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セシリアが額に深い皺を刻んだままマジックバッグからネリを取り出す。
「す、凄い梱包だね……」
ネリは箱型に拘束というよりは梱包されていた。
ダンボールに顔がくっついているような格好だ。
一時期男性向けジャンルで流行ったらしい特殊性癖を思い出した。
ちなみに情報を見始めたところで、夫に止められたので詳しくは知らない。
「お目汚しで大変恐縮なのですが、これが犯罪者を運ぶのに一番適しておりまして……」
申し訳なさそうにフェリシアが縮こまるので、慌てて言葉を改める。
「責めているわけではないのです! ただ、向こうの世界で似た梱包を見たことがあったので驚いただけです! ……しかし、見事ですね……この状況で寝ていられるネリも別の意味で凄いと思いますが」
「そうよね。マジックバッグの中に収納されると、物凄い不安感に苛まれるらしいわよ、普通は」
セシリアが絨毯の上へ放り投げたネリは鼾をかきながら寝ていた。
しかも、もう食べられない~、などと鼾の合間に暢気な寝言まで繰り出している。
「どうやって起こそうかしら?」
「……ネリは寝汚いのです。だから毎朝、こうやって起こしておりました」
「!!!!!!」
ネルが細い針のようなものをネリの首筋に連続で突き刺した。
血は出ていない。
けれど痛みはあるのだろう、絶妙の加減。
「始めた頃は一刺しで起きたのですがね。今はこうして連続で刺さねば起きないのですよ」
ネルの目が暗い。
よく暗殺者として描かれる人々がする、静かな絶望を宿した瞳だった。
痛みに飛び跳ねたネリが転がって、無様に頭を床へと打ちつける。
文句を言おうとして声が出ないのに腹を立てて、首だけを振りまくっていた。
ノワールがネリの周辺にシートのようなものを敷く。
頭を振りすぎたのだろう、ネリはシートの上へ思い切り嘔吐した。
全員が揃ってチベットスナギツネの目をしてしまう。
悪臭に眉根を寄せていればノワールが手早く掃除をする。
ほんのり爽やかな石けんの香りが漂うまで、時間はかからなかった。
「……喋れるようにしてあげるから、主様の質問に、きちんと答えるんだよ? 答えられたら、拘束もといてあげるから。それで、よろしいですか、主様」
「ええ、問題ありません」
セシリアはマジックバッグの中から小瓶を取り出した。
見るからに毒薬です! という印象の、紫色が大変強い丸薬がネリの口の中へと捻り込まれる。
「まず! から! まず! からあああああああい!」
絶叫を上げるに違いない、と耳を塞いでいて正解だったようだ。
口の開き加減と喉の震えから、声の大きさが知れる。
こんな夜中に御近所迷惑になってはいないだろうか。
「何飲ませてんのよっ! こんな、辛くて、不味いものをっ!」
「何って、声が戻る丸薬だけど? どうして罵倒されなきゃいけないのかなぁ、アンタの声、戻してやったのに?」
「うるさいなぁ! 恩着せがましくしないでよ! そもそもアンタが無理矢理私に薬を飲ませたんじゃない! 人の声を奪うなんて、犯罪よ、犯罪! ねぇ、雪華さん、こいつ、断罪しましょうよ!」
「私はアンタの自分勝手な欲望を垂れ流させるために、口を自由にしたわけじゃないのよ?
主様の質問に答えさせるために、自由にしたの」
「あ! 主様ぁ。聞いてくださいよぅ! ぐぅっ!」
下半身を蛇に変えた雪華が、尻尾の先でぎりりとネリの首を絞め上げる。
「主様の質問にだけ、答えて。余計な口はきくな……絞め落とされたくなければ、言うことを聞け」
部屋の空気が一度ほど下がった気がする。
ドロシアがぶるっと体を震わせていた。
「返事は! ……分かったなら頷きなさいよ」
壊れた人形のように激しく首が振られた。
少しだけ、話ができるだけ、首が緩められる。
「はず、し、首、外し! ぐぅ!」
まだ自分を通そうとする。
今度は小水を漏らすまで首を絞められた。
「……アリッサぁ。こんなんでも、話を聞きたいの?」
「ごめんなさいね。もう少しだけ我慢してね? ねぇ、ネリ。貴女今後、どうしたいかしら?」
背後にぴたりとノワールがついているのを感じながらネリに問う。
腰をかがめて彼女と目線を合わせようとしたらノワールと雪華に首を振られたので、仕方なく椅子に深く腰掛け足を組んでネリを見下ろしている。
実に偉そうで気分が悪いが、ネリには有効な態度なので仕方ないと諦めた。
「げほっ! ごほっ! う! え? 主に今回のお金もらって、雪華さんと他の奴等から慰謝料もらって、今後もダンジョンに潜りたいかな。でもダンジョンアタックは違う人と行きたい。あと我が儘な武器じゃなくて、きちんとした武器を用意してほしい。結構お金になるみたいだから、メイド業務じゃなくてダンジョンアタックばっかりやりたいなぁ。それと上位冒険者の人とパーティーも組んでみたいねっ!」
さすがはお花畑。
勘違いも甚だしかった。
慰謝料をもらうがわじゃなくて、払うがわなのだと自覚がないのが絶望的に最悪だ。
「自分のせいで他のメンバーに迷惑をかけた、自覚はあるの?」
「え! 私が一生懸命頑張ろうとしているのを邪魔してばっかりで、更に私を一人だけ仲間外れにして! 御飯だって美味しいものを食べさせてくれないし、傷だってちゃんと治してくれないんですよ! 見てくださいよ、これ! この足の怪我! 重症でしょう? 雪華さんにやられたんですよ!」
「虚偽の報告は止めてほしいのだけれど?」
「虚偽じゃありません! 私は、雪華さんのせいで、怪我を!」
「自我を持ちし《エゴイスト》メイスが自分の意思でやったと聞いたけれど? 貴女があまりにも酷い使い手だから、仕えるなんてまっぴら御免なんですって。強い意志を示すために必要なことだったそうよ」
「はぁ? 誰がそんなこと!」
「エゴイスト本人から申告されました。貴女、エゴイストの声が聞こえなかったの? エゴイストレベルになると、仮の主でも声が聞こえるはずだけれど?」
「わ! 我が儘だから! あいつが我が儘だったから、私には声を聞かせなかったのよ! 掠ってばかりで、本当に使えなかったんだから! 大体あんな武器をわたす奴が悪いんでしょう!」
部屋の温度が三度ほど下がった気がする。
ノワールどころか、ドロシアまでもが冷気を発していた。
「な、何か寒いわね。怪我のせいかしら? 早く治癒して! それから御褒美の美味しい御飯とお風呂とお金もちょうだいね!」
ダンジョンアタックを早めに切り上げて正解だったようだ。
ネリのお花畑は、私が知る中でもトップクラスの満開具合だった。
「……フェリシアには梱包を解いてもらっていいかしら? ネルは怪我を癒やしてあげて? ノワールには悪いけど、売れる程度の最低限でいいから身綺麗にしてほしいの」
「……え? 今、なんて?」
「フェリシア、セシリア、ネルは今度も私の奴隷として、メイド業務及びダンジョンアタックに励んでもらいます。ですが、ネリ。貴女は元いた百合の佇まいに売却いたします」
「私を売るの? 忌み子なのよ!」
「忌み子は本来言葉どおりに、忌み嫌われる者。フェリシアのように心根が良質な人なら喜んで買って、その後も重用するわ。でもね。貴女のように、使えない忌み子はいらない」
「フェリシアがよくて、私が駄目とか! しかも使えないなんて!」
「使えないでしょう? しかも他人に迷惑までかける。使えない以上に悪質だわね? 有り得るわ。私が貴女を買ったのだから売るのも自由なの」
もっと反抗されると思ったが、呆然としている。
自分が売られるなんて考えてもみなかったようだ。
特に、自分だけが売られるとは。
「忌み子が自慢なんでしょう? 頑張ってそれを売りにすればいいと思うわ。貴女一人なら、売れるんでしょう? お姉さんたちと一緒じゃなければ高額で買ってもらえるんでしょう?」
姉妹一緒に買ってほしいと頑なでなければ、ネリ以外は瞬殺だっただろう。
働き者だし何より愛らしい。
「ネルたちは小さくて愛らしい。でも貴女一人だったら、まず性奴隷として扱われるでしょうね」
私の言葉にネリの顔色が真っ青になった。
フェリシアの手によって梱包が解かれ、ネルによって傷を治癒され、ノワールによって手早く身綺麗にされても、ネリは私を見つめたままだった。
何か言わねばと口だけが魚のようにぱくぱくとせわしなく開閉するも、全く言葉にならないのは、絶望に打ちひしがれているせいか、ノワールと雪華が威圧しているせいか。
最後くらい静かで良かった、とネルが呟いていた。
売る前にふわふわの尻尾を愛でようと思ったが、お花畑がつけ上がる様子しか思い浮かばないので止めておく。
尻尾のふわふわと本人の性格は別物だと考えているだけに、それだけが残念だった。
それだけしか、心残りがなかった。