュカは言った。
程度と言っても、硬い岩に亀裂を生じさせるのだ。人に対して使えば、打ち所が悪ければ頭蓋骨を砕くことも出来るだろう。
一番簡単な魔法でそれだ。
三歳児ですら人を殺せる技術。そう考えると、魔法というのはかなりヤバイ代物なんじゃないかと思えてくる。本には子供が人に使用しても問題はないと書かれていたけれど、本当に大丈夫なんだろうか……いや、俺が例外というだけか。
「いい? ユウリちゃん、慣れるまでは絶対に人に向けてはダメよ? 使っていいのは、自分か大事な人を守る時だけ」
唐突にリュカがしゃがんで、視線を俺に合わせてそう言った。
「はい」
俺はリュカの目を見て、しっかりと返事をした。
初級魔法でさえ、文字通り必殺の威力だ。当然、その扱いには注意をしなければばならない。
「魔法は誰でも使えるからこそ、その扱いには気を付けないといけないの。使い方次第で益にも害にもなりうる。だから、魔法を使用した犯罪はとても重い罰が課せられてしまうの」
それはそうだ、こんな危険な代物が規制されてないほうがおかしい。
あれ、ちょっと待ってよ。『魔法を使用した犯罪は』って、魔法を使用する事自体はなにも規制されてないって聞こえるけど。
「母様、街中で魔法を使うのは大丈夫なのでしょうか?」
「そうね、魔法で誰かを傷つけたりしなければ、別に使っても大丈夫だけど、人が多い所では使っちゃダメよ?」
それでいいのかな?
そう思ったが、考えてみれば魔法は攻撃だけじゃなく、回復や防御魔法もあるし、中には肉体を強化する魔法もある。使いようによれば、仕事の効率を大幅に上げられるし、他にも恩恵は多い筈だ。
規制されていないのも、規制しようとしても反対意見が多くて規制できなかったとか、色々と考えられるけど、危険ではあるがそれ以上に魔法は暮らしを豊かなものにするのに、多大な貢献をしているのだ。
魔法は生活において有益。だからこそ、魔法での犯罪は重罪なのかもしれない。
「ユウリちゃん、お返事は? お話、少し難しかったかしら?」
「ごめんなさい、少し考え事してました。魔法はここぞというとき以外は人には使いません」
「よろしい。それじゃあ、練習の続きをやっていこうかしらね。初級魔法をもう一度、今度は闇属性のダークボールを今の威力で撃ってみて」
「はい。闇よ呑め、ダークボール」
詠唱し、岩に向けて魔法を放った……つもりだったが、手のひらから魔法が放たれる事はなく、何も起こらなかった。
「……あれ?」
「……あら?」
それに二人して首を傾げる。
「闇よ呑め、ダークボール」
もう一度唱えてみるが、やはり何も起こらない。
なんでだとうか、あれかな? 発音が悪いのかな。
「属性は持ってるのに、魔法は使えない……やっぱり、なにか関係あるのかしら?」
「闇よ呑め、ドゥァークブォールゥゥゥゥ!」
発音にラスボス感を出してみたけど、それでも何も起こらない。
やっぱり、リュカの推測通り、本来同時に持つはずのない属性だから、何かが原因で魔法の発動を阻害されている……とかだろうか。
といっても、肝心の原因がわからない事にはどうしようもない。
こういうのは大体、ピンチになった時に封印されてた力が目覚めてパワーアップするためのフラグって相場が決まってる。だから多分、その内使えるようになる筈。きっと。
「そうねぇ、なんでかしらね……でも光属性が使えれば大丈夫よ。じゃあ、明日からは光属性の魔法と、その扱いを練習していきましょうか」
「はい!」
「それと、折角だし他にも座学や礼儀作法なんかも教えましょうか」
「……はい」
座学はともかく、礼儀作法は堅苦しいイメージで正直あまりやりたくないというのが本音だ。
といっても……貴族、それもかなり上流なら、寧ろ礼儀作法やらマナーやら、そういう堅苦しいものこそが大事なんだろうし、やっておいた方が良いってのはよくわかるけど。
それから毎日、リュカに魔法を教わり、別の使用人に座学を教わり、また別の使用人にマナーや礼儀作法といったものを教わりあっという間に月日が流れていった。
そして一年が過ぎた頃、四歳を過ぎた俺は、魔法の扱いも大分慣れ、礼儀作法も、前世のものと類似している事が多々あった為、すぐに一通りは出来るようになった。座学の方も歴史で多少手こずるものの、特に問題らしい問題はない。
新しい魔法を覚える事、魔法の扱いがどんどん上達していくのが楽しくて、暇があれば魔法書を読みふけり、実際に使ってみたりと、かなり魔法に入れ込んでいたくらいだ。
そうして日々を過ごしていたある日の事、魔法の扱いに多少の自信が付いてきた頃、俺はどうしても試したいことがあった。
神がくれたこの力、どこまでやれるのか。この世界の理不尽にどこまで抗えるのか。俺はどうしても知っておきたかった。
だから、夜中こっそり家を抜け出し、街の外にある森へと足を踏み入れた。
草を掻き分けながら細い道を歩く。暫く歩いている内に、やがて獣道も無くなり鳥の鳴き声も消え、風が木の葉を揺らす音だけが響く。
月明りのみが照らす暗い森。そこを抜けた先には、花。大量に咲く黄と青の花畑があった。先程までの森の暗い雰囲気は無く、聖域の様な明るさがそこにはあった。
「こんな場所があったなんて」
その神聖なまでの美しさに思わず息をのむ。が、そんな感情も後ろの森から聞こえる音により、張り詰めた物へと変わる