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アーウィンの話


骨を砕いた粉、墓土、私の血……。それを混ぜては、何度も土人形を作った。けれど、その試みがうまくいくことがない。人型に盛った土は、やがてひび割れた。しかしその下から覗くのは、到底人間とは見えない曖昧な肉の塊。

何が足りない?何が悪い?いや、そもそも足りないことは。骨と墓土から失われた人間を構築することなど、やはり不可能なのか。

私は”村”から持ち込んだ禁書を手に、大量の血を失い、ぼんやりとした頭で考え続けた。あの女ーーアーシュラと出会ったのは、その頃。

祓い手の知識と技を持ちながら、濃い血の臭いを纏う女に心当たりがあった。かつて央魔を啜り殺した女がいるという。その事件は”村”を離れても、耳に入っていた。彼女が再び央魔を求めていると知った時、咄嗟に一つの提案をする。探すのではなく、造ったらどうかと。


私は行き詰まっていた。疲れきっていた。聖女と称えられたことのあるこの女なら、何か打開策を見い出せるのではないかと思ったのだ。私はただ、遠い友人を、フレデリックを「新たに作り出す」知恵をどうしても欲しかった。

私が禁書と強い力を持った人間の骨を持っていることを知ると、彼女はその提案に乗った。私たちは協力することになった。

最初に出来上がったモノはアーシュラに渡すことを約束。これまで、何度も失敗してきたのだ。もし成功したなら、一体くらいくれてやってもいい。

マガイモノがこの世を彷徨くことに多少の苛立ちを覚えたが、それと引き換えに得るものを思えば悪い取引ではない。聖女の称号を得ただけのことはある。


アーシュラは禁書の失われた箇所を復元し、その内容と技術を自分のものにしていった。私は人形の製作を彼女に任せることにした。

彼女は時間をかけて土人形を作る。行程は少し違ったが、材料は私が用いたものとさほど変わらない。骨と湿った墓土、大量の私の血……。アーシュラは私の血を限界まで要求。お陰で回復するまでに、随分と啜らなければいけなかった。そして、彼女はそこに少しばかり自分の血も加えた。やがて、よく練られた墓土に仄かな熱を浴び始めると、それを分かち、二体の人形が作られる。

私と決定的に違ったのは、その造形だ。アーシュラは土人形を幼く、そして女性体を作る。いきなり成体に作るのは、負担がかかりすぎる。しかし幼すぎても、融合の時に体力がもたない危険がある。七歳程度を作るのが、リスクが低いと判断したようだ。

性別を変えたことについては、あなたのフレデリックになってしまわないようによ、と笑った。


やがて二つの土人形が渇き、ひび割れその下から白い肌が覗く。そして瞼が開き、一つの土人形からは琥珀色の目が。もう一つの土人形からは、赤く濡れた目がこぼれた。ーーその瞬間を覚えている。私には開かせることのできなかった目が、開いていた。芽生えさせることのできなかった命が芽生える。

堕ちても尚、彼女は紛れもなく天才だ。しかし、それ以上の感情を持つことはない。もともとその子供たちはアーシュラにくれてやることを約束していたし、これで私の愚かな望みにも可能性があることが確信できた。

彼の骨と墓土からフレデリックを再建築することも、やはり不可能ではない。私には目の前の子供達より、その事実が重要だ。……それがどんなに上手くいったとしても、私の知る彼が戻るわけではない。それは分かっている。けれど、彼に「最も近い存在」を生み出すことはできるかもしれない。

馬鹿げていることは分かっていたが、それでも一度思いついてしまったその夢想は呪いのように消えることはなかった。

アーシュラは琥珀の目の子供に、レナと名付ける。そして赤い目の子供は、湖の朽ちた修道院へ連れて行った。

一つの土から造られた二人の子供。アーシュラは二体で分つことで、自我の対立を強制的に生み出したのだ。子供たちは、二人で一人の造られた央魔のヒナだった。

私はアーシュラに言われ、残されたもう一人の子供レナに仮の記憶を植え込む。冥使には催眠能力がある。通常ならゆっくり時間をかけて脳を操るが、白紙の状態の脳をいじるのは容易い。こちらが騙されているのかと勘ぐるくらい、子供は素直に記憶を受け入れた。

自分の目的は達し、私はそのままアーシュラの元に残った。幾重なる失敗で、材料は尽きかけている。これ以上、失敗するわけにはいかない。そのため、墓土の子どもの成長データを取っておくことは有意義に思えたからだ。


私は冥使だ。ヒトの時間から置き去られたモノ。時間だけはうむほどにある。焦ることはない。

アーシュラは特に私に気を払わなかった。それはそうだ。彼女と私の力の差は、歴然としている。彼女がその気になれば、数秒もかからず祓われてしまうだろう。

レナのそばに私がいることについても、別に構わないと彼女は言った。ただし、そばにいる以上私に従ってね、とも。

私はそれを受け入れた。彼女の世話に加え、雑用や朽ちた修道院に「エサ」を補充することが、私の仕事。

レナには、しばらくついていなければならなかった。どんなに上手に染み込ませても、所詮は作り物の記憶だ。根付くまでは、とても不安定に揺れた。私はその度に繰り返し記憶を植え直した。

また彼女は、断片的に核となった「彼」の記憶を残しているようだ。子供らしく、お星様はなんで落っこちないのと聞いたと思えば、ふいにラテン語の格言を口走ったりもした。その記憶の整理が一番難しかったかもしれない。七歳の女の子として、知っていなければならないこと、知っていてはおかしいこと……、レナのそばで彼女のことを観察しながら、私は地道に修正していく日々を送った。


レナが見せるフレデリックとの差異は、やはり私をイラつかせた。けれど最初からこれはフレデリックではないと。女性体として作られたから仕方ないと、自分に言い聞かせた。その言い訳は私を落ち着かせる。思えば、アーシュラはそこまで読んでいたのかもしれない。私は次第にレナを受け入れた。

フレデリックとの違いも性差によるものだと考えれば、許容できるようになった。そして、彼女はもっとフレデリックに似るべきだと考えるようになる。……いつしか私は彼女の教育に夢中になっていた。


アーシュラはレナを可愛がった。まるで本当の家族のようで、央魔として手に入れたかったことを忘れたのかと思ったこともある。

しかし、レナが七回目の誕生日を目前としたある日、彼女は平然と始めるわよと言った。その顔は、”血まみれの聖女”の底の深さを知らされたのだった。


その後


「少しは寂しい?」

数年過ごした家をぼんやりと見上げると、フレデリックが声をかけてきた。

「別に」

「なんだ。じっと見てるから、少しは思い入れがあるのかと思った」

そう言って屈託なく笑う彼は、私の知るフレデリックではない。初代である彼の名を受け継いだ子供だ。彼の出現で、さらに混乱している。血は争えない。再来と言われるだけはある。

彼はフレデリックにとても似ていた。そのマガイモである、レナ以上に。

いつか、この少年が自身とレナは似ていると評したことがあった。レナには理解できないようだが、私には理解できた。

祓い手としての能力に恵まれすぎている。枠こそ人間だが、その中に抱え込むのはむしろ冥使に近い。そのせいか、どこか冥使に共感を覚える節がある。狩るだけの存在として、割り切れないのだ。それは遠いフレデリックを感じていた事でもある。だからこそ、私たちは隣に立てた。

人間の枠からも、冥使の枠からもはみ出した者。それが、レナと二人のフレデリックの共通点だった。けれどどんなに似ていても、彼はあのフレデリックではないのだ。それでも似ている。私はこの子が苦手だ。

傍らに立つレナを見やった。彼女は私たちと違い、家を背に向けたまま頑なに振り返ろうとしない。まだ幼さの残る横顔に、冷徹な面影が見える。その冷ややかさに安堵。彼女はこちらに来た。央魔として。

「……”村”って、どんなところかしら」

最寄りのバス停まで歩く道すがら、レナがぽつんと呟く。私たちは”村”へ向かうのだ。

「山奥ですよ。暗い森に囲まれた……」

「行ったことあるの?」

琥珀色の瞳が私を見上げる。

「随分昔に」

そう。もうずっと昔、私はあそこにいた。友人と共に。

「あーっ、バスもう来てる!」

前に行くフレデリックが声を上げた。

「二人とも早くっ!あれ逃したら、また一時間待ちだよ!」

大きなリュックを揺らしながら、小さなフレデリックが走り出す。それにつられて駆け出したレナは、数歩で振り返った。

「ほら、行こ、アーウィン」

そう言って手を差し出すマガイモノに、何かを思い出した気がした……。

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