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もう今日は仕事が出来そうになかった。


一通り泣き終えた後、マーカスに抱き抱えられたアンリエッタは、自室のベッドの上に置かれた。

寝かされそうになるのを嫌がると、一度枕を背もたれに当てたが、心許ないと感じたのか、今はマーカスの体半分に、背を預けていた。


『なら、いっそのこと、自分から言えばいいのに』


ふと、先ほどのロザリーの言葉を思い出した。


言っても、分かって貰える?


前世では勿論、他の人にも話をした。友人、知人、カウンセラー。けれど、皆理解できないばかりか、こう言うのだ。


『それはね、あなたを心配しているから言うのよ』


心配って? 心配って二文字で片付けられたことにも腹を立てたが、何より腹が立ったのは、心配なら何をしても構わない、というのが許せなかった。


共に戦ってくれていた母に、そのことを話すと、


『理解するのは難しいのよ』


そう返答され、そういうものなんだと、その時は納得するしかなかったが、母もまた諦めていたのだろう。

期待はするな、頼るな、誰も助けてくれないのだから、戦うしかないんだって。疲れたら、逃げればいい。そういうことだった。


マーカスも、きっと理解しない。出来ない。でも、吐き出したくて、仕方がなかった。もう拒否されても構わない……。壊れそうなんだから、いっその事、壊れたっていいんじゃないかな。


「マーカス」

「うん?」

「これから言うこと、信じられなくても、信じなくてもいいから、聞いてほしいの」


未だ流れているのか分からない目元を、マーカスは拭いてくれていた。擦って腫れないように、優しく。


「大丈夫。信じるから」


口先だけの言葉でも、嬉しかった。


「私ね。生まれる前の、生まれ変わる前の記憶があるの」

「うん」

「前世って言ってね。そこでの私は、愛情が怖かったの。……まぁ今も、怖いことには、変わらないんだけど」


どこから話していいのか整理がつかず、今思っていることから話し始めてしまった。本当なら、順序良く話せばいいのに。口に出してから、早速後悔した。


「どんな風に怖かった?」


えっ、と俯いていた顔を上げ、マーカスを見た。予想なんてしていなかった質問だった。マーカスは、アンリエッタの手に触れ、先を促した。


「最初は、幼かったから気がつかなかったんだけど。大人になって、私はずっと、祖父母から人格を否定され続けていたことに、気がついたの」


私は祖父母が大事にしている子供に、よく似て生まれたこと。その子供とは、顔が似ているだけで、性格までは似ていなかったこと。けれど、祖父母はそれを認めず、そういう素振りを示しても、目を閉じ、耳を塞ぎ、口からは否定的な言葉を言い、認めなかった。


「まぁ、認めてほしいわけじゃないんだけどね。とりあえず、私はその子のクローンでもないんだから、余計な干渉をしないでほしかったわけ。それをただ、ひたすら言っていただけなんだけど、私の言葉はあの人たちには、響いてもいなかったし、そもそも届いてもいなかったんだよ」


過干渉と過保護。そして人格否定。立派な精神的虐待だと私は思っている。精神が強かったのか、強くなってしまったせいなのか分からないが、大人になって、それも大分経ってから気がついたことだった。


「そいつらは、アンリエッタに似たその子を、アンリエッタに求めた、ということか?」

「うん。その子が、赤が好きなら、私もそうだって決めつけてね。好みも性格も、何もかもが正反対だったから、最初嫌がらせされているのかと思っていた」

「だったら、いっその事、消せば良かったのに、そんな奴ら」


マーカスの低い声に、思わず笑った。この世界の価値観なら、いや貴族社会なら、平気で身内に毒殺とか出来てしまうのだ。そして、上手くいけば隠蔽なんてしちゃうんだろうな。


「しないよ。犯罪になるし。そもそも、嫌いな人間たちのために、どうして私が手を汚さないとならないの? むしろ、苦しんでほしい人間が楽になって、私が苦しむことになるのよ。割に合わない」


こういう時でも、損得勘定で物事を計ろうとするのは、良いのか悪いのか、分からない。


「そういうものか?」

「他の人は知らないけど、私はそうなの」

「強いんだな」

「自分でも、そう思ってる。でも、鋼鉄じゃないから、全てを跳ね返せないし、受け止められるほどの大きな器も持っていない」


相手を変えることが出来ないのなら、自分を変えようと、努力した。大人になろうと、何でも受け流せるよう、悟りを開けるようにと。


お陰で、同級生たちから、冷ややかな目で、見られるようになった。上から見ているとか、澄ましているとか。そんな陰口を言うから、こっちも陰口し返したけどね。


「だから怖い、か」

「一線を越えようとする意志まで湧けば、怖いでしょ」

「さっき、しないと言っていなかったか?」

「考えたことがない、とは言ってない」


そうか、と今度はマーカスが笑った。


「さっきは、ごめんなさい。……嫉妬してもらえるのは、本当なら嬉しいことだとは思うんだけど……私には……」

「アンリエッタの意思を無視しているように感じた、か?」


目線を逸らし、頷いた。嫉妬は、ある意味生理現象のようなものだ。それをしないでほしい、というのは、我儘過ぎる気がする。


「じゃ、こうするのはどうだ? 取引をしよう。もしくは、契約と言ってもいい」

「取引? 契約? 何に対して?」

「アンリエッタは、俺が君の感情を無視することへの容認。そして俺は、アンリエッタが怖いと感じるほどの愛情表現は、極力しないという配慮の取引だ」


ん? と思わず首を、横に傾けた。容認? 配慮? 何を言っているの? 私の話を聞いて、どうしてそんな結論になるの?


「バックボーンは分かった。なら後は、結果だ。結論さえ上手く対処できれば、そこまで悩む必要はないはずだ」

「そ、そういうもの?」

「経過よりも結果だ。相手に求めるものを理解した上であれば、上手くできる。そうやって、人間関係を構築しているだろ、他の者たちは」


私が難しく考え過ぎていただけなのかな。それともマーカスに、上手く丸め込まれて、誘導されただけなのか。それよりも、“経過よりも結果”か。

確かに、ここは前世じゃない。私はアンリエッタだ。マーカスが見ているのは、そのアンリエッタだ。


「それじゃ、このままマーカスを好きになっても、良い?」

「さっきの提案を、受け入れてくれるのなら」


そう言って、マーカスが触れていた手にキスをした。こんなに近い距離にいるのに、顔ではなく手にした。それだけ、マーカスも緊張して言っているのだと分かった。だから、アンリエッタも腹をくくった。


マーカスの顔に近づき、唇に触れようとした。が、数センチの所で、一瞬怯んでしまった。すると、その一瞬を逃すまいと、マーカスが距離を詰めた。


自分からしようとしたのにも関わらず、唇が触れると驚いてしまい、体を引こうとした。けれど、すかさず腰に置かれた腕に力が込められ、さらにもう片方の手で頭を押さえられれば、もう抵抗できなかった。


数度唇が離れ、その度に角度を変えられ、アンリエッタはただ、それを受け入れているだけで精一杯だった。力が入らず、マーカスの服を掴んでいた手も、今や触れているだけ。体をマーカスに支えられていなければ、前後のどちらかに倒れてしまうほどだった。


深く長く触れ合っていた唇が、ようやく離れたのを感じ、アンリエッタはそっと目を開けた。そして感じる、背中に当たるシーツの感触。見下ろすマーカス。倒れそうなのではなく、すでに後ろに倒れていたなんて。


「!」


いつの間に⁉ と緊張した面持ちをしていると、再びマーカスの顔が近くなり、目をギュッと瞑った。


「今日はもう、休め」


そっと額にキスを落とし、アンリエッタに布団を掛けた。アンリエッタはドアの閉まる音が聞こえて、その布団を勢い良く頭に掛けた。


どうして舞台が隣国に!?

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