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「——ああ、死ねたのか」
十六年という人の一生にしては短く、俺にとっては長い人生を終えて、俺は何も無い純白の空間で安堵した。
見渡す限り白一色で、壁までの距離感が全くわからない。そもそも、壁があるのかさえもわからない。上を見ても近くに天井があるようにも感じるが、空が永遠と続いているようにも思える。
「死ねたと来たか」
頭上からかけられた声に驚き振り向くと、そこには見慣れた男が立っていた。これまで歩んできた人生で最も俺がよく知った人物————他の誰でもない俺自身。
「はじめまして、とは思えないけど」
突然現れた自分自身に対して俺はそう言う。
「気に障ったかね?」
「別に。だが正体は明かしてもらいたいな」
俺の質問に俺が答える。
「万物の創造主にして管理者……君らの言葉を借りて言うならば、神というやつかな。生憎と特定の姿形は持たないのでね。こうして君の姿を借りさせてもらっている」
「神か。まあ、昔は存在を信じてたよ。五歳の時、親に酒瓶で肋骨を叩き折られるまでだけど」
「そう言う割には、あまり疑っているようには見えないがね」
「まぁな」
この状況、この空間がすでに人知を超えている。神や悪魔という存在が居たとしても、なんら不思議ではない。
「それで、その神様が何の用事でしょうか?」
「それを話す前に、伝えなければならないことがある。君が死んだこと、それは私に責任がある……本来ならば、君は優しい両親の家庭に生まれ、両親の愛情を受けて、人並みの幸せを得る筈だった。だが、私の手違いで君の人生は大きく歪んでしまった。結果、君は早くしてその命を落とした」
「……ああ、そう」
「私の目的は、その謝罪として君に再び命をあたえる事だったけど、それを君は望まない」
「望まない。それよりも、貴方が神を名乗るなら一つ言いたい」
俺の言葉に神は小首をかしげる。何を言うのか、まるで想像が出来ないようだ。
「生き返らせるって、それは冗談で言ってるのか?」
「冗談などではないさ、言ったろう謝罪だと」
「ふざけているな。不条理、理不尽、そして不平等。それが俺の見て来た世界であり、そして貴方はその象徴だ」
「……そうだな」
理不尽に抗うかは個人の勝手だ。俺だって出来る事ならそうしたかった。だが、抗える力を俺は持ってはいなかった。そんな自分を呪ったり、世界を呪った時分もあった。だが、最終的にはすべて諦め受け入れた。
力とは金であり、権力であり、暴力であり、精神力。それらを持たない者は理不尽を受け入れるしかない。それが、俺がこの世界で見た全てだ。
「それを名乗るくせに、口を開けば謝罪だの、自分に非があるだのと宣う。理不尽から目を逸らそうとする。世界の神を名乗るなら、謝罪などと筋を通すな。好き勝手やっていればいいだろう」
「そうだな」
なにも言わなければ、俺はなにも知る由もなく消えていた。
「俺の人生も本来ならそうあったのかもしれない。だが、そうはならなかった。だから、この話はそれで終わりだ」
理不尽に抗う力を持てなかった。それが全てだ。
「……だから、このまま君を消してしまえと言うかい? だが、それは断る。君の言うとおり私は理不尽の象徴。であれば好き勝手させてもらおう」
そう言って、神は楽しそうにニヤリと笑う。それにつられるように、俺の口元も緩む。
「俺がそれを望んでいない以上、徒労に終わるだけだと分っていてもか?」
俺は挑発の色が強い抑揚で、神にそう問いかける。
これから起こる理不尽を俺は受け入れる。それが俺にとって意に沿わないものであったとしても。
「ただ生き返らせても無意味だろう。であれば、ここは君の望みも聞き入れよう」
「……どういう意味だ?」
「君には別の世界に行ってもらう。元の世界は嫌なんだろ? そして君が欲しているもの、力を与えよう」
力か。それは、確かに魅力的な話だ。ほんの少し、力が、強さがあれば、俺は人並みの幸せというやつを手にすることが出来るのだろうか。
「最も、与えるのは理不尽に抗う力であり、理不尽に振りかざす力ではない。代償は常に付きまとう」
「それでも、無ければ何もできない」
「納得してもらえたようでなによりだ。これ以上の問答は必要ないな」
「ああ、やってくれ」
俺がそう言うと、視界が白く歪んでいく。
二度目の人生。今度は、意味があったと言えるようなものにしよう。
視界が白く染まっていくにつれ、薄れていく意識の中で俺はそう思った。そして、全て真っ白に染まると同時に、俺の意識は完全に途絶えた。
◇◆◇◆
「~~~~~!」
なんだ、随分と騒がしいな。
暗くて何も見えないし、音が籠っていてよく聞こえない。
「おぎゃ~(どうなってんの!?)」
声をあげたつもりだったのだが、何故か口からは赤ん坊の泣き声が。
「おぎゃ~~(ちょっと待て)」
「おぎゃ~おぎゃ~~(これ赤ん坊スタートかよ)」
「あなた、この子の名前はどうしますか?」
「そうだな、やはりユウリがいいと思う」
「ユウリ……いい名前ですね」
◇◆◇◆
俺が生まれてから暫くの間は、睡眠欲と食欲しか無かった。
それが連続して繰り返されるだけ、自我や自己の認識はなく、ただ寝て、食べて、排泄するだけ。
朧気ながら、覚えているのはそれだけだ。何を考え、何を感じたなんて記憶はない。そもそも、自分という存在すらも認識していなかった。
どれ程の時が経ったかはわからないが、自分という存在を認識し始めた時、ふと記憶を思い出す。
前世。そして神との対話の記憶。そこでようやく、思考がまともに働き出す。
といってもまだまだ赤ん坊。することは変わらず睡眠、食事、排泄の三つ。暇な時間はバタバタと手足を動かしたり、考え事をしたりで時間を潰し。
ハイハイで移動出来るようになると、家中を探索しては迷子になったり。本棚を見つけ、手の届かないそれらを、どうにかして読みたいと頑張ったり。
その頃には、自分の家がやたら広い事や使用人が何人も居る事に気づき、ここは相当裕福な家庭だと理解した。
一歳を過ぎる頃には、ある程度は歩いて動けるようにもなり、神様から貰った知識のお陰かこの世界の言葉を理解することができた。といっても、まだ発音の方は怪しいが。
そして、俺は三歳になる頃。
ここまで来ると、赤ん坊の時と比べてかなり自由度も増した。といっても、まだまだ不自由することは多くあるが、自分の周りの環境を知るくらいの情報収集は出来た。
俺の今世での名前は『ユウリ・ライトロード』。この国有数の貴族ライトロード家の一人息子として産まれた。
母の名はリュカ・ライトロード。白髪に赤目の美人な女性だ。
父の名はフェルグ・ライトロード。赤みがかった髪に赤目の男らしい男性。だが、仕事で王都とその周辺を視察しており、滅多に家には帰ってこない。
白髪で赤目で女の子みたいとよく言われるが、正真正銘、男だ。三歳の赤ん坊はみんな可愛いし、大きくなるにつれ男らしくなっていく筈だ。
どうやら俺は、母親の遺伝子を色濃く受け継いでいるようだ。母であるリュカは子供の頃はやや病弱であったらしく、遺伝だろう、俺もたまに体調を崩す事がある。前世も生まれつき体は弱かった。この程度の事で、いまさらくじけたりはしない。
ライトロードと聞くと、カードゲームを連想するかもしれないが多分それとは関係ない。
普通はライト・ロードとライトとロードの二節に別けて考えるだろうが、この家の家名はライ・ト・ロードという風に、ライとトとロードの三つで別ける。
まあ、それぞれの言葉が何を意味するのかは知らないが。
貴族なのに息子が一人とはこれ如何に? と思ったが、どうやら、俺の母親が病弱らしく出産には大きなリスクが伴うという話を使用人がしているのを小耳に挟んだ。
ならば、妻を複数持てば良いのでは? と思うかもしれないが、ライトロード家の正式な血統は母親の方で、父親は元々別の貴族の次男だそうだ。
この辺のドロドロしてそうな事情は、前世含めて十九年の経験があってもよく解らない。ただ、貴族の大事な跡取りというだけあって、かなり溺愛されているというのはわかった。
十九年生きてきて初めて受ける親の愛情。生まれて初めて聞く、母親の優しい声。
耳をつんざくような怒鳴り声も、身を引き裂くような暴力も、突然襲い掛かる暴力に怯え、心が凍てつくような夜もない。毎日が明るく穏やかで、そして暖かい。
それだけで、俺は十分に幸せを感じていた。
だが、そこで満足するわけにはいかない。人並み以上の幸せを手に入れると誓ったのだ。その為には、早くから与えられた力について理解し、使いこなせるようにならねばならない。
先ずはこの世界についてもっと知識を得なければならない。その為に必要な語学はある程度習得できた。拙いながらもなんとか普通に話せるし、文字を書くのもまだペンを握る力が弱いためか、綺麗とは言えないが読めない程ではなく問題ないと言える。
いや、問題がないのが問題か。
「特に教えた覚えはないけれど、いつの間にか覚えちゃったのよねぇ」
以前、母と使用人が話を盗み聞きしていた時、母が使用人に言った言葉だ。
生前から頭の出来は優れていた上に、子供の吸収力が相まって、文字を読む事や言葉を理解する事は直ぐに出来た。後は慣れれば喋る事も文字を書く事も造作ない。
言葉を喋るだけなら問題ないが、誰も教えてないのに気がつけば文字読み書きしていれば、不思議がるのも無理はないだろう。
だが、おかげでこの世界についてかなり知る事が出来た。その内容を簡単にまとめると。
この世界の名は「アルグランザム」
魔族、獣人、天族、人、エルフ、鬼人などの様々な種族に別れており、魔族や鬼人などの住む「魔界」
獣人、人、エルフなどの住む「人間界」
天族の住む「天界」の三つに別れている。その内、魔界と人間界は同じ大地に存在している。
魔獣と呼ばれるモンスターが彷徨き、魔法が存在し、ある日突然魔獣に襲われて命を落とすなんて理不尽が起こる世界。
魔法を使うには魔力が必要で個人差により差がある。
魔力には属性があり、基本属性と派生属性というものがある。
基本属性は火、雷、風、土、水、光、闇、無の八つで、派生属性というのは文字通り基本属性から派生された属性のこと。例えば、音、重力、氷なんかがあるそうだ。
まあ、珍しいから持っている奴はあまりいないらしい。
とまぁ、だいたいそんな所だろうか。
今は本棚にあった、魔法書初級編という本を読んでいる。
魔法があるのだから、試さない手はないだろう。先ず、魔法を使うにはいくつかルールが存在する。
魔法にはそれぞれ威力によってランクが付けられている。
初級、下級、中級、上級、最上級、終焉級、神級の七つ。
他に禁忌魔法というものがあるが術者に危険があったり制御出来ないものがあったりするので使うことを禁じられた魔法である。
魔法は己の持つ属性の魔法しか使えない。
魔法を発動する際には、魔力が必要。そして魔力を使用する方法は基本的には二種類。
自分の体内にある魔力を直接使用するか、魔力の篭った物質から引き出して使用する。
魔法の発動には詠唱、もしくは魔方陣を用いて発動する。
これらがそうだ。躓く人は最初にこれらのルールの多さで躓く事もあるらしいが、ゴチャゴチャしているように見えるだけで難しいものは一つもない。
とりあえず俺は早速、最も簡単な魔術を使ってみることにする。
魔法書には魔法陣と詠唱の両方が載っているが、主流は詠唱らしいので俺も流行りに乗っかる。
熟練した魔術師は、詠唱がなくても魔術が使えると書かれているので、慣れれば感覚で魔法が使えるのかもしれない。
俺は自分の属性は知らないが、家名がライトとあるくらいなので、多分光属性の魔法は使えるだろう。
「光よ灯れ、ライトボール」
俺がそう唱えた直後だった。予想外の出来事が起こったのは。
「……ナニコレ」
魔法自体は無事に発動する事が出来た。
初級は子供でも使える魔法であり、子供が人に使用しても問題はないとされている……そう魔法書には書かれていた。
だが実際使ってみると、嘘でも書いているのではないかと思う。
テニスラケットでボールを打ち返すような軽快な音、そんな発射音とは裏腹に、手のひらからは膨大な熱量を持った光の弾が放出され、壁を易々と貫き穴を開ける。
穴の縁は赤々と火種が燃えており。火事にならなかったのは不幸中の幸いといったところだろう。
一体、これのどこが人に使用しても問題ないんだろう。
それとも、異世界の人間はこんなビームライフルみたいな代物を真正面から喰らっても平気とか……って流石にそれはないだろう。こんなものを喰らえば、ヘルメットがあったところで即死だ。
「そっか。神が言っていた力って、これの事か」
おそらく、魔法の才能。これこそが、神が俺に与えた理不尽に抗う力だろう。
俺は自分が開けた大穴を前に座り込んだまま、呑気にそんな事を考えていた。どうにかしようという気はまったくない。
だって、やってしまったものは仕方がない。これだけの大穴を開けておいて隠蔽するなんて無理でしょ。
「ユーリちゃーん? 今の音は……って、あらあら」
音を聞き付けた母親であるリュカが飛び込んできた。
そして、壁に開いた大穴を見て困ったようにそう呟いた。
「ユウリちゃん、大丈夫?」
俺を抱き上げ、怪我がないか確認するリュカ。
そして壊れた壁と、俺を順番に見ていき、床に置かれている魔法書を見つける。
そして俺と魔法書を見比べると、抱いたまま俺の顔をじっと覗きこむ。
「まぁ、そのうちやるかなーとは思ってたけれど……ここまでとはね」
まるで、罪を犯した人の知人がテレビのインタビューで答えるような事を言い出すリュカ。
その口ぶりだと、俺がそのうち勝手に魔法を使うと予想していたように聞こえる。
いや、教えられる事もなく勝手に言葉を覚えたのだ。そのうち魔法にも興味を持って勝手にやるかもしれないと思うのは当然か。
「奥様、坊ちゃま、どうなされましたか? ……こ、これは一体」
次々に使用人らが何事かと駆けつけては、壁の大穴を見てあんぐりと口を開けて呆然とする。
だがやがて、はっと我に帰るといそいそと部屋の片付けを始める。
「魔法に手を出すのは予想してたけれど、初級魔法で中級魔法と同等の威力を叩き出すとは思わなかったわ」
床に置いてあった魔法書を拾い、表紙を見ながらそう呟くリュカ。
もし俺が使ったのが中級魔法で、その結果こうなったのであれば、素直にその才能を喜んでいたであろうが、ここまで来るとリュカも素直に喜べず困った顔をする。
「魔法の威力は消費した魔力で決まる……ユウリちゃんは、一体どれだけの魔力を秘めてるのかなー? ママは将来が楽しみだけど、不安でもあるよ」
と、困った表情でそう言うリュカ。
後から知ったことだが、三歳児の平均な魔力量は初級魔法が一度使える程度の微々たるものらしい。
俺はそれを優に上回る中級魔法を三回分の魔力を初級魔法に込めた。
だが、それは初めての事で加減がわからなかったのだから仕方ないだろう。
これも、後から知った話だが、初級魔法を中級魔法並みの威力にするには、中級魔法が三回使えるだけの魔力を初級魔法に込めなければならないしい。
それで魔力が底を尽きていれば良かったのだが、尽きるどころか急激に魔力を消費した際にあるらしい脱力感すら感じてはいなかった。
つまりは、中級魔法三回分程度では俺の体内の魔力は殆ど減って居ないと言うことだ。
魔法の才能だけでなく、上限が見えないほど莫大な魔力量。
上手く使えれば非常に有用だが、下手をすれば身を滅ぼす……己だけではない、周囲にも害が及ぶ。
天才も過ぎれば天災となりうる。理不尽に抗う為の力である筈が、理不尽そのものとなってしまう。それは、避けなければならない。
我が子が天才なのは間違いない。それを喜ばしく思う反面、もしそうなったらと考えると、リュカは不安で仕方なかった。
「奥様、少々話がございます」
使用人が部屋を片付ける中、一人の初老の執事がリュカにそう言う。
名前は知らないが、見た目からして使用人の中で一番偉い人だろう。名前は知らないが。
「……ごめんねユウリちゃん、ママ少しお話してくるね」
俺に優しくそう言い床に下ろすと、リュカはその使用人と部屋を出て外で立ち話を始める。
俺はこっそりと扉の前に座り、その会話に耳を傾ける。
「話とは?」
「差し出がましい提案ですが奥様、お坊ちゃまに魔法を教えられるというのは如何でしょう?」
「普通は、五歳以降から始めるものよ。でなければ体に負担がかかり危険だとわかった上での発言よね?」
え……魔法は五歳になってからじゃないと危ないの?
いや、けど体にかかる負担が何によるかで変わってくる。魔力が少ないのに無理に魔法を使うのがダメっていうなら、その点については問題ないけれど。
逆に、身体が魔力に慣れていないから、魔力を使う事自体が負担になるとかだったら完全にアウト。
「それは重々承知ではありますが、お坊ちゃまの魔力は既に大人顔負けです……あまり問題はないかと」
話を聞いている限りではどうやら前者の方らしいので、五歳になるまで待たずとも良さそうだ。
「それはそうだけれど、心配なものは心配よ。私に似て体も弱いもの」
それは否めない。
「お坊ちゃまの身を案じる気持ちはわかります。しかし、ならばこそ、己の力で身を滅ぼすような事になる前に力の制御を覚えて頂く方が良いかと」
「……そうね、ユウリには私が魔法を教えるわ」