ジミンside
毎日色んな塗り薬を試したけれど、僕のお尻はなかなか良くならなかった。それどこれか益々腫れ上がってパンパンになった左尻は、大量の膿が溜まってじゅくじゅくとして、少し触れるだけでも飛び上がる程に痛い。
テヒョンがいない時は、1日3回の激痛シャワーも、薬を塗るのも、看護師さんにやってもらわないといけなかった。
女性の看護師さんに連れられてシャワー室に行き、服を脱がされ全裸になって、お尻にシャワーをかけられ激痛に耐えるのは、屈辱的だった。
脱衣所に裸で立ってお尻に薬を塗ってもらうのも、巨大なガーゼをあてられるのも、全てが痛くて恥ずかしくて惨めだった。
それに、座れない事は思っていた以上に辛い。1日3回の食事を立って食べるたびに、情けなくて涙が出る。でも心臓の薬を飲む為にごはんは食べなきゃいけなくて、毎回泣きながら食べた。食べ終わる頃にはへとへとに疲れ、こんなにも食べることが辛いのなら、もう鼻チューブに戻してもらった方が楽なのではと思うぐらい…。
車椅子には乗れないし長い距離は歩けないから、大好きだった中庭への散歩にも行けなくなってしまった。
前は車椅子で入院患者用のラウンジに行って、大きなガラス窓から外を眺めたり、プレイスペースで遊ぶ小さな子供たちを見るのが気分転換だったのに、それすらも今は難しい。
仰向けで寝れないのも辛かった。うつ伏せや横向きでしか寝られないから、身体のあちこちが次々と痛くなる。
寝ていることも、起きていることも苦痛で…もう僕の心は限界だった。
何を見ても何も感じない。ただ、いつだって、自分でも気づかないぐらい自然に、涙だけはすぐに流れ出るのだった。
ジン先生が診察にやってきた。
「ジミン、調子はどう?お尻どうかな?ちょっと見せてくれる?うつ伏せになってね」
僕は横向きで寝ている体勢からもぞもぞとうつ伏せになる。ジン先生が、そっとズボンと下着を下ろし、僕のお尻が出される。
「うわぁーこれはまた…めちゃくちゃ膿んでるなぁ。ちょっと触るよ。」
「い、痛いー…」
「ごめんごめん…。これは、ちょっと、切らないとだ…。」
「え?切る…?また?こないだ検査したじゃん(泣)どういうこと…?」
「ジミンごめんね…。患部を切開して傷口広げて、膿を絞り出す処置をするよ。」
「ま、麻酔は…?」
「うーん。こないだも麻酔効かなかったでしょ?この炎症したところに麻酔の針刺す方が痛いと思うし…」
「うわーーーん。」
前回の生検の痛さが蘇って、もう僕はパニックになり泣き出してしまった。テヒョンもいないし、怖くて、心細くて…。
「ヒック、ヒック……。やだやだやだやだ…(泣)」
「でもこれ膿を出さないと、このままじゃ良くならないよ?ジミン、頑張ろうね。ちょっと準備してくるから、待ってるんだよ。」
ジン先生は、お尻丸出しでうつ伏せの僕を残し、出て行ってしまった。すぐに看護師さんを3人も連れて戻ってくる。あっという間にみんなに囲まれてうつ伏せのまま押さえつけられてしまい、僕は怖くてたまらなかった。
「ジミンごめんねー。ちょっと我慢してね。切るよ。」
「ギャーーーーッ」
傷口をナイフでえぐられる、脳天を突き刺すような痛みが走る。動かないようにしようとしても、勝手に手足がビクビクっと動くのを、すかさず看護師さん達に押さえられる。
痛い痛い痛い痛い痛い……。
「はい、今から膿しぼるよー。」
お尻の炎症した部分を思いっきりぎゅーっと絞り、わざと切り広げた傷口から膿を出して行く。
「ゔゔゔゔ…………」
あまりの痛みにもう涙すら出なくて、脂汗が滴り落ちるのが分かった。
「いいったい…まだ終わらない?(泣)」
「ごめんな!もう一回膿しぼるから」
「うぅぅ………」
「はい終わったよ。ジミンごめんね。痛かったよね。よく頑張った。」
「ハァ…ハァ……」
ジン先生が、うつ伏せで脱力する僕の頭を撫でてくれたけれど、もう僕には返事をする気力は残っていなかった。
僕のお尻にまた大きなガーゼがあてられ、下着とズボンが戻された。
もう、何もかもがどうでも良くて、あるのは深い虚無感だけ……。
こんなに痛い思いをしてまで、どうして僕は生きていなきゃならないんだろう。
先生たちがいなくなると、僕は横向きに寝転がり、目を閉じた。
夕方になり、いつも来る時間になっても、テヒョンはなかなか来なかった。テヒョン、どうしたんだろ……早く来ないかなぁ。
寝ている体勢も辛くて、なんとか自力でベッドから下りる。
テヒョンが乗ってくる筈のエレベーターホールを見に行こうと思い、手すりに掴まりながらよろよろと歩いていたら、ラウンジに差し掛かった辺りでたまたま通りがかったジン先生が、僕の肩をポンっと叩いて言った。
「ジミン大丈夫?さっきの治療、辛かったね…ごめんね。歩くのも痛そうだね、可哀想だなぁ…。」
いつもは厳しいジン先生の優しい口調を聞いた途端……
なぜか、僕の涙腺は、突然、崩壊した。
「う、うわーん……。」
僕はしゃがみ込んで、号泣してしまった。他の患者さんやその家族も沢山いる、ラウンジで。
「お、おい…ジミン!どうしたのー?だ、大丈夫?」
ジン先生は、突然泣き出した僕に驚いて、あたふたしている…。僕の横にしゃがみ、顔を覗き込んでいるのが分かったけれど、僕は右手で顔を覆って咽び泣いた。
「い、いやーーー!…ヒック、ヒック…見ないでーー!!」
ああ、こんなところで泣くなんて、恥ずかしい、どうしよう…。そう思っても、一度流れ出した涙を止める方法が分からなくて、僕は半狂乱みたいになって、叫び続けた。
「いやーーーー(泣)う、うわーん…」
僕はラウンジの床に転がって、子供みたいに、手足をバタバタ動かし暴れていた。
「ぅわーーーーーっ!!(泣)」
自分が壊れていることは分かってた。そんな自分を客観的に見て、やばいと思っているもう1人の自分がいる。
助けて助けて…。病室に戻りたい、誰もいないところに…。みんなが僕を見てるよ…怖いよ…。息が…苦しい……。
その時、テヒョンの声が聞こえた。
「ジミナー!どしたの!?こんなところで!!」
「う、うわーん。テ、テヒョン…。まってたよう。な、なんで、来てくれなかったの!?ずっと…ま、まってたのに…ハァ…ハァ…」
「ごめん!学校終わって帰ろうとしたら友達に声掛けられちゃって…ごめんな?大丈夫?…ねぇジン先生、ジミナ、一体どうしたの??」
「い、いや…俺が声掛けたら、突然泣き出しちゃって…」
「そっかそっか、ジミナ〜大丈夫だよ。落ち着いて。もう心配ないからね〜」
テヒョンは、床に転がる僕の身体をゆっくりとさすってくれた。
それから僕の脇に手を入れて僕をしゃがむ体勢に起こすと、僕の両肩に手をおいて、言った。
「ほら俺を見て。一緒にゆっくり、息するからね。スーハー、スーハー…」
僕はしゃっくりあげて震えながら、テヒョンと一緒に深呼吸をした。
「うんうん、上手だよ。いい子いい子。もう一回、落ち着いて、息してみよっか。」
今度はテヒョンが僕のお腹に手を当てて、また一緒にスーハーと息をする。お腹に感じるテヒョンの手が温かくて、少しずつ気持ちが落ち着くのが分かった。
「ジミナ、もう大丈夫でしょ?ほら、病室に戻るよ〜」
テヒョンは背中を僕に向けて、乗っかってと手を広げてくれた。
僕は、テヒョンの背中に崩れ落ちるようにしなだれかかる。テヒョンはそのまま、おんぶで僕を運んでくれた。僕の涙で、テヒョンの背中が濡れていく。
病室に着くと、テヒョンは僕を下ろして立たせ、長い間、ぎゅーっと思いきり、抱きしめてくれた。
どうしようもなかった僕の心が、パニックが、すーっと落ち着いていく。
それからテヒョンは僕の頬を両手で包み、僕の目を見ていった。
「ジミナ、来るの遅れてごめんね。どーしたの?心配になっちゃった?」
「う…うん…。なぜだか、涙が、止まらなくなっちゃったの…。ぼ、僕…どうしよう…。あんなみんながいるところで…僕おかしくなっちゃった…。みんな見てた…恥ずかしいよう…。」
テヒョンは僕の両肩に手を置いて、きっぱりとした口調で言った。
「ジミナ、大丈夫だから。泣くのは当たり前のことだよ。すごく痛いことも辛いことも、いっぱい我慢してるの、僕は全部分かってるよ。泣くのは全然、恥ずかしいことじゃない。ジミナみたいに頑張ってる強い子、他にいないよ?周りの目なんか気にしないで。ジミナは泣きたいだけ、泣けばいいの。分かった?」
「う、うん……」
「…今日も痛い治療あったのかな?」
「うん……お尻の傷口を切開して、膿を出すのが、すっごくすっごく痛かった…。きっとあれ、またやらなきゃいけない…(泣)」
「そっかそっか。そんな痛いことしたんだ…よく我慢したね…そばにいてあげられなくて本当にごめんね。」
「だ、大丈夫…。ごめんテヒョンは何にも悪くないのに…」
テヒョンは、僕の頬を両手でぷにぷに触りながら言った。
「…ジミナさ、今いちばん、何が辛い…?言ってみ?」
「う、うん…お尻のこと、全部だけど…す、座れないことと、仰向けで寝れないこと…かな…。いつもお尻を庇って変な体勢でいるから、身体が痛くて…」
「そっかそっか。身体あちこち痛いんだね。可哀想に…。そうだ!マッサージしてあげるよ。うつ伏せで寝てごらん?」
「う、うん…。」
テヒョンは、僕の身体のあちこちを揉みほぐしてくれた。手も脚も、首も背中も、時間をかけて…。優しくて、だけど力強い感触が気持ち良くて、僕は久しぶりにリラックスして、心までほぐれていくのが分かった。
「…どう?少しは身体、楽になった?」
「うん。すごく気持ちいい。身体が、軽くなったみたい…」
マッサージが終わると、今度は手や脚をさすってくれた。
「テヒョン、ありがと…。疲れたでしょ?もういいよ。十分だよ。」
「いいのいいの。ジミナの為なら、全然平気だよ。ジミナがちょっとでも楽になってくれたら、それが1番嬉しい。これぐらい、毎日でも何時間でもしてあげるからね。」
僕は気持ちよくて、安心して、そのまま眠ってしまった。うとうとしながらも、まだテヒョンが優しく脚をさすってくれているのが分かった。