「よお」
「ルークも今帰りですか?」
「いいや、俺は今から夕飯でも食べようかと思ってな」
「そうですか、じゃあ僕も一緒に行きます」
図書館から寮へと戻るとルークと出会し、そのままの流れで寮にある食堂へと向かう。
「おう、噂で聞いたがここの食事はかなりイケるらしいぜ」
「へぇ、それはとても楽しみですね」
「そうだな……なんだ?」
他愛もない話をしながら食堂に入ると、少し異質な空気に顔をしかめるルーク。
食堂の隅で幸薄そうな少年が、高い装飾品を身に着けた少年と、その取り巻きであろう二人の少年の三人組に虐められていた。かなり派手にやっているにもかかわらず、周りは我関せずで止めようとしない。
我関せずというよりは、触らぬ神に祟りなしと言ったところか。自分よりも位が高い者に口を出せば、後で何をされるかわかったものではない。
「止めさせてきます……ってあれ?」
抵抗できない者を一方的に叩くのを見るのは、気持ちがいいとは言えない。
止めさせに行こうとして、隣のルークへと視線を動かしたが、今さっきまで居た筈の彼の姿が消えていた。
「それくらいにしたほうが、良いんじゃねーか、先輩?」
聞き覚えのある声に視線を再び虐められている光景へと戻すと、いつの間にかルークが止めに入っていた。
「いつの間に」
あまりの行動の早さに驚いた。
「なんだお前、一年か?」
突如現れたルークを睨み付けながら、三人組がそう聞く。
「そうだ。そんなくだらねー事してんじゃねぇ! 今すぐに止めろ!」
それに一切怯む事なく、堂々とした態度でそう答えるルーク。
「教えてやる、俺の家はデュラコ家、国でも有数の伯爵だぞ?」
寮内も学園の中に含まれている。だから、あからさまな権力を振りかざす事はできないが、家の名を出すだけならセーフだろう。普通であれば、それだけで十分に脅しとして通じる。とはいえ、生憎とルークにそれは意味がない。
「俺の家だってそうだよ」
ルークのヴァンデルシア家も伯爵だ。
社会的な地位は同じであるため、デュラコの行為は危ない橋を渡っただけで、なんの意味もない。
「……面白い、礼儀のなってない一年に灸を据えてやるのも上級生の勤めだ……なぁお前ら」
ルークの家も伯爵だと知り、少々面食った様子のデュラコであったが、直ぐに権力では押さえつけられないとわかるや否や、暴力で押さえつけようと下卑た笑みを浮かべてそう言う。
「なんだ、やろうってんなら相手になってやろうじゃねーか」
流石に止めようとしたが、どうやらルークの方はやる気十分といった様子だ。
「仕方ないか」
割って入っても止まりそうもない。かといってこのままでは多勢に無勢。
加勢しようにも、こんな所で魔法を使えば関係ない生徒にも被害が及ぶ。だから創造スキルで木剣を創りルークに投げる。
素手では部が悪いが、剣があれば並み外れた鍛練を積んできたルークの技量なら、その不利を覆す事はできる筈だ。
「ありがとな……さあ、どっからでもかかって来い」
俺の投げた木剣を掴み、正面に構えるルーク。
「ふん! 武器持ったところで所詮は新入生だ。たかが知れてる」
「囲んじまえばこっちのもんだ」
じりじりと距離を詰めつつ、ルークを囲む用に広がる三人。
「寮長こっちです!」
「全く、どこのどいつだ喧嘩なんかおっ始めやがったバカは」
遠くから、そんな声が聞こえてくる。恐らく、喧嘩騒ぎに発展したことで誰かが寮長を呼びに行ったのだろう。
おかげで大事にならず助かったと、ほっと息をつく。
「ふん、邪魔が入ったか」
それに気付いたデュラコは命拾いしたなとでも言うような表情でそう呟くと、ルークを指さした。
「ならば、貴様に決闘を申し込む」
ならばという接続詞から、どうして決闘云々の話になったのだろうかとツッコミたいが、よほどルークを打ちのめしたいらしい。
だが、この流れはあれじゃないか? 『主人公』が王女の裸見たり、腐った貴族に喧嘩吹っ掛けてなんやかんやで起こる決闘イベント。
あれ、でも主人公って……あれれ? いや、考えるのはやめておこう。心に悪い。
「……おもしれえ、受けて立つぜ先輩」
やる気満々に返すルーク。
だが、俺はそれを聞いて内心では少し焦っていた。相手は体格的に恐らく中等部だろう。
ルークも剣の腕はかなりのものだとは思うが、力は相手が上であることは明白。それだけでなく、相手の技量も不明瞭だ。
負けるだけならまだしも、下手をすれば大きな怪我をしかねないのではないか。
決闘を受けるなとは言わないが、できれば、この学園生徒がどれ程の実力なのか分からない状況では避けて欲しい所だった。
「一週間後の放課後だ、逃げられるとは思わない事だな。おいさっさと行くぞ」
ルークの返事聞き、デュラコは鼻をならすと他の二人と共に窓から外に逃げ出した。
まぁ、あまり賢い選択とは言えないが、成り行き上そうなってしまったものは仕方がないか。
今は決闘をどう乗り切るかを考えるとしよう……というか、ルークも早く逃げないと、寮長さんに捕まるんじゃないかな。
「へっ、後で吠え面かくなってんだ」
「お前か、喧嘩始めたバカは」
「げっ!」
もう手遅れみたいだ。
「ちょっとこっち来い!」
「いや違うって、これには訳があって」
「話は寮長室で聞いてやる」
襟首を捕まれて、そのまま寮長に引き摺られていくルーク。ドナドナが聴こえてきそうな光景だ。後で助け船を出してあげに行こう。
それよりも、今は先にあの貴族たちにやられていた少年の心配をする。
「大丈夫ですか?」
「ぐ……」
声をかけるが、小さなうめき声をあげるだけで、あまり反応がない。
思った以上に痛め付けられているようだ。もはや、虐めというよりはリンチに近い。
「……ここまで来ると、腹が立ちますね」
コレが喧嘩でやられたというのであれば、派手にやられたなという位にしか思わなかっただろうが、ただ一方的にやられたとなると話は別だ。
今すぐ彼らを引き摺ってでも連れてきて、彼に侘びさせたいところだが、それはルークが決闘の場でするだろう。
俺は憤る気持ちを抑え、中級魔法であるヒールをかけて怪我の手当てを行う。
「……ん? あれ?」
傷が癒え、痛みが引いた事で不思議そうな表情で起き上がる少年。
「もう大丈夫ですよ」
「君が治してくれたのか、ありがとう」
俺の事に気付き、一瞬だけ考えるように視線を泳がせた彼は、直ぐに大体の経緯を理解したらしく、俺にそうお礼を言う。
「礼なら僕じゃなく、助けた人に言ってあげてください」
今回は殆ど見ていただけで何かしたわけではない。真っ先にお礼を受け取るべきは他に居る。
「その人は今どこに?」
「寮長に連れていかれてお説教されていると思うので、できれば一緒に弁明してもらえませんか?」
◇◆◇◆
「事情は理解した……お前達のした事は正しい。怒って悪かった。だが、次からは首を突っ込まずに寮長である俺を呼べ、いいな?」
少年を連れて寮長室に行き、事の経緯を語ると寮長はそう言って直ぐにルークを解放してくれた。
「話のわかる人で良かったですね」
「ああ。助かったぜ、危うく反省文書かされる所だった」
「君達、改めて助けてくれてありがとう」
寮長室を出た辺りで、少年が改めてそう礼を言う。
「いや、礼を言われるような事じゃないって、あんなのは放って置けなかっただけだからさ」
照れくさそうに頬をかきながら、そう言ってはにかむルーク。
「けれど、彼から聞いたが、君にはすまない事をしてしまった……けど、どうにか決闘は止めさせるようにお願いしてみるから」
「それは……」
決闘をせずに済むなら、それに越したことはない。だが、止めさせると言っても、少年の言葉をデュラコという奴が素直に聞くとは思えない。下手をすればまた先程のような事になるだろう。
「いや、いい」
それを知ってか知らずか、ルークは少年の申し出をキッパリと断る。
「けど、相手はあのデュラコだ。中等部でもかなりの実力なんだ、初等部の君達では大ケガをしてしまう」
「……へぇ、そんなに強いのか?」
思わぬ収穫だとばかりに、ルークは口許を緩める。
ルークは戦闘狂とまでは行かずとも、戦いを好む傾向があるように思う。
模擬戦を覚えてからは、何度もやらされたものだがこれまではルナか俺以外に戦うような相手は居なかった。時おり剣に覚えのあった使用人が稽古をつけるついでに相手してたようなものだ。それ以外で特に同年代相手と戦うのは初めて。
きっと、内心では自分がどれほどやれるのか、試してみたくてうずうずしてたのではないだろうか。その気持ちが分からない訳ではないが、それで一度痛い目を見ているから余計に心配なのだ。
「決闘が楽しみになってきたぜ」
親の心子知らずとでも言うべきか。俺がいくら心配したところで、ルークに決闘を止めさせるのは無理そうだ。それに、勝算が無いわけでもないし、もし痛い目を見るとしても、それはそれでルークの成長に繋がるか。
そう思った俺は、少年の袖を引っ張り口を開く。
「本人がこう言っていますし、決闘の取り下げは無しでお願いします」
「わざわざ、危険な目に合いに行く必要はないじゃないか」
だが、少年は納得がいっていないらしく、そう反論してくる。
「そうかもしれませんが、本人が一番やる気になってますから。水を差す方が無粋かと思いますよ」
「…………わかった」
少年もやる気に溢れるルークを見て、諦めたらしく小さくそう呟く。
「最後に、名前だけ教えてもらっていいかな? 俺はメイコウ」
特に話すような事もないし、そろそろ寮に戻ろうかとルークとアイコンタクトを取り自室へと戻ろうとした時、少年が呼び止めるように名前を聞いてきた。
「ユウリ・ライトロードです、メイコウ先輩」
「ルーク・ヴァンデルシアだ」
メイコウに深々と頭を下げて、俺たちは自室へともどった。
余談だが、夕飯を食べに食堂へ行ったのに、肝心の夕飯を忘れており、空腹によりそれを思いだして慌てて向かったは良いが、既に食堂は閉まってしまい、その日は夕飯抜きとなった。