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「いや……!」
彼にしがみついたまま、動かない。
「レナ……頼むから」
宥めるように、私の名を呼ぶ。
「いやッ!!」
「手遅れになったらまずいんだ……俺は……強いから。冥使になって起き上がるわけにはいかないんだよ……」
「何言ってるの、わかんない!わかんない!!」
何を言われても、殴られても、蹴られても離れるつもりはなかった。それなのに、私の手はフレディを失った。突然背後から加えられたものすごい力で、引き剥がされたのだ。容赦のない力に、一瞬息が止まる。
「!……アーウィン!?」
「…………」
いつの間にか出現していたアーウィンは、何も言わず私を羽交い締めにしたまま、数歩下がった。それを見て、彼は少し笑う。
「ありがと……」
そして銀の銃を取り上げると、その銃口を口に咥えた。心臓を握り潰された感覚になる。
「やっぱちょっと……結構、死ぬって怖いかも」
銃口は自分に向けたまま、ちょっとだけ口から外し大きく深呼吸した。
「やめっ……」
発した声は、声になっていない。
「やめて!!アーウィン止めてよ、離して!!」
暴れても暴れても、彼の腕を解くことができない。私の爪が食い込んで、アーウィンの腕が赤く滲んだ。それでも、解放しようとしない。
「最後までつきあえなくてごめん。もう少し一緒にいてやりたかったけど……姉ちゃんは、もう俺がいなくても平気だな?ちゃんと歩けるよな?」
「やだ!!やだよ!ひとりじゃ、やだ!あなたがいなきゃ私……!!」
泣き叫ぶ自分に、フレディは困った顔で笑った。
「……俺、一回くらい……姉ちゃんの笑った顔、見たかったな」
「いやああーーッ!!」
彼が私の頭を抱え込んで後ろを向かせたのと、銃声が響き渡ったのはほとんど同じだった。そして訪れた恐ろしいまでの静寂。
やがて聞こえたのは、自分の歯がカチカチぶつかる音だけ。
「ど、いて、アーウィン……」
彼に縋りながら呟く。自分の足では立っていられないのに。
「レナ、見ない方が」
「どいて!!」
アーウィンは私が立てることを確認しながら、ゆっくり戒めをといた。壁際に少年が座り込んでいる。ぐったりと頭を下げて。私はよろよろと近づいた。かがみ込んで、その体を揺する。フレディは気づかない。
「フレディ……?」
なんで……起きないんだろう?もうちょっと力を入れて揺すってみる。やっぱり気づかない。
「フレディ……どうしたの、返事して……」
どうして……壁が赤く濡れているのだろう?もっと力を入れて揺すった。それでも気づかない。
「ねえ……起きて……返事してよ……」
力一杯フレディの体を揺すった。彼の体がぐらぐら揺れる。頭もぐらぐら揺れて、どたんと体が横に倒れた。壁には、弾痕と弾けた赤い染み。地に伏した頭から、赤い海が広がっていく。
「いやああああーーッ!!」
どんなに泣いても喚いても、フレディが目を開けることはなかった。縋り付く小さな体からゆっくりと体温が失われていくのを、頬で感じる。ーー生きている限りは前へ。自分の足で。
「……うん」
優しくて強い声は、まだ耳に残っている。ようやく顔を上げた。その手には、軽く握られたままの銀色の銃が目に入る。フレディとずっと一緒に在ったもの。私は銃を取り上げた。
「……これ、借りてくね。お守り代わりに……そばにいてね」
返事はない。それがたまらなく悲しい。柔らかな頬にそっとキスした。唇に彼の血がつく。それをぺろりと舐めた。温かい血は甘くて、懐かしい味がする。でもこの血は失われ、冷えていく。とてもとても優しい血なのに、消えてしまう。
不思議と落ち着いてた。気が狂いそうな程の喪失感、それなのに心臓の鼓動は乱れない。私は前へ進む。あなたが教えてくれた通り、顔を上げて自分の足で前へ。
背後からアーウィンの声がかかった。
「レナ、影を屈服させなさい。主導権がどっちなのかを示すのです」
座り込んで、彼に背中を向けたまま頷く。
「時間がありません。ここから先は一人で。私が行っても邪魔にしかなりませんから」
もう一度頷いたものの、まだ動く気になれなかった。もう少しだけフレディの顔を見ていたい。
「レナ」
中々動こうとしたら私に、アーウィンは苛々した声をかけた。
「それはもう死んでいる。いい加減に」
「大丈夫」
目を彼に落としたまま答える。
「ちゃんとやるわ、私……だから心配しなくても大丈夫」
ようやく立ち上がると、背後の人物を振り返った。
「アーウィンは央魔でない私には、興味ないんだもんね?」
アーウィンは黒い目で、じっと私を見つめる。表情を読み取ることはできない。ほくそ笑んでいるのか、怒っているのか、哀れんでいるのか。その冷ややかな顔の裏で。
やがて薄い唇が動いた。
「……その通りです」
私はそっと目を伏せた。やっぱちょっと胸が痛い。そんなことないって言って欲しかったかな。でも、それはそれでいいのかもしれない。
私が私で無くなってもこの人が悲しんだりしないのなら、それならアーウィンのことを心配しなくてもいい……。
彼は私の肩にその手を乗せた。口調はとても冷たいのに、その手はなぜか優しい。それともそうであるよう願ったから、そう感じただけ?
「行きなさい。後は心のままに」
一つ呟くと、静かに部屋を後にした。前へ進むために。
「…………」
アーウィンはレナの小さな背中が闇に飲み込まれていくのを、じっと見送る。その気配が離れやがて感じられなくなると、ようやく瞬きをした。赤く散った少年を振り返る。これは人の抜け殻。やがて腐りゆくだけの肉の塊。
「オーンゼンナートの第七子もこんなものか……」
選ばれた子。首座に就くべき者。再来ーー。
「…………」
長い沈黙の後、黒い髪の冥使はポツリと呟いた。
「フレデリック……」