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「お前が、俺のパン取っていったあの日から、俺はお前の事好きになった」
リースの言葉に私は目を大きく見開いた。
それでも、彼が言っている意味が分からなくて、口をパクパクさせていると、リースは困ったような表情を浮べて忘れてくれと、ただ一言云ってまた私の頭を撫でた。
パンを取った。というのは全く覚えがない。いや、殆どにおいて、学生時代の記憶など曖昧且つ忘れているためいつのことを言われているのかさっぱり分からなかった。
でも、リースは覚えているんだからそういうことなのだろう。
「パン、私がリースから?」
「ああ、何でも推しキャラのパッケージだったとか何とかだったか……」
「もしかして、高校二年生の時の!?」
私は、パンと推しキャラパッケージという単語を聞いて、点と点が結ばれたような感覚を掴みぽんと手を叩いた。
そう言えばそんなことを言った気がする。確かその時私の中で熱かったゲームと大手食品会社がコラボした際に発売されていた数量限定のパンのこと。あの日は、コンビニを何軒かまわってそれでも見当たらず、途方に暮れていたときそのパンを持って一人屋上へ行こうとしていたリース……遥輝を見つけて勢いのまま呼び止めてしまったと。
でもあれはもう四年以上も前の話だ。
つまり、その時既にリースは私の事を好きになっていたということになる。
「え、え、そこにどきどきする要素とかあったの?」
「……なかったな、今思えば」
と、リースは思い出しながらきっぱりと言った。
どきどきする要素がないのに、如何して恋に落ちるのだろうか。いや、恋の定義すら分からないから、私が言えたことじゃないだろうけど。
でも、少なくとも私はパンを取られて恋に落ちるなんて事はないと思う。多分。
思い返せば、本当にあの時はどうにかしていたと思う。入学した頃から遥輝は目立っていたし、女の子に囲まれてきゃーきゃー言われている所謂モテ男だったし、私と接点はなかった。私は、ゲームやらオタ活やらで忙しく住む世界の違う遥輝の事なんて気にしていなかった。そんなとき、二年に上がってすぐ彼と接点を持つことになった。接点というか、ほんと一瞬。
屋上へ繋がる階段を上がっている男子生徒の手に握られていたパンを見て、私は食いつくようにその男子生徒を呼び止めた。
『何? 告白とかなら、俺は……』
『それ、欲しい!』
『それって?』
『アンタの持ってるパン! 今日と昨日合わせて、ずーっと探してた推しがデカデカとパッケージの表紙になってるパン! 味も良しだし、私に譲ってよ!』
と、まあこんな感じに私は遥輝に初対面だったのにもかかわらずずかずかと踏みいって、遥輝の手に握られていたパンを指さした。
遥輝はキョトンとした顔で私とパンを交互に見て、コレが欲しいのかと私の前に差し出した。私は貰えるのかと、手を出したが遥輝は意地悪そうにそれを私の前から下げる。
『何で!?』
『いや、これは、俺の昼飯だから』
『ううぅ、せっかく見つけたと思ったのに。もしかして、アンタもそのゲーム好きなの?』
『ゲーム? いや、知らないが……ただ、コンビニにあったからかっただけだ』
と、彼は私に背中を向けて歩き出す。このままでは、あのパンが手に入らないと思った私は思わず彼の手を掴んでしまった。
『分かった、分かった! じゃあ、私の弁当と交換しよ!』
『……たかがパンのために必死すぎるだろ』
『必死になるでしょ! アンタに今必要なのはそのパンじゃなくてもいい、昼ご飯でしょ!? なら、Win-Winじゃない?』
『……』
私の圧に負けたのか、遥輝は頭に手をついてやれやれといった感じに私にパンを差し出してくれた。何てこと無いただのあんパンなのに、推しキャラのパッケージというだけでそれはもう高級料理を上回るほどの価値がある。それにこのパンの良いところは中にシールがはいっていて(それはランダムなのだが)パッケージを眺めるだけではない楽しみ方もある。
私は、遥輝からパンを受け取り推しの顔面を拝みつつ手にさげていた弁当箱を遥輝に差し出した。すると遥輝はまたキョトンとした顔で私を見て弁当箱を受け取ろうとしなかった。
『何よ、受け取らないの?』
『……いや、さっきの話本当だったんだと思ってな』
『え、だって物々交換』
『物々交換って古くないか?』
そういいながら、ようやく遥輝は私の渡した弁当箱を受け取った。
別に私は嘘をつくつもりはなかったのだが、パンを手に入れるために咄嵯に出た言葉だったので確かに古いかもしれない。だが、今はそんなことはどうでもいい。パンが手に入ったことで有頂天になっていた私は、弁当箱は洗って返してとか言うことも忘れて唯一の友達が待つ教室へと走った。
今思えば、あんな積極的なことが良く出来たものだと自分で褒めたくなった。
女子でも話すのが辛いのに、陽キャで、しかも女子からの憧れの的である遥輝にあんなグイグイ喋りかけることが出来た四年前。
まあ、パンを食べ終わってパッケージを眺めながらあの男子生徒が遥輝だったと思い出したときにはやらかしたと、かなり後悔はしたのだが次の日の朝ちゃんと弁当箱が洗って返ってきたので、まあもう関わる事はないだろうとタカをくくり、それからも変わらぬ日々を過ごしてた。二年生までは違うクラスだったため、関わる事もあんなモテ男の姿を見ることすら女子に阻まれて出来なかったわけだし。あっちだって忘れているだろうと思っていた。
そして、高校三年生になったある日の事、私は遥輝に告白されたというわけだ。
「ん~~~やっぱり、惚れる要素ないじゃん」
「俺は、お前に出会ったことが人生の転機になったと思ってる」
と、遥輝ことリースは私を見つめながら言った。
いや、矢っ張り理解できないのだ。遥輝みたいなイケメンがオタクの私なんかを好きになるはずがない。一目惚れとか、私は存在しないと思っているし。
そう思ってリースを見ると、やはり彼は何処か困ったような表情で私を見つめていた。
(困っているというか、不安というか……何だろ、リースの目って寂しい)
ふと、そんなことを考えてしまった。
彼の目はとても綺麗なのに、どこか悲しい色をしていた。その目を見ていると、私は何故か胸が締め付けられるように痛んだ。
改めてリースのこと何も知らないんだなって思ってしまった。いいや、彼の口からも彼の事について話してくれたことないし、もっと言えば私に惚れた理由とか今も好きな理由とかも上手いこと濁すしで、何を考えているのかさっぱりだった。それが、リースなんだって受け流してきたけど、真正面から彼を受け止めるとか、言葉を聞くと彼の寂しさに触れているような感覚になって、知らないとと思ってしまう。
「あ、あの、リース……」
「こんな遅くまで付合わせてしまって悪かったな。さっきも言ったが、本当に楽しかった。ありがとう。エトワール」
「いや、こちら、こそ……」
私が口を開く前に、リースは私から手を離すと私に背を向けて歩き出す。私は、引き留めようと立ち上がったが、結局何も言えずにその場で固まってしまうだけだった。
どうして、彼が悲しげなのか、寂しそうなのか知りたいと思った。けれど、私に聞く勇気なんてなく、彼の頭上でピコンと機械音がなり、93%と上がった好感度を見て、私はさらに何も言えなくなってしまった。
(そういえば、星流祭をまわろうっていうイベント……アルベドとまわることになってたけど、他の人とまわってもよかったのかな)
と、ふと疑問が浮かび私は、クリア報酬の好感度アップとクリア条件を見直し頭を捻った。
クリア条件は、最終日の花火を見ることで達成されるらしく、それまでは誰とまわってもいいようだった。そのため、リースの好感度はシステム報酬で上がったのではないと言うことが分かった。にしても、まだこれが星流祭初日だというのに、これだけ満喫してしまったからもうあと四日はゴロゴロしていたいとすら思っていた、でもメイドやリュシオルに話を聞けば、毎日違うイベントが用意されているとかなんとかで、五日間言っても飽きないとも言っていた。
けれど、私の身体はくたくたで、精神的にも参ってしまったなあと思いながら、あと四日如何するべきか考えるべく、聖女殿へと足を進めた。