コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ええ、銅ランクパーティー『深淵を探求せし者《アビスエクスプローラー》』通称・アビスの皆様なの。私たちの攻略を助けてくださるんですって!」
「クレアさんとネラさんが助けてもらうとおっしゃるのね? でしたら別行動でお願いしますわ~」
ローレルの豊満な胸をいやらしく凝視していた男の内一人が、一歩前に出る。
銅ランクパーティーごときが御自慢らしい男たちは、四人のパーティーだった。
装備からして前衛二人後衛二人の、バランスは悪くなさそうなパーティーだ。
「おいおい! 何言ってやがんだ? 俺たちが親切に助けてやるっつってんのによぉ。全く素直じゃねぇなぁ。大体お前らみてーのが、冒険者とかねぇだろ? 冒険者を舐めてんのかっつー!」
ネラとネイが目にも止まらぬ素早さで、ローレルの胸を鷲掴みにしようとした男の首筋に、それぞれの武器を突き立てる。
即効性のないはずの痺れ効果はしかし、二倍だったからなのか、男は苦しそうに地面に膝をつき無様な四つん這いとなった。
口の端からはぶくぶくと泡が零れ落ちている。
「……舐めてるのは、アンタたちでしょう? そこの二人に何を言われたのか知らないけどね。私たちは主様から与えられた見極め試練の最中なのよっ! 他人の手なんか借りるわけがないわ!」
「……汚らわしい! ローレルさんに、近寄らないでください。彼女はそこの二人と違って、淫売ではないのです!」
「んだと! このくそちびどもがっ!」
先ほどの男といい、今の男といい短気が過ぎる。
まぁ、アリッサと違って銅ランクが通過点ではなく、到達点の冒険者なんて、こんなものかもしれないが。
彩絲は溜め息を吐きながら人化して、三人を庇うようにして立つ。
「動くな、下郎」
その言葉だけで、男たちは全員動けなくなった。
脂汗を滲ませながら、驚愕の表情で彩絲を見つめている。
「この程度の威圧で動けぬ愚物が、我が主の所有物に触れるのは許さぬぞぇ!」
しかし名乗りを上げずとも、彩絲が自分たちより上位の者であると、理解はできたようだ。
今度は恨めしげに、クレアとネラを睨んでいる。
「さて、クレアにネラ。貴様らは奴隷の見極めを何だと思っておる?」
「あ、あ! よ、より安全に! ダンジョンを踏破するのが、主様のお心に適うと!」
「ほぅ? 実力を見極めるのに、信用できぬ愚か者の手が必要と、そう申すのじゃな?」
「さ、彩絲様。彼らは決して、愚か者ではないのです……ひぃっ!」
威圧をそのまま向ければネラは、クレアの後ろに隠れようとその首筋に爪を立てる。
クレアは醜く顔を歪ませて、ネラを撥ね除けようと動かしかけた手を、拳を握り込むことで必死に押さえ込んだようだ。
「そもそも貴様らに、銅ランクパーティーに護衛を依頼するだけの金銭があるというのかぇ?」
「そ、そこは御安心ください! 主様にお借りしている資金を無駄に使うつもりなど、さらさらございません! 私どもが奉仕して、それを謝礼にと!」
「この痴れ者がっ!」
「ひっ!」
真っ向から彩絲の怒気を浴びたクレアは、その場にへたり込んだ。
ネラに至っては失神している。
「貴様の体も主の資産。勝手に安売りするなど許されるものではないのじゃ!」
返す返すも腹立たしい。
己が奴隷だと、微塵も自覚できていない二人に腸《はらわた》が煮えくり返りそうだ。
「お、恐れながらっ!」
「……なんじゃ?」
硬直していた男のうち一人が声を張り上げる。
リーダーだろうか。
声は畏怖に満ちながらも、打算にまみれていた。
「私どもに謝罪のお慈悲を与えていただけないでしょうか?」
「何と、詫びるのじゃ?」
男は俯いていた顔を上げる。
軽い女が好みそうな整った面立ちをしていた。
男も慣れているのだろう。
偽りの真摯さを装ってみせる。
「まずは、メンバーがローレル殿、ネマ殿、ネイ殿に暴言を吐いた無礼を、奴隷の主様の許可なく奴隷と勝手に契約を結んだ無礼を……」
「待て! 契約じゃと?」
「は、はい。初級ダンジョン踏破に力を貸す代わりに、その身を委ねると! こちらです!」
男が懐にしまい込んでいた書類を取り出して、広げてみせる。
そこには報酬としてクレアとネラどころか、三人にも一晩奉仕させると記されていた。
許せる契約ではなかった。
そもそも、この契約が通るのがおかしいのだ。
冒険者ギルド職員の目は節穴なのか?
「……冒険者ギルドの職員とは、懇意なのかぇ?」
「ええ! 我らの活躍を自慢に思って、何かと便宜を図ってくれる職員が何人かおります」
「なるほどのぅ」
どうやらまだ馬鹿どもが巣くっているらしい。
キャンベルに話をつければ、きっちりと引導を渡してくれるだろう。
さすがにここまで馬鹿が多いと彼女への同情を禁じ得ない。
「まぁ、奴隷の主を通さずに奴隷と契約を結ぶのは、重大な違反行為じゃ。貴様も、奴隷も罰を受けるじゃろうのぅ」
「ば、罰は受けます! で、ですので、謝罪のお慈悲を!」
言葉での謝罪があるか、ないか。
それで罰が決定するわけではない。
だが、心情で左右されるものは、大なり小なり存在した。
男はそれを重々承知しているのだろう。
犯罪に慣れた者の考え方だ。
今までもそうやって、最悪から逃れてきたのだろうが、今回は相手が悪かった。
「謝罪は許さぬ。逃げることも許さぬ。契約どおり、二人を護衛するがよかろう」
「え? ……よろしいので?」
「構わぬ。違反行為の罰を受けさせるためにも、行動は一緒にさせた方が楽じゃからな。ただし! 三人にはかかわるな。また、邪魔をするでないぞ!」
彩絲は男たち二人に小蜘蛛を放った。
逃げようとしたときに、麻痺針を打ち込み縛り上げるためだ。
意識を集中すれば、小蜘蛛の視界が映すものを見ることもできる。
「……さぁ? 行動せよ!」
三人は頷いて今まで通りの探索を始める。
この階層での依頼は、ゲジの肉五ダースとやわやわを指定容器に五個分だったはず。
冒険者ギルドから貸し出される指定容器に、ゲル状のやわやわをみっちりと詰め込むことを推奨されている。
岩の隙間に溜まっているやわやわを収集するのは面倒とされているが、難しくはない。
余計なゴミが入っていないと高評価が得られるようだ。
肉を柔らかくする効果があるので、途切れることがない依頼の一つだ。
「……私は、やわやわ採取に専念します」
ネイが自分の体より大きな指定容器を抱えて、軽々とやわやわが溜まっているらしい岩場に上る。
「一人で大丈夫かしら~?」
「大丈夫です、ローレルさん。専用のスプーンも、持ってきました」
これもまた自分の背丈より大きいスプーンは、岩の形に合わせて自動変化する高性能のスプーンだ。
料理人必須アイテムとも言われているそれは安くはないが、姉妹揃って持っている気がする。
「さすがですわ~。準備も完璧ですわねぇ~。それじゃあ、私はネマと一緒にゲジ狩りに集中……」
「ちょっと、ネイ! 採取は私に任せなさいよ!」
「ちっ! 邪魔しない約束じゃん、ネラ姉! そもそも、採取はネイに任せてよ! ネイの方が上手なんだから! ネラ姉に任せたら、ゴミだらけで報酬を減らされちゃうのが目に見えているんだからね!」
「うるさいなぁ! 私の方が早いから、私がやるっ!」
「……我は、邪魔を、するなと、言ったぞぇ?」
伸ばした蜘蛛糸で、ネイから指定容器を奪い取ろうとしたネラの手をはたき落とす。
ネラの手首にうっすらと赤い線が走った。
出血はしていない。
「痛い! 痛い! クレア! 薬を! 痛み止めをちょうだい! 塗る方と! 飲む方、と?」
転がったネラが大げさに悲鳴を上げながらクレアにねだった。
が。
クレアはリーダーに腰を抱かれながらゲジに鎌をふるっている最中で、ネラの懇願を無視した。
聞こえない距離でも、声の大きさでもなかったので、聞こえなかったふりをしたに違いない。
「あ、あの……傷薬を……」
今度は最初に暴言を吐いた男の足元に走り寄り、涙目で訴える。
「……その程度の傷で薬とか、もったいねぇことできるわけねぇだろ! 愚図が!」
男は憎々しげにネラを蹴り上げようとして、三人と彩絲に凝視されているのに気がついて、代わりに岩を蹴り上げた。
蹴り上げた岩から欠片が飛んで、欠片はネラの後頭部に直撃する。
ネラは血を流しながら昏倒した。
「よもや、傷の手当てをしないなんぞと、言わぬよなぁ? 事故だと、主張してみるかぇ?」
男は無言で乱暴に腰からぶら下げていたポーションの瓶を取り出すと、ネラの頭に中身をかける。
びしょ濡れになったネラを、男はポケットの中に頭から突っ込んだ。
あれでは頭に血が上って、さぞかし苦しいだろう。
男に媚を売るのに一生懸命なクレアとその男たちとの共闘よりは、よほどましかもしれないが。
きちんと指示をすればそれなりの戦力になるはずなのだが、愚かな男はそれに気がつかない。
奴隷の扱いとしては上等だろう? と言わんばかりに肩を竦めてみせる男に、彩絲は冷笑を浮かべるだけにすませた。
しかしクレアは依頼内容を把握しているのだろうか?
採取は諦めて、戦闘技能を彩絲に見せつける道を選んだのかもしれないが、それだけでは意味がない。
アリッサが避ける男たちとの共闘も、この先あり得ないので見極める意味もないのだ。
何のための守護獣で、妖精で、精霊で、奴隷だと思っているのだろう。
身内以外と共闘しないための完璧な布陣なのだ。
そこが理解できていない点は、頭が悪いから仕方ないか……で、片付けてもいいのだが、依頼内容が全く頭にないのは絶望的だ。
依頼達成できない=アリッサの顔に泥を塗る行為なのに、思い至れないのだろう。
依頼の件を別にして考えたとしても、クレアはゲジを徹底的に避けて戦っている。
採取も一切しない。
男たちもそれに倣った。
クレアも男たちも、冒険者としては落第だ。
クレアたちは三人のことなど気にもかけず……というよりは、三人よりも少しでも早く先行しようと目論んでいるのだろうが、浅はかすぎて笑うしかなかった。
「……よろしいのですか?」
先行する者たちを睥睨する彩絲に、ネイが疑問を投げかける。
「大丈夫じゃ。全員に小蜘蛛をつけてあるからの。監視から捕縛までこなす優秀な者たちじゃ。野放しにしておるわけではないので、安心するがよい」
「! 失礼いたしました」
「うむ。気分を害してはおらぬ。我自身をまだよく知らぬからの。むしろ抱いてしかるべき疑問じゃからな」
「では私たちは彩絲さん庇護の元で、安心して今まで通り依頼達成に向けて勤しみますわぁ~」
監視ではなく、庇護と表現するローレルは彩絲に全幅の信頼を置いているのだろう。
悪い気分ではない。
頷きあった三人は、それぞれの作業に取りかかる。
ネイはローレルの肩から岩へと飛び乗って、指定容器をしっかりとした足場へ置くとやわやわを丁寧に詰め込み始めた。
綺麗なやわやわを見極めながら、専用スプーンを振り回すネイは愛らしい。
アリッサが見ても喜ぶだろう。
やはり残った奴隷たちと一緒に、一度はダンジョンへ潜らせたい。
ローレルとネマは、クレアたちが残していったゲジを狩りまくる。
依頼以上の数を入手する心積もりなのだろう。
それだけゲジの肉は需要が高い。
ゲジは外見こそ悍ましいが、塊肉になってしまえば安価で味も悪くないのだ。
丁寧にやわやわで肉を柔らかくし、この階層で採取できる、主に匂い消しに使われるハーブ系の植物・けしけしと一緒に煮込んだり炒めたりすると、味も格段にあがる。
うまく調理すれば王都初級ダンジョンで取れた材料で作る、一番美味しい料理になるとすら言われているのだ。
「アリッサにも食べさせたいが……ゲジの外見を知ったらどうだろうのぅ?」
食に対して貪欲なアリッサだが、どうやら昆虫系は余り得意ではないようだ。
食い気が勝つか、食材に対する嫌悪が勝つか。
下世話だが少しだけ気になった。
「まぁ、彼女が嫌がることをするつもりは微塵もないがのぅ」
それを故意にやってしまったら最後。
この世界にはいないはずの御方に瞬殺されるだろう。
故意でなくても何らかの罰は受けねばならない。
彩絲はそれをよく知っている。
アリッサに侍る者は何よりも、それを、理解しなくてはならない。
「三人は大丈夫のようじゃが、あやつらは……」
調理法を考えながらゲジの肉を回収する二人に、ネイも自分の好む料理を提案している。
この三人は自由にやらせておいても問題はない。
何かあれば報告があるはずだ。
そのときに対応できればいい。
だが、奴らは。
「これは……ふむ。妹と離されるとここまで堕落するものかのぅ」