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『貴様、聖女か! とはいえ覚醒(かくせい)前の未熟者か…… 貴様の前任はどうした? ヤツには借りを返さねばならんのだ、何しろヤツにやられたお蔭で、この様な獣を依り代にしなければならないのだからな』
――――前任? ツミコおばさんの事か!
「前任に会いたいのなら後で幾らでも会わせてあげるわ、それよりもアンタのお兄さんのオルクスだけど……」
言った瞬間、モラクスは地面を蹴り付け、凄まじい勢いで距離を詰めてきた。
『突角長槍(ロングホーンランス)!』
モラクスがそう叫ぶと同時に二本の角が槍のように伸び、コユキに襲い掛かった。
「くっ! ス!」
紙一重で避ける事に成功したコユキであったが、胸部の中心を狙ったであろうその攻撃は、コユキのスウェットの脇を切り裂いていた。
『ほう、スキル無し、しかも初見でこれを避けるか』
端整(たんせい)な口元をニヤリと歪ませるモラクスを見た瞬間、コユキは例えようの無い不気味さを察知して慌ててスキルを発動した。
「回避の舞い(アヴォイダンス)」
残像だけを残して高速移動を開始したコユキに向けてモラクスが嘲(あざけ)るように呟いた。
『アヴォイダンスと呼んでいるのか、その技は兄と二人で考え生み出したスキルだ…… 尤も我々は別の名で呼んでいたが…… この通り』
芝居掛かった様子で、漆黒の両手を大仰(おおぎょう)に広げてから呟いた。
『風(アネモス)』
呟いた途端、コユキ同様に残像を残して高速移動を始めるモラクスは残像の動きを見て、コユキに肉薄したまま、距離を保って並走を始めた。
その状態のまま、
『突角長槍(ロングホーンランス)!』
再び二本の槍がコユキへと襲い掛かって来た。
キンっ!
『突角長槍(ロングホーンランス)!』
キンッ!
なんとか手にしていたかぎ棒で角を弾く事に成功したコユキだったが、その両手は槍の衝撃をまともに受けて、大きく跳ね上げられたままだ。
「くっ、ヤバっ!」
『突角長槍(ロングホーンランス)!』
「スッ!」
スウェットが大きく切り裂かれた。
『突角長槍(ロングホーンランス)!』
「スっ!」
『むむぅ…… 小癪(こしゃく)な!』
それからも同様の攻防を数回繰り返し、膠着(こうちゃく)状態になって行く。
均衡(きんこう)が崩れたのは意外な切欠(きっかけ)に因(よ)ってであった。
モラクスの攻撃を紙一重で交わしていたコユキの服が次々と切り裂かれて行った結果、その悲劇が起ったのだった。
父から受け継いだ大切なスウェットが、コユキのお気に入りの一張羅(いっちょうら)が、オールシーズン対応の稀有(けう)の逸品が、『馬鹿』の角攻撃で、すでに襤褸(ぼろ)切れと化していたのだ。
コユキの豊満すぎる胸や腹、背中だか尻だか足だか分からない肉たちが露(あらわ)になってしまったのである。
でっぷりと垂れ下がった腹の肉によって、大事な所が確(しっか)り隠されていたのが唯一の救いであっただろう。
とは言え、コユキも立派な嫁入り前の乙女である、羞恥心(しゅうちしん)は過剰気味の自意識に助けられて、人一倍強いのだ。
ましてや、近くにはモラクスだけでなく、会った瞬間からコユキをいやらしい(珍しい)目で眺めていたおっさん二人もいるのだ。
こんなあられも無い姿を、良く知らない殿方のまえに晒(さら)すわけには行かない!
しかもタダでなんて、駄目、絶対っ!
「アクセル」
無駄遣いみたいな感じではあったが、これでコユキの姿は一般人のみならず相対するモラクスの目からも、その存在をかき消す事に成功した。
そして、コユキは離れてこの戦いを見守っているオルクスに対して、強い想念を送り続けるのであった。