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「油断大敵、まだまだ甘いですね」
「くっそー、完全にやられた……けど、次は負けねーからな」
模擬戦が終わり、決闘場から降りながら他の生徒の様子を見る。模擬戦が始まる前までは、どの生徒もプライドを砕かれ意気消沈していたが、今は何故か諦めるでもなく、対抗心を燃やすかのように目がイキイキとしている。
圧倒的なまでの実力差を見せて吹っ切れて貰おうと思っていたが、むしろやる気に火がついているのは何故だろうか。
「初級魔法と下級魔法だけでも、上級魔法使う相手に勝てるんだ」
「俺らも工夫すれば強くなれるんだな」
なるほどと、生徒らの会話を聞いてそう思った。
魔法能力の測定時に中級までしか使わなかったからという理由で初級と下級しか使わなかっただけだが、実際にそれだけでルークに勝ってみせた。
それが『やりようによっては、格上相手でも勝てる』と希望を与えたのだろう。
「予想には反しましたが、予想以上の結果になりました」
結果オーライモーマンタイだ。
剣術の技量の測定はもう終わったので、他の生徒らが終わるまでもて余した時間を潰す為に、ルークと共に観覧席に行き、他の生徒らの模擬戦を映画でも眺めるような気分で観戦する。
魔法と違い、剣は簡単に教えられる事が出来るからか、剣術のレベルは予想以上に高く、足りないものは経験とポップコーン、それから氷でかさ増ししたコカ・コーラくらいのものだ。
「次、ルナ・ヴァンデルシアとアルバンス・ライラット王子」
次はルナとアルの模擬戦のようだ。
「よーし、次は私らの番だね」
「うむ、良い勝負をしよう。遠慮はいらんぞ」
意気揚々と決闘場の上に上がっていく二人。
「大丈夫だよな?」
そんな二人を見ながら、ルークが小声でそう尋ねてくる。
「怪我だけはさせないようにと言ってありますし、少なくとも大事にはなりませんよ」
ルナは力の加減が大雑把だ。それでしょっちゅう加減を誤って道具を壊していた。なので、ルナに細かい事をあれこれ言っても出来ないだろう。
王子であるアルに怪我だけさせなければ上出来だ。
「それでは、始め!」
模擬戦が始まるや否や、ルナはアル目掛けて木剣を投げた。いきなり武器を投げた事に驚くアルと観戦している生徒達。
俺とルークはそんな事よりも、身体強化は使っていない事にほっとする。
風を裂くような音を立て、回転しながら真っ直ぐと飛んでいったが、生身のまま投げたのでは大して早くはない。
「虚をつくには良いが、そんな事で余は動じぬぞ」
案の定、アルはその木剣を易々と弾く。
「勝負ありだ」
それを見たルークが隣で小さく呟く。
「え? どういう」
どういう事ですか? と、そう尋ねようとして決闘場から目を離した瞬間、ズドンという音に再び視線を戻すと、ルナの拳が防具の上からアルの溝尾にめり込んでいるのが見えた。
「かはっ」
悲鳴にならないような短い声だけを漏らし、白目を向いて膝から崩れ落ちるアル。
「……ちょっと勢いつきすぎちゃったかも」
本人は相当に手加減していたつもりなのだろう。これまた、やっちまったという表情で冷や汗をかいている。
「担架ー!」
審判をしていた教師がアルに駆け寄り様子を見てそう叫ぶと、すぐさま担架がやって来て、アルは医務室へと運んで行かれる。
「ルーク、今なにが?」
肝心な所を見逃してしまった俺は、ルークに何があったのか尋ねる。
「アルがルナの投げた剣を弾いた時、同体ががら空きになった。ルナは一瞬だけ身体強化使って一気に距離を詰めて、溝尾に一発」
「殴る瞬間は身体強化は?」
ルナの特異体質による身体強化は通常の身体強化よりもずっと強力なものだ。その拳を生身で受けるのは洒落にならない。
「使ってないよ、距離を詰める一瞬だけだ」
それを聞いて一先ずほっとする。
だが、殴る瞬間に使っていなかったとはいえ、距離を詰める時の勢いがある。
それが拳に乗っていれば、防具の上からとはいえ生身で受ければかなり効く。
「……後で皆で様子を見に行きますか」
身体に問題はないとは思うが、俺もルナの拳を喰らった経験があるため、アルの事が気の毒に思え、ルークに後で見舞いに行くことを提案する。
「……そうだな」
ルークも担架で運ばれていったアルに同情的な視線を向けながら、そう頷く。
『騎士科の新入生に傑物が二人居る』
その噂は一日と待たず学年学科を越え、学園に広まる事になった。
しかし、直接目撃していない人間は、あまりその噂を信じず、あくまで世間話のネタとして見ていた。
最初は、新入生の実力は彼らからすれば全くもって大したことない。そんな新入生から見た傑物レベルなどたかが知れていると思っていたのだ。
だが、上級魔法を扱い、戦闘中に身体強化を維持し続けられるだとか、中級魔法を複数同時に展開し、強力な特異体質を持っているという実体を知り、多くの人間は顔色を変えたが、すぐに眉唾物だと笑い飛ばした。
人が持つ魔力の量とは多少の差はあれど、概ね成長と努力の積み重ねにより増加する。年を重ねていけばその努力の差は顕著に現れるが、幼い子供であれば、そこまで極端な差が出るものではない。
それは魔力の量だけでなく、魔法の練度もだ。魔法の習熟にはかなりの時間が必要となる。
たかが初等部の新入生が上級魔法に必要な魔力を賄えるとは思えないし、複数の魔法を同時に展開するだけの技量がある筈もないと思っていた。
だが、俺たちは学園への入学する前から数年にも渡り、常識を遥かに逸脱するレベルの訓練を絶やさず続けている。
といっても、そんな事を上級生らが知る筈はないが。
「昨日の今日で大分噂が広まってますね」
翌日学園に行ってみれば、野次馬根性よろしく一部の生徒が初等部の近くをうろうろと歩いている姿がちらほら目に入った。
「フッフッフ、すっかり人気者って感じだね」
注目されるのは満更でもない様子で、胸をはって嬉しそうにそう言うルナ。
「良いことばかりじゃねーけどな」
「案ずる必要はない、何があろうと必ず余が守ってやる故な! フハハハハハハハ!」
「……アルって結構タフですよね」
昨日、測定が終わった後に様子を見に行こうとしていたのだが、行くまでもなく、すぐにピンピンした様子で高笑いしながら帰って来た。
俺なんて、生身でルナの拳を喰らった日は一日中気絶していたのに。アルの打たれ強さは大したものだ。
「まぁ、なによりこれだけ噂が広まってるんですし、相手さんも何かしら動きを見せると……っと、ルーク、噂をすればなんとやらですよ」
野次馬の中に見覚えのある顔を見つけ、ルークの肩を叩いて教える。
「ん……あいつは」
ルークの決闘相手のデュラコだ。
「これはこれは、クソ生意気な一年生じゃないか」
向こうもこちらに気づいたらしく、ニヤニヤと笑みを浮かべ、嫌味を言いながら歩いてくる。
「一昨日ぶりだな、先輩。わざわざ何しにここに? 敵情視察ってやつか? そいつはご苦労なこって」
はじめからそうではあったが、デュラコ相手にはもはや態度を取り繕う気はないらしい。
盛大に嫌味を返しながら詰め寄るルーク。
「誰?」
見知らぬ人間と親しげとは言えない様子で話しているルークを見て、ルナが小声で俺にそう聞いてくる。
「来週、ルークと決闘するデュラコって先輩ですよ」
そういえば、二人はあの場に居合わせなかったから知らないのは当然か。
「なに!? 決闘だと!」
「アル、止めなくて大丈夫です。本人も楽しみにしてますし、ルークの方が強いですから」
少し調べて……というよりは、メイコウ先輩に聞いてわかった事だが、上級生といえど中等部である彼らの実力は決して高いとは言えない。
なにせ、カリュキュラムではようやく中級魔法を終えようかという段階なのだから。
レベルで言えばルークの方が一枚も二枚も上だ。
「む、そうか、ならば良し!」
「ところでユーリ、まだルークの制服なんだね」
昨日に続き、今日もルークの制服を着ているのを見てルナがそう聞いてくる。
制服は学園に頼んであるが、届くのに少しかかるので仕方なしの処置だ。
「安心してください、明日から普通の制服です……けど、今はどうでもいいでしょう」
制服云々は今は別にどうでもいいだろう。
それよりも、目の前でのやり取りの行く末の方が大事だ。
「なーに、つまらん噂を聞いたんだよ、つまらん噂だ。他愛もない話なんだが、今年の新入生に凄いのがいるらしいなぁ?」
そうルークに言ってくるということは、既に調べはついているのだろう。
多少慌てふためく姿が見られるかと思ったが、残念だ。
「さぁ、誰の事だろうな……ま、直ぐに身を持って体験するんじゃないのか?」
ルークは何の事かととぼけるが、すぐに口許を緩めてそう返す。
「上級魔法が使えるくらいで調子に乗るなよ」
「家名に泥塗る前に引き下がった方が良いんじゃないか?」
そう言われた途端、デュラコの口元から笑みが消える。
「このっ……フッ、まぁいいさ、その威勢がいつまで持つか、今から楽しみでならないよ」
眉間にシワをよせ、激昂しそうになるのを抑え、冷静さを保つように声を潜めてそう言う。
「ああ、俺もあんたの泣きっ面が見れるのが今から楽しみだ」
尚も煽り続けるルーク。
「吠えてろ」
再びにやついたような笑みを浮かべてデュラコは踵を返した。
噂を信じてないにしても、随分と強気だ。ひょっとして、何か策でも考えて?
捨て台詞を残し去ってゆくその姿に、一抹の不安が胸をよぎる。