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本当は優しい方なのだ、などと聞いたところで、美世の気持ちが浮上することはない。
やさしかろうが冷たかろうが、この縁談がだめになった瞬間に美世は帰る場所をなくし、あとは野垂れ死ぬだけだ。
だが、もういいのかもしれない。
死ぬときは苦しいだろうが、そのあとはつらいことは何もない。楽になれる。
美世は案内された書斎へと足を踏み入れ、深々と頭を下げた。
「お初お目にかかります。齊森美世と申します」
「…………」
縁談の相手、久堂清霞は何やら文机で作業をしているらしく、美世のほうを見ようともしない。
けれど、何の支持もなく話し、動くことは美世には難しい。だから、いくらでも待つつもりで、頭を下げたままでいた。
「いつまでそうしているつもりだ」
降ってきた低い声によかった、聞こえてはいたのだと、少しばかり安堵する。むしろ声をかけてくれただけ、親切かもしれない。
美世は一度顔を上げ、深々と首を垂れた。
「申し訳ありません」
「……謝れとは言っていない」
はあ、とため息をつく清霞に言われ、また頭を上げる。今度は、窓から差し込む春らしい柔らかな光に包まれた、美しい彼の姿が目に飛び込んできて、視線のやり場に困った。
(きれいな人)
美人は見慣れていると思っていた。継母や異母妹も相当美しかったし、幸二を含めた辰石家の面々も、整った顔立ちがそろっていたからだ。
しかし清霞は別格、というのだろうか。男性のりりしさを備えつつ、どこか女性的なたおやかさや、繊細な美しさも持っている。きっと、老若男女、だれであろうと彼を美しいと評するだろう。
「お前が、新しい婚約候補か」
問われて、違いない、と美世はうなずく。すると、清霞はいやそうにしかめ面をした。
「いいか、ここでは私の言うことに絶対に従え。私が出て行けと言ったら出ていけ。私が―」