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その日の内に救済機構の僧侶、加護官たちは城砦の指揮系統を整理し、自分たちをその即席の組織に組み込んで、医療、看護活動を始めた。

加護官たちは様々なものごとに精通している。ノンネット率いる医療を行う者、事務作業を担う者、物資調達などの雑務をこなす者にとどまらず、デノク市政に協力し、デノクの属するメジッカ都市との連絡、さらにはアルダニ同盟規則に基づくテネロード王国との調停まで買って出ていた。

しかしユカリたちの情報収集は芳しくなかった。怪物サクリフを見かけた者は大勢いたが、彼らはその力による怪我と同様にその恐怖による怪我も負っているのだった。当時のできごとを語りたがる者などいなかった。


それが分かった時点でベルニージュはユカリに声をかけた。もう出発しても構わないのではないだろうか、と。しかしユカリは首を縦に振らなかった。


そうして数日が過ぎた。逆に、このまま街ごと救済機構に乗っ取られるのではないだろうか、という懸念も一部で出るほど、加護官たちの尽力で城砦は団結していた。しかしそもそも復興できるかどうかも怪しい状況で、そのような危惧は一笑に付されるだけだった。


ベルニージュが不満を高まらせていることがユカリには分かっていたが、苦しむ人々の声を聞こえないふりして次へ進む決断もできなかった。


ある朝のこと、鳥も歌い出さない早い時間に、元は貯蔵庫の一つであり、女性の寝室として割り当てられた部屋、その一角でユカリは目を覚ました。まだ冷たい夜の翳りが残る部屋でおかしな気配に気づき、寝ぼけた頭が冴えるにつれ、より混乱が高まり、まだ眠っている身を無理に起こす。


薄暗い部屋に加護官の半分と護女ノンネット、そしてこの街の生き残りの女性たちの何人かが犇めき合って眠っている。


新たな魔導書の気配を感じる。ミーチオン地方ではこれを手繰って探していたものの、アルダニ地方に来てからは、手に入れた後にようやく存在を感じてばかりだった。何者にも憑依していない魔導書特有のひりつくような気配に焦りが高まる。


隣に眠るベルニージュを揺すって無理に起こす。


寝惚け眼でベルニージュが不平を鳴らす。「おはよう。ユカリ。おやすみ。ユカリ」


ユカリは説明を後にしてベルニージュを引っ張り起こし、部屋を飛び出す。


一列に並んだ矢狭間から白んだ空が覗いている。秋の朝の冷たくも透き通った空気に二人は全身を洗い流される心地だった。怪我人も病人も寝静まり、陰鬱さを醸し出す呻き声は息を潜めている。


「どうしたっていうの? まだ早いよ、ユカリ」


夜の落とし子の薄暗闇が傷病人の間で戯れる通路を二人は足早に巡る。

ユカリは踊りでも誘うようにベルニージュの腕を引き寄せて耳元で囁く。


「魔導書の気配を感じます。新しい魔導書です。何にも憑依していない、なま魔導書ですよ」

「なま魔導書? ああ、憑依している魔導書は気配を感じないんだっけ? でも何で? そもそもどういう風に感じるの?」

「経験則でしかないので私にもよくは分かりません。こう、上手く言えませんが魔的な感じの気配です」


ベルニージュは少しばかり頭がはっきりした様子で辺りを見回す。


「それが突然現れたってこと? この街に来てから今朝初めて? どこにあるの?」

「ええ。突然感じて、私、その気配で目が覚めました。でも気配を感じるだけで、距離も方向も分からないんです。ただ、あるってことだけ」

「なるほどね。まあ、気配が分かるってだけでも大変なことだけど……。え?」


ぴたりと立ち止まったベルニージュは目を見開き、ユカリのすぐ隣で奥へ伸びる通路に視線を向けたまま固まる。その廊下に患者はおらず、代わりに木箱や襤褸布に包まれた物資が壁に並んでいる。


ベルニージュの視線をたどり、ユカリもそれに気づく。その廊下に、石の床に羊皮紙が落ちている。


「ほら!」と言った後でユカリは声を潜める。「あったじゃないですか」


通路へ急ぐユカリの手をベルニージュがひしと掴んで止める。


「いやいや、待って、ユカリ」ベルニージュは声が大きくならないように気をつけながらも言い立てる。「どう見ても罠でしょ。軽率すぎるって何考えてんの」


ユカリはむっとして振り返り、ベルニージュの手を振り払う。


「罠って誰の誰に対する罠ですか? 何のためにそんなことをする必要があるんですか? 魔導書の気配を感じるのは確かですし、魔導書を囮にするなんて考えにくくありません?」


ベルニージュは何か言いかけた言葉を一度呑みこみ、改めて答える。


「いや、まあ、そうだよ。心当たりなんてない。あえて言うなら怪しいのは救済機構の護女たちだけど、こんなやり方は確かに聞いたことがない。でもユカリ、ユカリさん。ちょっと感覚が麻痺してるんじゃない? 魔法使いの至宝だよ? 世界の均衡を揺るがす力だよ? 何でこんなところにぽつんと置いてあるのか少しは疑問に思おうよ」


そう言われるとそうかもしれない、とユカリは気づく。以前はもうちょっと魔導書に対して慎重だったような気もする。慣れてしまって不用心になっているのかもしれない。


しかし魔導書が落ちているのは事実だ。そのような例が今までになかったわけでもない。

ワーズメーズの迷宮都市ではその魔法の力で姿を隠していたが魔導書は街中に落ちていた。

ハルマイトの持っていた魔導書は兄テーリオが子供の頃に川底で拾ったという話だった。


「だけど、そんなの拾ってからでもできますし、それとも、もしかして、まさかですけどベルニージュさん、怖いんですか?」

「はあ? 別に怖くないですけど。ワタシはいつだって完全なる勝利を得るための行動を心がけているだけだから」

「じゃあ、拾いますからね。罠だったら助けてください」

「そんな勝手な」


ユカリは廊下にただ落ちている羊皮紙の元へ駆け寄り、躊躇いなく拾い上げる。

間違いなく魔導書だった。古めかしい羊皮紙ではあるが、そこにはユカリしか読めないユカリの前世の言葉で物語が記されている。それはアルダニに来てから手に入れた魔導書と共通している要素だ。


『逆さ道化師の冒険譚』

あるところに道化師がいた。第五の英雄だと人々の称える最も貴い道化師だ。

彼はいわゆる天邪鬼で、人に求められることの逆をやってお道化てしまう。だから道化師は彼の天職だった。

ある日、生まれの村で真面目に働けと言われると彼は冒険に出かけてしまった。そうして辿り着いたのは流行り病に苦しむ国だった。

病が伝染してはいけないので国の人々は彼を追い払おうとするが、だからこそ天邪鬼の道化師はその国に居ついてしまった。

不治の病ゆえに誰もが病人を見捨てるしかなかったが、天邪鬼の道化師は皆を看病し、おどけてみせた。病に苦しむ人々は笑った。疫病神までもが笑った。

喜んだ疫病神は道化師にもっと笑わせてみろと求めるが、天邪鬼であるがゆえに彼はおどけるのをやめてしまった。つまらなくなった疫病神は流行病に苦しむ国から立ち去った。

流行り病から救われた人々はずっとこの国にいてくれと道化師に頼んだ。それ故に彼が戻ってくることは二度となかった。


ユカリは喜び浮かれて言う。「やっぱり、魔導書ですよ。ベルニージュさん」


ユカリが振り返るとベルニージュが緊張した面持ちで隣を見つめ、そこにはノンネットが微笑みを浮かべつつも不思議そうな顔で立っていた。

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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