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「そうだ、アイナ様に紹介しないといけない方が!」
ルークが突然、話を変えた。
「え? 紹介? えーっと?」
誰かいるのかな……と周囲を見まわすと、私の左側に一人の女の子が立っていた。
……すいません。
ルークにばかり気を取られていて、まったく気が付いていませんでした……。
その女の子は聖職者らしい服を着ていて、目が合うとにっこりと微笑んでくれた。
「はじめまして、アイナさん。わたしはエミリアといいます。
よろしくお願いしますね」
「はじめまして、エミリアさんですね。
私の名前は……もう知ってますよね、アイナです」
私も笑いながら、簡単に自己紹介をした。
「エミリアさんは、アイナ様の看病をずっとしてくれていたんですよ」
「え、そうなんですか?
……そういえば、誰かに手を握ってもらっていたような」
「覚えていらっしゃいますか?
一回だけ、握り返してくれたことがあったんですよ」
「言われてみれば、そんなこともした……ような?」
「ふふふ。わたしがアイナさんを初めて診た日なので、8日も前のことですね」
ルークとエミリアさんの話を聞くと、時系列としてはこんな感じだ。
まず、私が疫病で倒れたのが10日前。
その後、他の街に助けを求めて出ていた村人――
……バイロンさんが聖職者の一行を連れて戻ってきたのが8日前。
聖職者の一行は村の周りに浄化の魔法を掛けて回り、3日前には疫病の沈静化を確認。
疫病に侵されたのが私だけになったところで、その看病のためにエミリアさんを残して――
……他の聖職者たちは王都に帰っていった、ということだ。
「私のために残ってもらってしまって、申し訳ないです……」
まずはエミリアさんに謝罪する。
「人を助けることがわたしの使命ですから――
……いえ、むしろ私も、アイナさんに救われたところがあるんですよ」
「え? 何でですか?」
「聖堂の者がこの村に来ることになったとき、正直を言えばみんな心の中では諦めていたんです。
蔓延の早さもそうですし、蔓延し始めてからの亡くなった人数がとても多くて……。
だから、せめて疫病が広がらないように浄化だけはしよう……って、そんな空気で村まで来たんです」
……なるほど。
エミリアさんたちは私たちと違って、この村のバイロンさんから先に事情を聞いていたんだもんね。
先にそういう考えに至ってしまうのは、無理のないことかもしれない。
「――でも、この村に着いて驚きました。
半数の方が亡くられていたのは非常に傷ましいことなのですが、それでも半数の方がご無事だったんです。
話を聞けば、一人の錬金術師の方がみんなを救ってくれた……と。
そしてその方は逆に伏せってしまい、重篤な状態にある……と」
「あはは……、最後にやらかしちゃいましたからね。
油断したわけでは無かったのですが」
……私の場合は空気感染をしたわけではなく、例のダンジョン・コアの近くに行ったのが原因だからね。
さすがにあんなものは、予想も想像も出来るわけが無いし。
「アイナさんは最善を尽くされたと思います。
それと……今回の疫病は、緊急案件として国の上層部に報告されることになりました。
その救済の功労者として、アイナさんはきっと祝福を授かることになるでしょう」
……国民栄誉賞みたいなものをくれるのかな?
そんなことを考えてしまう私も、なかなか俗っぽい人間だ。
「これはわたしの個人的な思いでもあるんですが……そのような方を、絶対に亡くしたくなかったんです。
看病中にダメかと思ったときは何度もあったのですが、そのたびに死の淵で持ちこたえていらっしゃるようで――」
それはレアスキルの『不老不死』の効果です。
絶命したときに瀕死になるんです。
……本当なら、何回死んでいたんだろうね、私。
そういえば『不老不死』は、ユニークスキル『情報秘匿』で隠しているんだよね。
だから、私は端から見ると『往生際が悪くしぶといヤツ』みたいに見えていたのかもしれない。
「――その様子を見て、わたしはアイナさんに神の加護が宿っているのだと確信したんです!」
……あ、まさかのそっち方向の解釈?
いや、聖職者だからそう捉えてしまうのか。
「今日はその力に賭けて――
……アイナさんの容体が僅かに良くなったときに、わたしの全力で浄化魔法を掛けたんです。
もちろんそれだけでは治すことが出来なかったのですが、目を覚ますきっかけにはなれたようで……本当に良かったです」
確かに身体が少し楽になった気がしていたんだけど、それはエミリアさんの力だったんだね。
「そのおかげで何とか目を覚ますことが出来ました。
本当にありがとうございます」
「いえ、わたしはただのきっかけですから……。
……あ、少し話し過ぎてしまいましたね。病み上がりのところ、申し訳ありません」
「謝らないでください!
寝込んでいたときのことがよく分かりましたし、それに……疫病の後処理もして頂けたということで、とても安心しました」
「それは良かったです。
さて、私は少し席を外しますね。また後で来ますが、気にせずお休みになっていてください」
そう言うと、エミリアさんは軽く頭を下げて部屋から出ていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うーん。
汗がすごいし、お腹が空いたし、しんどいし寝たい」
「えっと……まず、どうしましょう」
私の我がままに、ルークが困る。
「……寝る前に少し、お話に付き合ってもらえる?」
「はい、分かりました」
そう言うと、ルークはベッド横の椅子に腰を掛けた。
「……とりあえず無事に生還することが出来ました。
心配をお掛けしました」
ぺこりと一礼。
ごめんなさい、と、ありがとう、の意味で。
「いえ……うん、はい……。
何はともあれ、良かったです……」
積もる話はたくさんあるけど、まずはひとつずつだ。
「10日前に見つけたあの――
……黒い宝石みたいなやつなんだけど」
「はい。アイナ様が寝込んでいる間、聖職者の方たちと探しておりました。
あんな危険なものは放置しておけませんから……」
「そうそう、それなんだけど……ルークはあの時、何で怪我をしたの?」
「あのときは……あの宝石から、歪みが発するのが見えたのです」
「……歪み?」
私がそのまま返すと、ルークは少し考えるように宙を仰いだ。
「何というのでしょうか……。
ガラスが割れるように、宙にヒビが入ったというか――
……そのヒビがアイナ様の方に向かったので、私が間に割って入ったところで……あの怪我を負ってしまったのです」
うーん……どういうことだろう?
漫画とかでよくある、空間ごと斬り裂く……みたいな感じのヤツかな。
「それじゃ、ルークは私を庇ってくれたんだね。ありがとう」
「いえ、お気になさらず。
それでその黒い宝石なのですが、どうしても見つけることができなくて……。
アイナ様は何かご存知ですか?」
「うん……あれね。
どうにかしなきゃな……って思って、私のアイテムボックスに叩き込んだ……」
「……え」
思わず、といった感じで、驚きの声を上げるルーク。
「ルークが倒れた後、アレから疫病の煙が噴き出してきたの。
もうね、とっさにバチコーンと叩き込んであげたよ!」
「無茶をしますね……。
それで、アレの正体は何だったのでしょう」
「鑑定したら、ダンジョン・コアって出たよ」
「は……?」
私の答えに、今度は呆然とするルーク。
……何だか懐かしいなぁ、このパターン。
「ちなみに、ダンジョン・コアって知ってる?」
「伝説上だけ……と言いますか。
存在だけは知られているのですが、実物を知っている人はいないのではないでしょうか……」
……そもそも、この世界には『ダンジョン』というものがあるらしい。
意思を持つかのように広大な迷宮を作り上げ、たくさんの人間を誘い招き入れる存在。
そしてダンジョン・コアとはダンジョンの命のようなもので、これが無事である限り、そのダンジョンは消滅しないのだという。
逆にいえば、これを壊しさえすればダンジョンは消滅するのだが――
……当然のことながら、ダンジョンがダンジョン・コアを人の目に触れされることなんてことは無いわけで。
「うーん、凄いものなんだねぇ……?
……というか、実際に凄かったけど……。
いや実際、アイテムボックスから出した瞬間に凄いことになるだろうけど……」
「まさかそんなものが、ガルーナ村にあったなんて……。
……それで、そのダンジョン・コアはどうするおつもりですか?」
ルークは心配そうに聞いてくる。そりゃそうだよね。
「アイテムボックスからは出せないし、これはこれで便利だから、そのまま持っていようかなって……。
あのね、これがあればどんな疫病でも治せるみたいなの」
「え? もしかして私が飲んだ薬も……?」
「うん、このダンジョン・コアが材料のひとつだよ。
何回でも使えて、とっても便利なんだよね」
「……そ、そうでしたか。
アイナ様ならきっと、正しく使って頂けると思います。そうですね、アイナ様が持つべきものです」
「あはは、大袈裟な」
「そういえば、英雄シルヴェスターは――
……クレントス北方のダンジョンに潜るために来た、という噂がありましたね」
「え? そうなの?」
「英雄がクレントスを訪れる理由なんて特に考えられませんし……。
ただ、そのダンジョンは何も無い場所なので、本当にそれが目的かどうかは分からないのですが」
「ふぅん? ちなみにそのダンジョンって、ふたつ名みたいのはあるの?
今回のは『疫病のダンジョン・コア』っていう名前なんだけど」
「……物騒な名前ですね。
クレントス北方のダンジョンは、『神託の迷宮』と呼ばれています」
えー、そっちの方がかっこいい!
そっちのダンジョン・コアが欲しかったー!!
……それにしても、『神託の迷宮』かぁ。
私が神様に転生させてもらったのと、何か関係があるのかな?
「ダンジョン・コアに、英雄シルヴェスター、か……。
そもそも何で、沼地にダンジョン・コアが落ちていたのか……っていうのもあるし」
「まったく、謎だらけですね」
「本当にね。
それで、私がダンジョン・コアを持ってるのは、内緒にしておいた方が良いよね?」
「はい。誰かに教えてしまえば、いずれそれを狙う輩が現れるでしょう。
異質な力だけに、黙っておくのが得策かと」
「それじゃ、これは私とルークだけの秘密だね」
「分かりました。何があっても口外しません。ご安心ください」
「よろしくね。
……ふわぁ、何だか疲れちゃった。……そろそろひと眠りしようかな……」
「それでは、身体を拭くものをお持ちしますね。
あとは着替えもされた方がよろしいかと」
「そうだね。えーっと、誰に言えばいいのかな」
「私が手配しますので、アイナ様はそのままお待ちください」
そう言うと、ルークは部屋の外に速やかに出ていった。
みんなには世話になって、申し訳ないやらありがたいやら。
この恩はいつか、どうにかして報わせて頂こう。
それにしても――
……神器を作る旅の冒頭で、何だか想像から思い切り外れたものを手に入れてしまったなぁ……。
これからのことは、ちょっと想像が付かないぞ……?