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王都拠点に戻りノワールが恭しく扉を開ける。
入ろうとしたらランディーニが先に飛び込んでいった。
何やら察知をしたようだ。
「……どういうことなのかしら?」
『……主様が彼女らを拠点に同居する住民と認識したから、もしくは御方が何かをされた結果ではないかと思われます』
後者の気がして仕方ないが、夫からの囁きは聞こえない。
目の前ではランディーニが男の子にモフられている。
つまりは霊体に触られている。
フクロウの困り顔というものを初めて見た。
『奥方! 助けてくだされ!』
潤んだ瞳と必死な様子が可愛い。
和みかけたけれど、好意に満ち溢れた好奇心とはいえ、一方的にもみくちゃにされるのは辛いだろうと首を振って、バッグからお土産を取り出す。
遊具と食べ物を迷ったが、食べ物を採用した結果。
「はい、お土産だよ。食べるときはお母さんに許可をもらってね」
目を輝かせた男の子がランディーニを放り投げて駆け寄ってきた。
『ありがとう! これ、バナナチョコレートだよね?』
「ええ、そうよ」
『一度食べてみたかったんだ。うわー、美味しそう!』
屋台の定番。
ほとんどの子供が好きであろう至高の組み合わせ。
バナナチョコレート。
男の子にはミルクチョコレート、女の子にはピンクチョコレートとホワイトチョコレートがかけられた物を買ってきた。
齧りつこうとする男の子にノワールが威圧をかける。
極々弱い威圧でも、男の子は大きく目を見開いてノワールを凝視したあとで、母親を振り返った。
『お母様、食べてもいいですか?』
『座っていただきなさい』
『あ……あの、私たちも食べていいですか?』
母親の背中に隠れていた女の子の内一人が、とことこと歩いてきて尋ねる。
「勿論よ。はい、どちらがいいかしら?」
私はピンクとホワイトのバナナチョコレートを両手に持った。
『ベアトリスはどっちが食べたいの?』
どうやら妹の意見を優先するらしい。
自然と眦が下がった。
『ピンクいろがいいな』
姉に手招きされて出てきた妹は、ぺこんと私たちに向かってお辞儀をしてから姉を見上げた。
『半分ずっこする?』
『おにいさまとさんにんでわけたら、さんしゅるいのあじがたのしめて、いいとおもうの!』
『ですってよ、ブライアン』
『あー。分かったよ! 先に食べようとしてごめんて、リア姉!』
男の子……ブライアンはがしがしと頭を掻いて謝っている。
三人の仲は大変良好のようだ。
これが一般的な兄弟姉妹の関係なのだろう。
兄弟に恵まれなかった私には少し目に眩しい光景だ。
姉妹に恵まれなかった夫も同じ感想を抱くに違いない。
『では、仲良く三等分しましょうね』
母親が会釈をしてどこからともなく包丁を取り出す。
一瞬だけ警戒したノワールとランディーニも、すぐさま温かく見守る方向にシフトしたようだ。
母親の手により三等分されたチョコレートバナナが、これまたいきなり現れたケーキ皿の上に盛られてフォークが添えられる。
『あのテーブルと椅子を使ってください』
『ありがとうございます』
ノワールはサロンに置かれたテーブルと椅子を指差した。
一つしかなかったはずの椅子は五脚に増えている。
母親と子供たち三人&私の分らしい。
『貴女と主様にはどうぞ、こちらをお飲みくださいませ』
香りからしてロイヤルミルクティー。
蜂蜜も入っているようだ。
『有り難く頂戴いたします』
母親はノワールと私に礼を言うと、ロイヤルミルクティーを口にする。
ほうっと美味しそうに吐き出された息は、何とも色っぽかった。
惨殺理由にも納得してしまう自分がいる。
この、艶やかさに嫉妬したに間違いない、大商人の正妻は。
そういえば大商人は妾と子供を殺されて、どうなったのだろう。
一緒に殺されたという報告はなかったように思う。
生きているのならば、少なくとも正妻が殺したと判別できている以上、正妻は当然として、大商人も罰を受けてもおかしくなさそうだが。
カップを傾けながら会話の切り出し方を考えていると、母親がカップを置き、深々と頭を下げた。
『名乗りもせずに申し訳ありませんでした。私、ドロシアと申します。子供たちは上から、オーレリア、ブライアン、ベアトリスと申します。長男長女は……既に成仏しております。子供たちの父親は……』
黒っぽい靄のような何かがドロシアの全身から滲み出してくる。
子供たちは食べるのを止めてドロシアを心配そうに見詰めた。
「辛いのならば、無理に話そうとしなくても構いません。貴女とそのお子さんが私に害なす者でないと認識されたからこそ、食事が取れるのですから。久しぶりのロイヤルミルクティーの味は如何ですか?」
『……とても……とても美味しゅうございます』
瞳から虚ろが消える。
子供たちも楽しげに再度バナナチョコレートを堪能し始めた。
ノワールがそっと、ホットミルクをわたしている。
熱いから注意してお飲みなさい、と言われて揃った声で返事をしていた。
『失礼いたしました。父親の名前は、デニス・ブラックウェル。ブラックウェル伯爵の娘が正妻だったがために、爵位こそございませんでしたが、下級貴族のような扱いを受けていた男でございます』
正妻が男に一目惚れか、商人として成功していたようだから金目当てに不要な娘を伯爵家が無理矢理押しつけたといったところか。
『正妻との間に三人も子をもうけたし、嫡男は聡明だから義理は果たした! 僕は僕の好きにするさ! と常々申しておりました』
そんな態度であれば伯爵家には疎まれて商売に支障を来しそうだが、商売は順調だったようだし。
案外伯爵家公認での正妻冷遇だったのかもしれない。
正妻はさておき。
聡明だった嫡男や他の子供たちは、そんな父親をどう思っていたのか?
何となく想像はつく。
少なくとも尊敬はできなかったに違いない。
『私はと言えば孤児院育ちでして身内もございません。家事雑事多少の経理はできましたので、どこかで雇ってもらえればと考えておりました折に、妾のお話をいただきました』
きつく眉根が寄せられる。
男はかなり強引に迫ったようだ。
そうでなければドロシアの表情はもっと穏やかだろうに。
『何処かへ勤めても無駄だというようなことをほのめかされまして……妾になりました。可愛い子供たちを五人ももうければ多少の情も湧くものです。このまま穏やかに子の成長を見守っていこうと、その隣に彼がいるのを許そうと……傲慢にも思っておりました結果が、正妻による惨殺でございました』
子供を育てるのは親の義務だ。
子供の様子からして、理想的な母親だったのだろう。
身分を盾にして身寄りのない若い女性に無理を強いた男など、永遠に搾取されてしかるべきだというのに。
恐らくは子供までが凶刃に襲われてしまったのが許せないのだろう。
そこが、成仏できない未練……?
『長男長女は、成仏いたしました。それが一番合理的だと理解できたからです。ですが私はできなかった……この子たちは、私の未練に引き摺られているだけですので……何時かは決断をと思って参りましたが……なかなかに切っ掛けが掴めず、ここまでずるずると無様な姿を晒してしまったのです』
「この屋敷にいる限りは問題ないから、自ら浄化されたいと思えるようになるまで、ここにいて構いませんよ?」
『本当に、お優しいんですね……』
「貴女がお子さんに愛される良いお母さんだからですね。私は……愛する主人もそうだけど、両親には恵まれなかったから」
私のどこまでも静かな微笑に、自分が考えている以上に優しい人なのだろうドロシアは唇を噛み締めた。
『私は! あの男が許せないのですっ! あの男は結局、正妻の罪を金で贖い、関係を再構築いたしました! 私どもの墓こそ立派な物が立っておりますが! あの男は葬式以降一度も墓参しないっ!』
あー。
それは確かに荒むだろう。
せめて申し訳なかったと墓参したならば、彼女は葬儀後時間を置かず子供たちと一緒に、輪廻の輪に入られたはずだ。
「この屋敷から出られるの?」
『いいえ。出られません。ただ……墓の様子は分かるのです、あの男の嫡男が時々……墓参してくださるから……』
聡明な長男は慈悲の心も深いようだ。
トンビがタカを生んだか。
母と父の根本は、慈悲深いものだったのか。
「男にどうなってほしい? 謝罪をと言うのなら、させてもいいよ? 私にはそれができるから」
『できればあの男が自分から!』
「それは無理だと思うよ。正妻が亡くなれば或いは墓参するかもしれないけれど、それまで子供たちを犠牲にし続けるの?」
『っつ!』
今は安定した状態だが、本来霊体が今世《こんせ》に止まり続けるのはよろしくない。
魂をすり減らし輪廻の輪に入ることなく、そのまま空気中へと溶けいってしまう。
二度と再生は叶わない。
それもまた幸せかもしれないが、罪なき人々にはせめて穏やかに輪廻の輪に入ってほしいと思うのだ。