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マップは半分以上攻略できている。
宝箱情報はあと一つ。
まだ遭遇していないモンスターはガードスライムだけ。
マップを完全に攻略しなくても、宝箱を回収してガードスライムとの戦闘を終えたら、地下二階へ下りていいかもしれない。
それほどに初心者とは思えない適切な行動なのだ。
「……ねぇ。もう、降りてもいいんじゃないの?」
三人の後ろにただついてくるだけになったネリが、相変わらず唇を尖らせながら意見する。
少なくとも雪華と同じ思考の末に至った結論ではなさそうだ。
単純に退屈なのだろう。
「宝箱は回収したいし、ガードスライムとの戦闘も熟しておきたいから、まだ降りるつもりはない」
「はぁ……どうせガードスライムっていっても、大したことないんでしょ? 宝箱は……まぁ、回収するとしても、どうせ主の物になるんじゃなぁ……やる気、出ないんだよね」
一人で大げさに肩を竦めるネリに賛同する者は誰一人としていない。
ガードスライムより弱いとされているホーンラビット相手に大怪我を負ったのを、もう忘れてしまったのだろうか?
アリッサを貶める言葉に怒りを覚えるのと同じ強さで、どうしてここまでネリが付け上がった性分になったのかが気になってしまった。
姉たちが揃って甘やかした以上の何かがある気がするのだ。
彩絲なら、どう判断するだろう。
「ねぇ、雪華さん。主、私たちにお小遣い、どれぐらいくれるんでしょうね?」
「……少なくとも、戦闘に参加せず、文句ばかり言ってる輩には、雀の涙ほどでも出れば御の字じゃないの? ねぇ? なんでアンタは、そんなに偉そうなの? 自分が奴隷って、自覚あるの? 主が買ってくれなかったら処分対象だったと思うんだけど」
「体が小さい姉さんたちならまだしも、私が処分対象とか有り得ませんよ!」
はははは! とネリが笑う。
ネルは愕然としていた。
フェリシアとセシリアはネルに労りの眼差しを向けている。
そうか、分かった。
この愚か者は、リス族の中で大きく生まれてしまった自分を、忌み子ですと口先で言いながらも、特別な存在だと思い込んでいるのだ。
天使の忌み子であるフェリシアとの相違には驚くしかなかった。
フェリシアは己を卑下しすぎているが、そうなってしまうのがむしろ普通なのだ。
「体が小さかろうと仕事が優秀であれば、むしろ優遇されるわ。体が大きかろうと仕事ができなければ破棄されるでしょうね。我が主は慈悲深い方だけど、勘違いしている者を特に嫌悪していらっしゃるから……」
「破棄とか、酷くないですか?」
「何処が酷いのかしらね? 私にはさっぱり理解できないわ!」
爽やかに笑った雪華を、化け物でも見る目で見上げたネリは口を噤んだ。
これで動くようになるか。
や、動いても三人の邪魔をするだけなら、このまま大人しくついてくるだけの方が無難だろう。
「ひぃ!」
アタックスライムは攻撃的なので分かりやすく近付いてくるが、ガードスライムは基本様子見をする。
だから近付いてきても、対処さえ誤らなければ害のないモンスターなのだ。
しかし、ネリは対処を誤った。
それを、テンプレ乙! と私どもの世界では言うのですよ。
アリッサではなく御方のお声が聞こえた気がした。
「ひいいいいいい!」
自分の足にべったりとガードスライムが張りついて捕食を開始していると、勘違いしてしまったネリが体勢を崩したままで、自我を持ちしメイスを勢いよく振り下ろす。
ガードスライムを切断するはずのエゴイストは、雪華の足下ぎりぎりに突き刺さった。
いい加減にこの屑から、俺様を解放しろ!
そんなエゴイストの声が聞こえてくるようだった。
「いやだ! 助けっ! 助けてぇっ!」
そのままの状態で雪華に縋ってくる。
雪華は深々と溜め息を吐いた。
「悪かったわ。今すぐ貴方を解放するから、ガードスライムを殺してくれる?」
エゴイストは動かない。
ネリの手にあるのが不満だという訴えに、雪華はネリの手からエゴイストを奪うと、ガードスライムを一撃の下に叩き潰した。
「いたいいいいいいい! へたくそ! ひぃいいいい!」
よほど腹に据えかねていたのだろう。
今までの意趣返しとばかりに、エゴイストはパライン皮ブーツごとネリの足を叩き潰した。
しかし、へたくそとは、雪華に向かって放った暴言なのだろうか?
ネリはエゴイストが自我を持つ武器なのだとすっかり忘れている気がする。
イラッとすれば、エゴイストから、あぁ、分かるぜ! と同情に満ちた同意をされてしまった。
ガードスライムのドロップ品がブーツだったのには、ネリ以外の全員で失笑した。
「お手を煩わせてしまって、申し訳ありません!」
「ちょっとぉ! アンタたちナニ言ってるのよ、私! こいつに、こんな酷い怪我あっ!」
「屑は黙って!」
フェリシアが膝をついて謝罪する横で暴れる、ネリの大口の中へと、セシリアが何かを突っ込んだ。
「まさか本当に使うことになるとは思ってなかったよ……」
一仕事やり遂げた顔で額に滲んだ汗を拭うセシリアの横で、ネルが所在なさげに頭を下げる。
「雪華さん。妹が御迷惑をおかけしてしまって、本当に申し訳ありません。妹は……ネリは、自我を持つ武器に見放されたのですね?」
雪華が握っていたエゴイストは、その通りだ! と言わんばかりに、アイテムバッグの中へと自ら飛び込んでいった。
「!? !!!!!」
ネリが何やら叫んでいるようだが、音になっていない。
どうせエゴイストを御しきれなかった雪華が悪いとでも喚いているのだろう。
そもそも自分が御せていなかっただなんて、微塵も思っていないに違いなさそうだ。
しかし声が聞こえないだけで随分とストレスが軽減される。
説明を求める目線を投げればセシリアが心得たとばかりに大きく頷いた。
「買い物時に、勧めてくださった方がいたんですよね。安くするからどう? 使う使わないはさて置き、持っているだけで安心できるんじゃないかな? と」
ネリの暴走はそれだけ目に余ったのだろう。
店員に物騒なアイテムを勧められるくらいには。
セシリアが掌に載せたのは、小粒の丸薬だった。
紫色をしており、小さく、きしゃー、きしゃー、と威嚇音を放っている。
「音を食べ物とする生物とのことです。失敗作だからと、驚くほど安価に売ってくださいました」
説明を聞いてセシリアに飛びかかろうとするネリをフェリシアが羽交い締める。
怪我をしているとは思えない敏捷さだったが、ネリ以外のメンバーは極めて優秀だ。
ネルが素早くマジックバッグから引っ張り出したロープを受け取ったフェリシアは、手早くネリを拘束というよりは梱包した。
指すら動かせない完璧過ぎる箱型梱包だ。
「雪華さん。これ以上、こいつを連れてのダンジョンアタックは難しいと思われます。評価も下げてくださって構いませんので、引き返すわけにはまいりませんでしょうか?」
「……他の二人は、どう考えているの?」
「フェリシアに賛同します。勘違いの挙げ句、雪華さんを罵倒するとか有り得ないです!」
「私もフェリシアに賛同いたします。このままでは、こいつのせいで皆の心身を損ないかねません。こいつを、このまま、ここへ! 放置して! 戻りたく、思います」
荷物状態のネリは暴れることもできない。
声も出せない。
己を見捨てる姉の言葉を耳にして、ただ、大きく目を見開いた。
どうして?
私は、何も悪くないのに!
と、訴える瞳はどこまでも自分勝手極まりなかった。
「気持ちはとてもよくわかるけど、ここへ放置は駄目だよね? 買った責任はきちんと果たさないと……では、ダンジョンアタックは、ここまでとするよ」
ネリという害悪を抱えながらどこまで戦えるのか見てみたい気もしたが、それは悪趣味というものだ。
アリッサが躊躇なく見限るだけの理由も、十分過ぎるほどたまったのだから帰還止むなし。
雪華の言葉に、三人は安堵の表情を浮かべた。
ネリは絶望でもしていればまだ寛容にもなれそうなものが、私は絶対に悪くない! と主張するふくれっ面だった。
「では……最短ルートで戻ろうか。ネルが先導してね」
「はい。了解いたしました」
「よぅ! ちょっといいか? 話、聞いてたんだけどよぉ。そいつ、いらねぇんなら、俺たちに売ってくれないか?」
ネルがフェリシアの肩から飛び降りたタイミングで、声がかけられた。
初級ダンジョンへ潜るにしては装備が整いすぎている男ばかりのパーティーが、雪華たちの様子を窺っているのには気がついていた。
排除をしなかったのは、何時でもできるからだ。
女性ばかりの新人パーティーは、あらゆる意味で狙われる。
敵はモンスターばかりではないのだ。
これも見極めの一環だった。
三人は探知できなかったようだが、ネリが想像以上の天然というかお花畑というか、むしろ自分に都合良くしか考えられない害悪だったので仕方ない。
熟練冒険者でも気のせいかと勘違いする程度には、男たちの気配も消されていた。
その点にも、女を食い物にする常連臭さが滲み出ているのに、本人たちは気づいていないらしい。
そもそも、雪華を彼女たちと同じ初心者として判断したのは、致命的なミスだ。
「幾らで?」
「おお! 売る気はあるんだな!」
「1000ギル」
「ばっ! そりゃ、高けぇよ!」
「リス族の特殊個体は、レアよ? 貴男たちだって見たの、初めてでしょう?」
男たちは顔を見合わせている。
ネリは満更でもない表情をした。
三人は何時でも攻撃できる体勢を維持したままだ。
「でもよぉ、置いていくのいかねぇのって、揉めてたじゃねぇか。なら、安くしてくれたって、や! むしろタダでもいいはずだぜ?」
「そ。じゃあ、交渉決裂ね! 皆、行くわよ!」
フェリシアがハルバードにネリを縛るロープを引っかけた。
荷物が担がれているようにしか見えない容赦のなさだ。
ネリの抗議の眼差しなど、男たちのその後同様に、誰も気にかけやしない。
「おいおいおいおいおい! 待てってば! 分かった! 分かったよ! 1000ギル払うって!」
「銀貨で支払ってね?」
「新人が銀貨なんて持ってるわけねぇだろ! ほらよ! 銅貨100枚だ!」
男は金が入っているらしい袋をこちらへ放り投げた。
地面に袋が当たって音がする。
誰がどう聞いてもお金が入っている音ではないのだが、それで騙されると思っている浅はかさには失笑するしかない。
「嫌だわ。どこまで人を馬鹿にしてるの? 石貨《せっか》なんて、王都で使える店、ないわよ?」
実はそうでもない。
ちょっと変わった品物を取り扱う店ならば、希少な石であれば取引に応じるところもある。
無論、希少な石=石貨として成立するのであって、その辺に転がっている普通の石=石貨とはなり得ない。
そもそも石貨は存在しない貨幣単位だ。
「う、うるせぇ! 石貨なわけねぇだろ!」
「じゃあ、開けて見せなさい。石の音しかしなかったわよ。石貨じゃないのなら、嫌だわぁ。もしかして、ただの石ころなの?」
馬鹿にしくさった口調で上から目線に言ってのける。
単純な男たちの実力が伴わない高いプライドを、存分に刺激できたようだ。
「畜生! やっちまえ! 顔に傷付けるんじゃねぇぞ!」
「馬鹿! 体にもだろ!」
男の一人が地面に向かって何かを投げつける。
ぼん! と音がして、真っ白い煙が広がった。
目くらましの効果だろうか?
いや、どうやら睡眠効果があるようだ。
四人の様子を窺う。
地面に投げ出されたネリは速効で寝入っていたのに、まず胸を撫で下ろす。
これで行動を妨げられない。
三人は素早く煙の効果範囲から飛び退いているようだ。
雪華には異常状態系の攻撃は、まず効果がないので、その場で仁王立ちになってみた。
それだけで十分な威圧となるはずだ。
「くそっ! 一人しか寝てねぇ、ぞぉ……?」
叫んだ男が一人と、無言で男が一人崩れ落ちた。
間抜けにも熟睡している。
眠り避けぐらい施しているかと思ったら、そうでもなかった。
間抜けが過ぎるとにやけたが、もしかするとセシリアの眠りの腕時計が発動したのかもしれない。
ここにきて、運の良さが発揮されたのだとしたら、やはりネリの妙な幸運が一体どこから来ているのか不思議だ。
「おい! お前ら? んだよ! こんな初心者が、すげぇアイテムを持ってんだ? げひっ!」
眠ってしまった男たちを蹴り飛ばした男の足は、セシリアの鞭に絡め取られた。
軽々と持ち上げられた全身が岩に叩きつけられる。
ごきっごきっとどこかの骨が砕けた音がして、男が失神した。
「ちっ!」
転がっているネリを抱えて逃げようとした男の首に、ぐるりと赤い血の線が走った。
男の肩に乗ったネルが首にククリナイフを滑らせたのだ。
皮一枚だけを切る見事な技量を見せつけたネルは、猛毒で死にかけた男の口内へ丸薬を投げ込んだ。
体が自由には動かない程度の毒消しだろう。
殺すよりは生かして贖いをと考えたようだ。
それはアリッサや雪華の方針に叶う的確な判断だった。