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只今連載中のアオハレという作品ですが、今書いている話の一つ前、こんな運動会を書いていました。
これは本編とは異なる世界線ですが、ぜひこちらもお楽しみいただけたら、と思います。
もしあっちの世界線でだけ生きていたい、という方は読まないことをおすすめします。
感想も待ってます。
*
からりと晴れた空。
青々しかったが今は寂れた色の葉。
カーディガンを羽織る生徒たち。
昼間はまだ暑い日も多いが、朝晩はもうすっかり肌寒い。十月に入り、一気に冷気が増した。
「おはよう、椋」
ランドセルを机に下ろす裕太は、朝から机に伏して眠ろうとする椋に声を掛けた。
「ああ、おはよー」
むくりと起き上がって返事をする椋だが、やはり眠そうだ。
「そんなんで大丈夫?」
「は?何が?」
「え、知らないの」
裕太はファイルからプリントを取り出し、椋に掲げた。
『みつば小・よつば中・いつつば高大運動会』と大きく書かれたそのプリントは、その名の通り、運動会のお知らせだった。
町内の小中高校は管理者が同じで、学校の敷地も同じ敷地にある。行事などで交流することも多く、毎年運動会は合同で行っている。しかし、学園というわけではなく、小中高別々だ。
面倒臭い仕組みだが、人数は多いほうが楽しい。
「何それ、初耳なんだけど」
「昨日プリントもらったじゃん……。って、寝てたね」
「うん、昨日はほぼ寝てた」
裕太は呆れ顔でプリントを椋に手渡した。
「今日から本格的に練習始まるらしいから、ちゃんと寝らずに起きててね」
裕太の言葉を無視して、まじまじとプリントを眺める椋。
「なるほどね。去年は小中高での戦いだったけど、今年は小中高を縦割りで紅組と白組に分けるわけだ。まぁそうだよな。小学校VS中学校VS高校とか、高校勝つに決まってるし。ハンデあったらおもんないし」
一人で納得する椋を横目に、裕太は顔をゆがめた。
「そう。紅白で縦割りなの。だから、もしかしたら俺と椋も敵になるかもしれない」
「何がだめなんだよ。私はむしろそっちのほうがやる気出るんだけど」
「俺はやる気でないよ。出しても勝てないのが見えてるもん」
「まぁそれはまぁ」
「否定しないんかい」
運動神経抜群な椋と敵になれば、勝てるものも勝てない。
小学校は昨年中学校には勝ったのだが、その得点はほぼ椋が稼いだものだった。惜しくも、高校には負けてしまったが。
しかし昨年の彼女はあまり本気ではなかった。
元々イベント事に乗り気になる人間ではないが、裕太とどちらが多く得点を取れるのか、というガチンコバトルをしていため、多少本気を出した。
予鈴が鳴り、皆が着席する。
一秒たりとも遅れずに、そして早すぎもせず、ぴったりな時間で教室に入る中山。
手に持った段ボール箱からは、赤と白のはちまきがちらりと見えている。
「おはようございます。今朝のホームルームは、運動会の組決めから始めます。紅組と白組を、くじ引きで決めます。赤と白の紙が入っているこの箱から、一枚紙を引いてくださいね」
どこからか出したのは黒塗りの箱。
あやしすぎてあの中に手を突っ込むのはやや気が引けるが、まぁやるしかない、と皆覚悟を決める。
結果、椋と裕太はどちらも白組だった。
それを見て裕太は安堵、椋は面倒臭そうな顔をした。
さらに、中山が白組の担当教員だとにこにこの笑顔で告げると、椋は目を黒く開かせて真顔で中山を睨んでいた。
一時限目と二時限目は運動会の練習だった。
紅組と白組で別れ、小中高合同でやるらしい。
「紅組はよつば中の体育館、白組はいつつば高の体育館で練習します」
校舎が近いとは、なんと喜ばしいことなのだろう、と椋は移動しながら考えた。
*
体育館は広い。
広いが、人も多い。
約600人がこの空間にいる。
椋は学年ごとに整列しながら、なんと面倒臭いことを考えたのだろう、と欠伸をした。
団長、副団長たるものを決めるそうだが、小中高の団長がおり、その頭は高校の団長らしい。
つまり、紅白合わせて六人の団長ができる、ということだ。
そういうものに立候補するなど、積極的な人間ではない椋は、すでに他人事。
体育座りをしながら眠りこけている。
ちょいちょいと裕太に起こされ、不機嫌になったが、中山にも「十分間は起きておいてください」と言われたため、十分は起きてその後はすべて寝ると決めた。
「別に団長とか誰でもよくない?」
椋は裕太に聞いたが、裕太は「そんな事言わない」と椋を叩く。
「あ、中学校の立候補者、あの人知ってる」
裕太は興味津々で指を指した。
短めの茶髪を頭の後ろで結った様子が雀の尻尾みたいだと生徒に囁かれる人物だ。
ああいう女のような顔をしているが、ああ見えても男。肩幅も確かに広い。
がやはり、声も高くて所見は女だろう。
名は雀宮涼芽という、今にもチュンチュン鳴き出しそうな名だ。
涼芽という愛らしい名だが、やはり性別は男。紛らわしいにも程があるだろう。
「あぁ、なんか有名だよな」
椋ですらも知っているという、超有名人な彼。
「うん。芸能界でモデルやってるらしい。あの大手事務所のBHFGで働いてるんだって」
「へえ。まああの顔付きだとそうもなるよな」
椋はじっと涼芽を眺めるが、その横顔を裕太は眺める。
(こいつもこいつで行けそうな気がするけどなぁ)
通った鼻筋も、長いまつげも、白い肌も、潤った唇も、そして彼女最大の武器、紺色の綺麗な髪も、全てにおいて『美人』を醸し出すものだ。
しかしもちろん、椋が芸能に興味があるわけがない。
(まぁいいけど)
裕太は前を向き直した。
「あ、高校の立候補者も知ってる」
「ああ、高槻隼人な」
椋が名前も知っているなど、相当な有名人である。
その外見は、まさに王様。
黒髪はさらさらで、青い瞳をした王様。
誰がなんと言えども、この見た目は所謂『イケメン』というやつなのだろう。
背も高く、涼芽の隣に立つと頭一つ分ほど違う。
脚の長いモデルの涼芽に追い縋るように、彼も彼で脚が長い。
高校のサッカー部の副キャプテンで、運動神経もいい。噂に聞くには、テストでは学年首位を占領する頭の持ち主だとか。
少女漫画でヒロインに惚れられるヒーローのような男である。
「彼はforeign palaceってアイドル事務所のアイドルなんだよねー」
裕太は椋に語り掛けた。
「そうなのか」
「え?知らない?foreign palaceにスカウトされて、アイドルグループの【foreign palace】ってとこに所属してるんだよ」
「え?会社名とグループ名被ってるのはわざと?」
「たぶんね。ああいう外見のいい男の人たちを四人集めて作られた最強グループなんだよね。それも、歌唱力やダンス力も怪物級。ファンの人数もこの一分一秒単位に増える一方なんだよ」
「なるほど。じゃあ、その会社は高槻のグループに賭けてるわけなんだな」
「そうそう。他のグループすぐ解散しちゃって、何回か炎上とかしちゃってんだよね」
「お前詳しすぎだろ。まさかドルオタ?」
「違う、妹が好きなんだよ」
「あぁ、あいつが」
にしても、体育館のステージが東京ドームのステージにでも変わりそうな気分である。
立っている二人は美男子すぎるし、ニコニコの涼芽と氷の高槻がこれまた映える。
それを見て黄色い声を上げる女子たち。
まぁ確かに本物のモデルとアイドルが眼の前に二人も揃っているわけで、そりゃこうもなるが。
まるでライブ会場状態だ。
「このうるさい体育館に釘を刺すには、とんだ一般人がステージに乗るしかないよな」
椋は真顔でいうが、裕太は顔を青くしていた。
「あの二人の隣に並ぶとか、どんだけ度胸あるんだろう……」
高校も中学も立候補者が一人ずつしかいなかった。
つまり、二人が団長になるのは決まっているのだ。
残るは小学校の団長だが、誰もステージに登らない。それはそうだろう。椋とて登りたくはないし、そもそもそんな気は甚だない。
「誰が登るのかな」
裕太は少し期待気味だ。
が、誰も登る様子がない。
すると、マイク越しに中山の声が聞こえてきた。
『小学校の立候補者がいないため、指名になります。よろしいでしょうか』
「よろしくないな」
椋はざわつく体育館の中、ひとり呟いた。
裕太も頷く。
二人は実は、一年生の頃から中山との付き合いだ。彼がどんな人物なのかは知っている。
「やだよ、私は嫌だからな」
椋フードを被って体育座りの足に顔を埋める。
裕太は「しょうがないよね」と笑っているが、「笑い事じゃねぇよ」と椋に蹴られた。
『では、小学校からは五年一組の椋さん、お願いします』
そんな気はしていた。
ずっと、そんな気がしていたからいやだったのだ。
物凄く嫌なオーラを中山に対して発する椋の隣で、裕太はけらけら笑っている。
そんな裕太の頭にチョップを食らわせ、渋々立ち上がってステージに登る椋。
最近はヒトモノだの団長だの、ろくなことがないなぁなんてどす黒い気持ちで考えて歩いていた。
イケメン二人の隣に立たされた椋は面倒くさいの一心だったが、その二人とやらは興味津々という様子で椋を見ていた。
涼芽は、身を乗り出して椋に話しかけた。
「君、五年生?名前はなんてゆーの?」
ニコニコはっちゃけた笑顔で聞かれ、悪気はないがどうしても半開きの目になってしまう椋。
その様子に気付いた高槻が、涼芽の肩に手を置いて椋から引き剥がした。
「困っているだろう。やめろ」
笑顔は見せないが、意外と優しいところもあるのだと椋は勝手に関心する。
しかし別に困っていない。
「ゴメンゴメン」
涼芽は笑って手を合わせ、高槻の隣に気をつけをした。
体育館は相変わらず賑やかで、マイク無しでは声が届かない。
中山は椋にマイクを向けた。
「んだよ、喋れと?」
不機嫌な椋は中山を睨み、マイクを押し退けた。
「違いますよ。自己紹介です。ほら」
中山はいつも通りの笑顔で、椋もため息をつく。
マイクを受け取り、自己紹介を始めた。
「小学五年一組の清水椋。言っちゃいけないだろうが、やる気は一切ない」
そう言うとまたも黄色い声が上がってくる。
これのどこにキャアキャア言っているのだろう?と椋は不思議に思うも、まぁしーんと静まり返ってしまうよりはマシだろう。あの美男子の隣でこうやって立っていても、何のブーイングもないのは奇跡と言っても過言ではない。
裕太は思った。
中山はこれをわかって椋にしたのだ。
口や考えることはファンができるには程遠い椋だが、黙っていればモデルにでもアイドルにでもなれる人材だ。
今までは口調などがあんなもののため、そこまで有名にはなっていなかった。
しかしやはり、美人だということで、知る人ぞ知る美女、という認識であった。
そのため人に認められる美貌ではある。
あの二人の隣に誰かを立たせ、歓声が止んでしまうと、それは立ったその人のせいになってしまう。そのため、そうならない人物を立たせねばならない。
となると、中山の一番身近には椋がいたわけだ。
中山もかなりの戦略家である。
ふむふむ、と一人で納得した裕太だが、ステージ上に立つ三人を見ると、やはりいいビジュだと笑ってしまう。
まるで、王子と王様と姫のようだ。
なんて椋に言ったら速攻ぶん殴られる未来が見えるのだが。
「高槻隼人。高校一年生だ。サッカー部の副チャプテンをしている。白組、絶対に勝とうな」
椋のときの歓声よりも数倍大きな歓声が上がった。
それに思わず耳をふさぐステージの三人。
アイドルはこうなのである。
(高槻隼人、本名でアイドルやってんだな)
テレビでも確かに、高槻隼人という名は聞く気がする。
バラエティ番組をほとんど見ない椋でも多少知っているのだから、相当な有名人ぶりである。
高槻が涼芽にマイクを渡すだけで、女子たちの声が高くなる。
「雀宮涼芽ですっ!僕は泣くとき、チュンチュン言いませんっ!あ、中学二年生だよっー!紅組ボコそうね!!」
無駄に無駄を重ねた無駄の多い自己紹介だが、これだけで女子の雄叫びが聞こえるのだから、彼も彼で大変だろう。
そしてあの可愛らしい涼芽の口から「ボコそう」なんて言葉が聞こえたら、普通なら違う叫びが出そうだが、と思いながら椋はまた欠伸をする。
(帰りたい)
そんな気持ちが高槻に読まれたのか何なのか、高槻に声をかけられる椋。
「清水、嫌なのだろうが、頑張ってくれ」
それくらいしか言うことがないのだろうか。
「はい、物凄くやる気を出すのに手間取っています」
「確かにそう見える」
かがんで椋と目線を合わせる高槻。
美顔を近づけられ、思わず慄く椋。
「そういうことをアイドルの高槻センパイがすると、多分、ファンの方は心臓発作で死ぬと思いますよ」
椋が超真面目に真顔でいうと、高槻はハハッと笑った。
(やっぱり真顔のほうがこいつはイケメンだ)
なんて、笑い顔を悪く思われたとも知らない高槻は椋の頭をクシャクシャになでた。
「頑張ってくれ」
お陰で頭が現在バッハです。とは言えない椋は、「はぁい」と適当に頷いた。
それから椋は地獄の幕開けであった。
応援合戦の練習では「もっと声を張れ!」と高槻に背中を叩かれ、合同リレーの練習では「本気で走ってみてよっ」と興味本位で涼芽に言われ、本当に本気で走ると速すぎて見えず、走った判定にならないという地獄。
これならいっそ、ヒトモノ退治のほうが自分には向いていると思ったほどだった。
椋が地獄から開放されたのは二時限目の終わりごろだった。
ひとりひとりの出場競技を決める際、本来なら椋が小学生全員をまとめ上げ、全員分の競技を決めなければならないのだが、それらすべてを中山に任せた。
裕太と二人で体育館の済に座り、こそこそと話をしていた。
どこからか色々と目線を感じるも、もう気にしないことにした。
「大変だね」
「ああ物凄くな」
冗談ではない。
本当に大変だし、本当にやりたくない。
「でもよかったね。あの二人の隣に立ったのが一般人だと、この場が凍りついてたところだったよ」
「釘を刺すどころか私はとどめを刺してしまった」
「そうだよね。ファンの心臓を鷲掴み、ってね」
「人ってのは結局見た目なのかよ」
「好き、とか、愛してる、とかは見た目じゃないよね。でも、推しは見た目なんじゃない?」
「なんで私が推しになるんだよ。モデルでもアイドルでもねぇし」
「そう不貞腐れないでよ。世の中にはモテずに困ってる人もいるんだよ」
「じゃあそいつに私のことを推してるやつらを全部あげる」
「どういうこと」
ケラケラ笑っている裕太は、ふとした瞬間椋を見た。
と、その横顔は綺麗で、心をキュッと掴まれた気になった。
(これが、心臓を鷲掴み……?)
確かに苦しい。
というか、ムカムカする。イライラもする。
段々腹が立ってきた。
(なんでなんだろう)
今の会話に、イライラする要素なんてあったか。
いいや、なかったはず。
自分はどうして、何に対して、イライラしているのだろう?
考えてもわからなかった。
*
無事椋は地獄の時間から脱出し、今は休み時間だ。
配布された白はちまきを頭に試しに巻いてみろ、と、中山に言われたものの、うまく巻けない。
団長以外の生徒はすでに教室に帰っており、今は三人きりである。
「清水、巻いてやろうか」
そう言われると嫌なのが、プライドというものである。
「いやだ。いいです」
どうにか自分で巻こうとするが、自分の頭が今どういう状況なのか、わからない。
「僕がやろか?」
涼芽がニコニコで手を差し伸べるも、「いいです」の一点張り。
と、体育館の入口になにやら黒い影が見える。
犬のような形だ。
しかし、ここに犬がいるわけがないと思い、椋はすぐに目をそらした。
(否待てよ、今はヒトモノとかなんとかで動物はいつどこにでてどう襲ってくるかもわからんな)
しかし、気づいたときにはもう遅い。
その犬は、こちらに向かって牙をむき出しで走ってくる。
耳元からは角が生え、背には小さな翼がある。
「え、キモ。何何何何っ……」
涼芽は後退り、壁にぶつかる。
ヒトモノを見たのは初めてのようだ。
高槻は椋の前に出て椋を守ろうとするが、ハッとして椋を見た。
「確か清水、この間小学校に出たヒトモノを竹刀で……」
けろっとした表情で頷くと、高槻は椋の後ろに下がった。
自分がやるよりも彼女がやったほうが手っ取り早いと気づいたのだ。
「じゃあセンパイたち、下がっててくださいねー」
ニタリと味方ではない笑みを浮かべ、椋は犬に走った。否、正確にはヒトモノに。
右手に持つは、白いはちまき。
もう巻くのを諦め、取ったのだ。
ヒトモノと接触する一秒前。
右手を振りかざし、ヒトモノの角に瞬時に巻き付けた。
それから、すれ違いざまに胴体と脚にはちまき通し、勢い良く引っ張った。
すると、首が後ろに引っ張られ、ぱたんとヒトモノが倒れた。
椋は倒れたヒトモノに近寄り、様子を見た。
「……」
無言でいると、ステージから高槻と涼芽が下りてきた。
「し、死んじゃった……?」
目をうるうるさせながら涼芽は聞いた。
こくんと頷く椋は、顔を見せない。
高槻は手を合わせて少し目を閉じた後、椋の頭をクシャクシャになでた。
「やめろよ」
その手をすぐに払い除け、そっぽを向く椋。
右手に持った白いはちまきは、力強く握ったせいで、しわが多くできていた。
*
椋は職員室に来ていた。
小学校の職員室である。
体育館にてヒトモノ騒動があり、警察をすぐに呼んで、後処理は任せた。
中山が駆けつけたときには、すでに椋が白いはちまきで犬のヒトモノを殺めていて、三人で手を合わせていた。
それからというもの、その場から離れてもいつにもまして口数が少ない椋。
いつもならいいことないことなんでもディスリスペクトしてくるというのに、無言、沈黙。
彼女なりに、犬を殺めてしまったことを反省しているのだろう。
前の三毛猫騒動のときは、猫を殺めてはいなかった。
気絶させただけであり、回収されたあとあの猫がどうなったのかは椋が知る由もないが、殺めた事実は一切ない。
命を奪うのと奪わないのでは、同じ“倒す”でも大分重みが違う。
自分や仲間たちを守るためにはヒトモノである動物を倒さなければならないが、殺めてしまうことは、殺める側も殺められる側も嫌だ。
例えヒトモノであろうとも、例え襲ってこようとも、命とは貴いものである。
*
中山の席に座り、キコキコと椅子を回す。
流石は中山。デスクの上は綺麗に片付けられており、ゴミの一つも見当たらない。
職員室のデスクとは、大抵散らかっているものだ。
小さな机の上に、ノートパソコンやらプリントやら、それを整理するほうが確かに大変だ。
周りを見ても、こんなに片付いたデスクは他にない。
(休み時間内だからか、教員が多いな)
皆カタカタとパソコンに向かっていたりして、休憩をしている教師は見当たらない。
しかし、まだ休み時間ということもあり、デスクにて業務中の教師が多い。
(五年の先生は誰もいないけど)
中山は、先程のヒトモノ騒動の件で校長に呼び出しを食らった。
他の五年の先生の行方は知らないが、たしかにあの個性の強いメンツでは、休み時間に仕事をしようなどという考えを持つ人間は少ない。
きっとつるんで、近くの公園にでも言ってタバコを吸いでもしているんだろう。
(そういえば、高槻と涼芽はあの後どうなったんだろうなぁ。一番最初にあの場を去ったのが私だったから二人を見送ってないしな)
あのイケメン顔が心配そうにこちらを見つめてくるのを思い出し、嫌にモヤッとする。
高槻も涼芽も、超のつく有名人だが、プライベートも芸能も対して変わりはしない。
ただ、仕事では見せない本音の顔が時折出ることがある。
高槻は、アイドルの際は見せない本音の笑顔。仮面のような笑顔じゃなく、本物の、あの似合わない笑顔。
涼芽は、モデルの際は見せない、あの潤んだ瞳。かっこよくてポージングも完璧なモデルではなく、うるうる揺れる瞳と青い顔。あんなのは、完全な本音である。
(迷惑かけちまったなぁー……)
いつか謝りに行こう、なんて柄でもない
ことを考えていると、「椋さん」と後ろから声をかけられた。
呼び出しを食らったはずの中山が戻ってきている。
「何、怒られた?」
「怒られやしませんよ。ただ、二度のヒトモノ襲来、どちらもに関わっているのが椋さんだったから、親御さんに心配かけないように、って言われたんです」
「はぁ何それ。気持ち悪」
「親の話になるとすぐ『気持ち悪』って言うのやめましょう?」
怒り気味の椋は頬杖をついてんべ、と舌を出した。
中山はやれやれ……と頭を掻き、椋の頭を撫でてやる。
(そーいや、高槻も頭撫でるクセあったよなぁ)
最近よく髪をぐしゃぐじゃにされるなぁ、なんて呑気に考えていると、甲高く予鈴が鳴り響いた。
遅刻である。
「最悪ですね」
顔を青くして中山は言ったが、ニヤニヤして椋は答えた。
「時間にルーズな中山センセーの遅刻に関わることができて、大変光栄です」
*
「へぇ。大変だったね」
昼休み。
裕太はカフェ・オレのストローを啜りながら言った。
「またヒトモノ退治したんだ」
「したくてしてるわけじゃないんだがな」
椋がカフェ・オレの紙パックを握り潰し、裕太の顔面にぶちまけてやろうとしたが、勘付かれ手を掴まれる。
「大体椋の考えることはわかってるよ」
「バレたか。これで何回か裕太被害あってるもんな」
「いや、そっちじゃなくて」
裕太は紙パックのリサイクル解体をしながら語った。
「椋とはなんやかんやでもう五年の仲でしょ?椋の隠してることもちゃあんとわかるんだから。『したくてしてるわけじゃない』んじゃなくて、『したくないけどしなきゃいけない』って責任感とか使命感とか抱いちゃってるんでしょ?」
「……いっしょの意味じゃねぇの?」
「ちょっと違うんだよね。ただただやりたくないんじゃなくて、やりたくない気持ちとやらなきゃいけない気持ちがぶつかり合って交差してるんだよね。ほら、椋って運動神経すごいし。椋が三毛猫倒したから死傷者でかったり、プレッシャーかかってるんじゃない?」
口を紡ぐ椋。
数秒その場が静かになり、中庭で遊ぶ低学年の声と、風の囁きの音だけが耳に入ってくる。
数秒後、椋は口を開いた。
「否定はしない。だけど肯定もできねぇな」
裕太はふうん、と目を細めた。
「私は、他にやる人がいないからやってるだけだ。誰かを守るためとか、そんなの考えないし。ただただ、自分に被害が及ばないように、手っ取り早く処理するには、自分がやったほうが早いんだよな」
風に揺られて青いポニーテールを靡かせる。
その表情は、切なくもあり、どこか放ったらかしな雰囲気もある。
ヒトモノなんてよくわからないものに自分から立ち向かう椋はすごいと思うし、それで被害者人一人も出さないなんて、まるでヒーローのようだ。
だけど、裕太は疑問に思うのだった。
(じゃあ、ヒーローが困ったときは、誰が助けるんだろう……?)
*
下校するとすぐさまランドセルをベッドへ起き、机に就く椋。
普段こうして机に向かうことなどあまりないが、今日は面倒なことにも課題たるものを与えられたため、仕方なくやっているのだ。
いつまでも貯めてしまうより、早めに終わらせたほうがあとも楽である。
その課題とは、運動会団長のものであった。
プリントに必要事項が書いてあり、それにアンケートのようにして答えていく。
その集計結果を下に、その組の方針を決めるのである。
「面倒臭いけど決まっちまったモンはしょうがないよな」
そう独り言を呟きながら、シャープペンをカチカチと鳴らす。
「『白組の意気込み』……。適当に、『百戦百勝兼勇往邁進』とかでいっか。……あれ、漢字どう書くっけ」
滅多に開くことのない、国語辞典をペラペラ開くと、そこに書してある字をプリントへ書き写す。
取り敢えず勝とう、という意味の意気込みだが、椋らしいにも程がある。
その後も宿題より先にそちらを終わらせ、日が沈む頃には終わっていた。
中山が学校から帰ってくると、椋は食器洗いをしていた。
朝ご飯の分の食器は、朝は洗う時間がないため、時間が空いたときに洗うようしていたのだった。
「おじゃまします」
にこりと笑う中山に向けて、椋は少し不満そうに口を開いた。
「もう『ただいま』でよくねぇか。アパートよりこっちにいる時間のほうが長いだろ。それに、ここ来て何年だ?」
スポンジを握る手が泡まみれである。
中山はコートを脱ぎながら答えた。
「まだ住んではないですしね。椋さんだって、先生と“同居”って言う形になったら嫌でしょう?」
椋は“同居”という言葉にぞわりと毛を逆立てた。
すぐに目を半分開きにし、
「『おじゃまします』でいいよ」
と伝えた。
その様子にケラケラ笑う中山。
「本当に、先生のこと嫌いですよねぇ」
「その言葉、私に問いかけるとほぼ自傷行為だぞ」
「はいはい、わかってます」
椋の隣に立って食器の泡を流そうとすると、腕がぶつかってむ、と顔をしかめられる中山。
椋は「邪魔だ」とでも言いたいのであろう。
それに勘付き、「お風呂は洗いましたか?」と中山が問う。
「まだ洗ってない」
「じゃあ先生が洗ってきますね」
るんるんで風呂掃除へ向かった。
(どんだけ掃除好きなんだ)
掃除になんの関心もない椋からすれば、掃除などただの面倒な行為だ。
清潔感は大切だとわかっているが、そこまでする必要はあるのか。
(まぁ、あいつが風呂を洗う日は湯に柚子入っているからいいんだよな)
リラックス効果がある、と、中山が重宝しているものだ。
椋はとても柚子湯が好きだが、自分では後片付けも面倒なので入れない。
しかし椋は柚子湯の日に、必ず夜食後のデザートに柚子のゼリーを作る。
中山がゼリーが好き、というのもあるが、ゼラチンと固めるだけなので物凄く簡単なのだ。
甘い物好きな中山は喜んで食うが、正直椋は大して美味しいとも思わない。が、好き嫌いは殆どないため、不味いとも思わない。言うに普通である。
(あいつに何の恩返しとかもねぇし、たまには喜ばせるのも私の義務だろう)
手を拭きながらそんなことを考えていると、ふとある考えが頭をよぎった。
(本当に私、あいつに世話焼かされてばっかりだな)
これは不味いと思った。
中山は見返りや恩返しを求める性格の人間ではないが、人である以上、そういうものは本能で求めている。
日頃の送り迎えや家事の仕事、買い出しなどの金出しなどなど……。言い出せば幾らでも出てくる。
しかし、椋が中山にしたものといえば、右手の指で数えても指が余ってしまう。
「えっと……毎日の料理、………」
料理しかしていないのか、と自分でも呆れる。
中山、彼は極端に料理が下手である。
見た目は物凄く美味そうで、はじめは誰もが騙される。
口に含んだ瞬間、地獄への道が見えて、これは食べちゃいけないものなのだとすぐに勘付く。
(どうしてああも料理が下手なのか)
*
まさかのまさか。ここで話は終わりです。
書く気が失せたのです。覚えてませんけど。
多分数ヶ月くらい前に書いたもの……だったような気がします。
話の続きが見えなかったため、書くのをやめた……気がします。覚えてませんすみません。
偶然にもアーカイブに残ってました。偶然にも。
これはこれでいいのかも、思いますが、やはりなんだかつまらない。
こちらの感想もお待ちしています。
また、只今五話制作中です。
今までの話を読み返すも良し、白梅の他作品を見直すもよし、お好きになさってください。
今後とも宜しくお願いします。
※これは本編とは全く異なる話になっています。本編の裏話などではありません。