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「解雇を言い渡せればいいのですが、私の意には介したくないということだったので、用事があるとき以外、呼ばないと宣言しておりました。侍女からすれば、私が上位者。さらに言えば、私よりも殿下が上位者でありますが、上位者からの命令が何たるかを侍女に対し教育できなかったのは、ひとえに私の怠慢でございます。罰するなら、私を罰しください」
頭を下げて、殿下に許しを請う。形だけとはいえ、侯爵令嬢が頭を下げるというのは、侍女たちから見てどう感じたのだろう。きっと大変なことになっているというのが、学園長には伝わったのではないだろうか。
「アンナリーゼを?」
「はい、侍女にとって誰が上位者であるのかわからないのですから……教育を怠る私に責任があります」
はっきりと殿下に申し開きをすると、返事はこうであった。形だけではあるので、台詞も決まっている。
「そなたに侍女がつけられたのは今日のこと。貴族に対し、礼節を教えるはこの学園側で行うこと。それができていない侍女を侯爵家令嬢に仕えるよう仕向けたのは学園側の問題ではないのか?」
殿下が学園長を睨むとビクリと体を震わせる。
「このことが公になれば、侯爵家より重責問題として学園に抗議がくるだろう。どうだろうか? 学園長はどのように思われる?」
殿下に問われ、私と侍女の間にあったことを「初めて知った」と真っ青になっている学園長は、口をもごもごしているだけで言葉は出なかった。
「殿下、侯爵家はそれくらいのことで重責なんて面倒なこと言いませんわ」
ニッコリ笑いかけると、殿下は『?』と小首を傾げ、ハリーは「げっ」と思わず言葉をこぼしてしまった。役をやるからには、中途半端はいけない。台詞は決まっていても、私は全うしてみせよう。
「学園のトップなどいくらでも首を挿げ替えるくらいの権限はありますから!」
私の父は、爵位を持つ貴族であるとともに、この国の財務大臣。ちょっと考えればわかるだろう。溺愛している娘が学園で不便なことになっていると知れば……と。実際、父はそんなことくらいで、権力を振りかざすような人ではない。ただ、学問には多大な財をつぎ込むほどの人物ではあるので、何かしらの抗議はあるかもしれない。ここは、貴族の子息令嬢が学ぶ場所なのだから。
私が台詞と違うことを言い始めたので、ハリーが私の脇腹を小突く。それが、何を意味しているのかはわかる。「制御できないから」と伝えてきているのだ。
「それでは、いくら何でもやりすぎな気がしますから、……そうですね。他の執事や侍女についても、他の生徒にも、この学園の実態調査をかけましょう。どれだけの侍女や執事がルールにのっとりきちんと仕事をするのか、そこに給金とは別に金銭が動いていないのか、それからでも首は挿げ替えることができましてよ?」
暗に賄賂を得て仕事をしている執事や侍女がいると言っているようなものだ。実際、王族や公爵家からは、自前の執事や侍女を連れてきているので、なんの問題もない。私も連れてこれるだけの人材はいるのだが、今回、学園の調査をしたいという殿下の申し出によりつれてきていなかった。
「自前の侍女を連れてきてはダメなのでしょうか? 下位でも余裕のある貴族なら、構わないと思うのですが、そのように改正できないのでしょうか? 信頼できないものが側にいるのでは、勉学どころではありませんからね!」
別に弱いもの虐めするつもりは全くないが、すでに執事や侍女への金銭で態度や待遇が変わると情報をつかんでいた。生徒や保護者から不満の声がでていて、今回の胡散臭い芝居となったのだ。
学園側は、見てみないふりをしており、実態調査をしないでいた。今回、殿下に課せられた課題だったのが、学園の悪しき風習の是正と報告。ハリーと私が手伝う形で、一芝居うってほしいと殿下に言われたから、私は悪役令嬢よろしくで、学園長に対して言いたい放題言っているところだった。
悪役令嬢役も楽じゃないのよ……? 言ってる方も心苦しいのよ……?
内心、思ってても顔には出せない。貴族なのだから、そういうのは十八番ではあっても、心苦しい気持ちにはなる。私のこの芝居で、人生が変わってしまうものもいるのだから。
青ざめていく学園長と執事長、悪いことはしていないと特に変わらない私の侍女。
「わかっていないのかしら? 私の侍女見習いは。あなたのしでかしたことで、学園長と執事長、そしてあなたの首が飛ぶことを」
「えっ?」 っとこちらを向く侍女は、私がいままで何を言っているのかわかっていなかったようだ。この学園で当たり前のようにあった習慣をただ享受しただけにすぎないのだから。
「私が、殿下に乞えば、あなたたち三人の首なんて、残念ながら簡単に飛ぶのよ!」
もう一度、言い聞かせるように私の侍女に向かって言う。理解したのか、さっきまでの余裕の顔も青色になり黄土色になり、とうとう白に変わる。
「誰に言われたのかわかりませんけど、私はあなたより上位の侯爵家のもの、目の前にいるのは、さらに上位の公爵家、その奥にいらっしゃるのは最上位の王家なのだけど……ここでの話によっては、白も黒に変わるわよ? 今までのことを白状すれば、もしかしたら見逃してもらえるかもしれないけど、殿下の言伝をまともにできないようであれば、必要ないでしょう?」
そこまで脅すと、さすがに三人とも頭を床にこすりつけて平伏する。これでいいのかしら? と、殿下に目線をやると頷いていた。ハリーはやりすぎだと少々厳しい顔をしている。
私、本当は悪い子じゃない!
ハリーの表情を見て、心の中で叫び、とても悲しくなる。
「では、洗いざらい吐いてもらいましょうか? 私、とっても気が短いの。もしかしたら、裁く前にうっかりしていて、首と胴体がつながっていないこともありえるわ!」
ハリーからの目線は、脅しすぎだと言っている。これ以上、恐怖に縛られてしまうと困るので、ここで退出させることになった。殿下の侍従が付き添って、正門に用意された馬車に三人が連行されていかれた。
◆
「迫真の演技だな……アンナ。そなたにはその手の力も備わっているんじゃないか?」
殿下に演技がうまいと褒められ嬉しそうにしていたら、隣からため息がもれる。
「殿下、アンナをあまり甘やかさないでください。あれはいくら何でもやりすぎです。アンナは、調子に乗りすぎだ! おかげで、情報がかなり入ってきそうで助かったがな……」
「どういたしまして。悪役令嬢もなかなかいいものね!」
とにもかくにも、これで洗いざらい三人が悪しき習慣をしゃべってくれたら、私が悲しくなるほど悪役令嬢役を頑張ったかいがあるだろう。一芝居うち終わったので、御前をお暇することにした。
さっきお兄様も呼んだことだし……あれ? どこに呼び出したっけ……?
そこにコンコンとノックする音が聞こえる。
「ヘンリー様、サシャ様をお連れいたしました」
「「あ……」」
「ん ?サシャとは……? 」
「私の兄です。ハリーに会せたことないね? って話をしていたので、呼び出したんですよ。すっかり忘れていました……」
頭の片隅にはあって忘れてはいなかったが、どの部屋に通すようにと伝えるのを忘れていた。
「それなら、俺も会いたい。入れ!」
先に殿下に入室許可をされたため、執事見習いと兄が入ってくる。さすがに兄もハリーに会わせると伝言していたので、目の前にいる殿下にかしこまって取り繕っていた。
自国の王子がいたとしても、母の教育のおかげで慌てふためくこともなかった。
「アンナリーゼより召喚され、参りました。兄のサシャ・ニール・フレイゼンと申します。以後、お見知りおきくださいますようお願い申し上げます」
挨拶が終わり、殿下から声がかかるのを待っている。
「サシャ殿、面を。そんなにかしこまらないでください」
兄は顔をあげると少しほっとしたような顔をしてた。
「殿下、ハリー、私からも紹介させてください。兄のサシャです。学年は1つ上で、こう見えて、結構優秀なのですよ。兄妹ともこれからもよろしくお願いします! ! 」
にっこり二人に笑顔を向けておく。
「お兄様、殿下はご存知ね。こちらがヘンリー様です。宰相様のご子息よ」
兄に向って紹介をすると、ハリーが一歩でて兄に握手を求める。
「ヘンリー・クリス・サンストーンです。いつもアンナ……アンナリーゼ嬢とは、仲良くさせていただいてます。今日は紹介してもらえるということでしたので、お会いできるのを楽しみしておりました」
ハリーの差し出された手に兄は握手をする。
「こちらこそ、噂はかねがね……うちのじゃじゃ馬妹が大変お世話になっていると聞いています。こんな妹ですが、これからも仲良くしてください」
ちょっと、どういうこと……? じゃじゃ馬って! せめてお転婆……いや、少々うるさい……どれも嫌だけど……!
思うけど……ここは、ぐっと抑える。兄を軽く睨む程度にした。
ニコニコ、ニコニコ、ニコニコ。
「アンナ、やたらニコニコしていないかい? 」
兄に問われれば、もうひと笑顔。
「あぁ、わかった、わかった。あとでな……」
兄妹でしかわからない些細なやり取りを見て、殿下とハリーの二人が、微笑ましい兄妹のやり取りだと微笑んでいるのであった。