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あなたが病に倒れて数年。たった数年だけどあなたの元気だった頃の面影はもうほとんど見られなかった。どんどん痩せ細っていき活動時間も日を追う事に短くなって、そんなあなたを見るのが私はとても心苦しく、時折思ってしまうのです。『この決断で本当に良かったのか?あの時あなたが話した通り、あそこで私の手で幕引きした方がお互い幸せだったのではないか?私のエゴで生きているあなたは今何を思っているのか?』そんなことで頭がいっぱいになる時が増えていった。

その日もいつも通りあなたでも食べられるご飯を作り寝室に運ぶ。部屋を開けると珍しくあなたは起き上がりベッドに備え付けの小さなテーブルの上に紙を広げ、お話を書いてる姿があった。

「珍しいですね。」

「ん?」

「いつもならまだ寝ているのにこの時間から起きて、お話書くなんて」

「なんか最近早く起きるようになってね。退屈だからその時間を使って時々お話の続きを書いてるよ」

「あまり無理だけはなされないようにお願いしますよ?」

「そうだね。私も早くは死にたくないからね。」

「お話の続きを書くのもいいですが、まずはご飯を食べましょうか。お作りしたので。」

「ありがとうマナ。」

あなたが病に倒れてからは私があなたの身の回りのことをするのは必然的なこと。その時から少しずつですが家事を覚え、今では人と遜色無いほど家事もこなせるほどに上達し味に関しても記憶メモリから引き出したレシピ通りに作っているため少なくとも食べれない味ではないと思っている。

「ご飯が食べ終わりましたらいつものように隣の小さな机の上に置いておいてください。私は食器を洗ったりするので。」

「済まないね」

トレーをあなたの目の前の机に置き私は部屋を去る。それが元気なあなたの最後の姿だった。


料理に使った食器を洗い、少し掃除をした後寝室に戻り食べ終わったであろうトレーを回収しようと頭の中で考えていた。脳内に描いたこの計画の前半は上手くいった。しかし後半、トレーを回収するところで私の脳内の計画は狂った。あなたの部屋に入ると何度も何度も大きな咳をし、脆弱な身体だからか時折血反吐を吐いていた形跡も見えたのだ。

「サダハルさん!?」

「ゴホッゴホッ………。いや、済まない…。シーツを汚したね。」

「そんなことどうでもいいです!その咳と血反吐の量、体調は私が思うより悪化してるのですか!?」

少しの沈黙が生まれその後息を整え言葉を紡ぐ

「あぁ……。しかも突然だよ。君がここを去ってほんとにすぐだ。いつもより大きな咳をしたと思えばそれは止まらなくなり、原因不明の血反吐も吐いた。この時点で私に時間が無いことは察したよ。」

「では…。もうすぐに?」

「そこまで早くないだろう……と、言いきれないのが事実だね。この量は明らかに異常だ。平然を装ってはいるが実情は酷く苦しく身体に入れる空気ですら身を焦がすほどだ。」

「そんな……。」

「もしかするとこれが最期のチャンスかもしれないな。」

「?」

「小っ恥ずかしいから面と向かって言えなかったが、マナ。本当にありがとう。」

真剣な眼差しであなたはこちらを向いてそう呟いた

「君もきっと感じていたと思うが、君に私の愛娘の名を与えたのは私の寂しさを埋めるためのもの。つまりは人のエゴだ。にもかかわらず君は純粋な瞳を私に向けて気のいい返事をくれた。」

「嬉しかった。ただ、嬉しかったんだ。孤独な世界に君という華が咲いた。私の白黒の世界に彩りを与えてくれた。」

「……。それはこちらからも言いたいです。あなたが居なければ私という存在は生まれませんでした。そして、あなたが私を育ててくれたから私は人を襲わなくて済んだんです……。だから…だから……。」

「あぁ……。悲しいな。死の概念がこうも違う者同士が共に暮らし、寿命の長さによって一方的な別れになるなんてな。その点について私は後悔してるよ。君に私は感情を与え、そのせいで今君は深い絶望の元に晒されてしまっているのだから。」

「いえ、私は…。私はそうは思いませんよ。」

「え?」

「あなたが感情を教えてくれたから、生命の尊さを学び、人の温かみを感じられて……。私は幸せです。機械である私に『喜び』『悲しみ』『楽しさ』『怒り』これらを知れて、私も人と大差ないほど成長出来ました。だから、感情を与えたからと言ってそんなに後悔しないでください。」

「マナ……」

「いつの日かあなたは私にこう話してくれました。『人は喜怒哀楽の感情を得て初めて人として目覚める』と…。その時は私がまだ理解できませんでしたが今なら分かります。」

「経験や周りの環境、その全てが私という人格を作っていく。私はあなたの元に生まれてこれて本当に幸せです。」

そう話す私の瞳から溢れるはずのない何かが零れ落ちる。

「これは……」

「涙だよ。君が今流しているものが涙なんだよ。」

「なみだ……。」

「良かった。最期の最後で君は本当の人になれたんだ。」

「本当の人……。」

「『こころ』を君は手に入れたんだ。自立思考し、事象に対し理由を求め、そして生き物の生死を悲しむことが出来る。そのこころを君は手に入れたんだ……」

「私が人……。」

「あぁ……。そうだよ。憧れていた人に君はなれたんだ。」

嬉しそうに話すサダハルだが、それとは対極的な反応をするマナ…。

「こんなに嬉しい事のに…どうして流れる涙は悲しみに濡れてるの?なんで、こころが手に入ったのに喜べないんだろう……。ねぇ、サダハルさん。私は本当に心を……。」

「それが証だよ。流した涙と、今のその発言が君のこころそのものなんだ……。」

「酷いよ…。酷いよこんなの…。あんなに欲していたものがあなたとの別れで手に入るなんて………。」

「なぁ、マナ?」

「…………。」

「忘れないで欲しい。私の肉体はもう滅んでしまう。けれど、君が今手に入れたそのこころには私という存在がきっと住んでるんだ。君は一人じゃない。だから、もう悲しみに暮れるのはやめてくれないか?私も最期は君と笑顔で別れたいんだ。」

そう話すあなたは私が生まれた日と同じように涙で顔を歪ませていてしかし、笑顔は崩さなかった。あの日と違うことがあるとすれば、その笑顔は精一杯の不安を感じさせない笑顔ということ…。

「はい…。お互い最期は飛びっきりの笑顔で。」

その言葉の通り私も笑顔を見せました。きっとその時の私の笑顔はあなたと同じかそれ以上に酷い顔をしていたかもしれません。ですが、今まで見せてきた笑顔の中でも飛びっきりの笑顔だったと自負してます。

それから少ししてあなたは息を引き取りとました。その最期は死を恐れるような表情はなく、ゆっくりと安心して眠るように旅立っていきました。その後私はあなたを弔うため綺麗なシーツに包み、入ってな行けないと言われていた扉の先に進んでいきました。その先にあるのは一本の長い階段。あなたを抱え上に上にと進んでいくと同じようにまた扉が現れその扉を開けた先は、私の記憶メモリにある『家』の景色が広がっていました。中を探索したい気持ちを抑え今はあなたを弔うために行動し、玄関から外に出て、地面を少し掘り返しあなたをその中に入れお墓を立てました。その頃には外の景色は暗くなり本でしか見た事のない星がいくつも見えて綺麗だったのを覚えてます。いつかあなたが書いてくれたお話の中に『その人の魂は星となり、あなたの事を見守っているのかもしれない』というフレーズが頭をよぎりました。もちろんあれはフィクションです。実際のところはきっと違うのかもしれません。ですが、私はその考え方が好きで、きっとあなたも星の一つになったのかなって思ったりします。

荒れた世界に不似合いなほど美しく輝く星はこの世界を照らし、明日を見る私の道標となりえるのです

終末の世界に咲く一輪の鉄の華

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