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拝啓、大嫌いな君へ
季節の変わり目、枯葉の舞う今日この頃、貴方はどのようにお過ごしでしょうか。
冷たくなった風が頬を撫でて行くたびに、私は隣に大嫌いな貴方の影を探してしまいます。
思えば、貴方の第一印象は最悪でした。
高校に進学して初めてのクラス、人見知りで奥手な私は1週間経っても友達一人作れませんでした。
そんな私を見て、隣の席に座る貴方は毎日明るく、何の隔たりもなく話しかけてきましたね。
同性にすら恥ずかしくて話しかけられないような女が、貴方のような異性に話しかけられて、まともに喋れるわけないでしょう。
すごく困りました。少しは察して下さい。
大嫌いです。
気さくで明るい貴方は誰とでも仲良くなれる人気者でしたね。
貴方の周りにはいつも人だかりが出来て、騒がしかったです。
隣に座る私の身にもなって下さい。
それだけでも迷惑なのに、貴方はその輪の中に、私を無理やり引き込みましたね。
最初はどうしていいか分かりませんでしたが、徐々に私にもお友達が出来ました。
きっと、友達のいない私に同情して貴方は輪の中に入れたのでしょう?
本当に、余計なお世話です。
大嫌いです。
いつのまにか、大嫌いな貴方を私は目で追うようになっていました。
でも見れば見る度、貴方の生きる世界は私とは違いすぎて
キラキラして、輝いていて
私は何度も劣等感を感じました。
何度も諦めようって決めたのに。
それなのに貴方は毎日私の隣で話しかけてきましたね。
キラキラした屈託のない笑顔を、私に向けてきましたね。
その度に、私の決意はグラグラと揺らいでしまいました。
どれだけ、私の心は貴方に振り回された事でしょうか。
大嫌いです。
貴方を放課後の屋上に呼んだあの日
なけなしの勇気を振り絞って大嫌いな貴方に気持ちを伝えたあの日
「返事はいいよ、分かってるから」
「気持ちだけ伝えたかったの」
そう言ってその場から逃げ出そうとする私の手を、貴方は優しく掴みましたね。
はっきり返事だけくれればいいのに、貴方は私の顔が真っ赤なのを見て笑いました。
…大嫌いです。
いいよ、と優しく笑った貴方を見て、顔をクシャクシャにして泣いてしまった私
見ないでって言ってるのに、貴方はずっと泣き止むまで側にいましたね。
…本当に、大嫌いです。
それからの毎日は本当に幸せでした。
貴方の隣で過ごす毎日はいつも新鮮で楽しくて。
何気ない毎日が輝いていました。
貴方は誰にでも優しいから、色んな子に話しかけられていましたね。
平然を装っていましたが、気が気ではありませんでした。
喧嘩をした時だって、どう考えても私が悪いのに、貴方は毎回先に謝ってきましたね。
私から謝ろうと思っていたのに、貴方はいつも間が悪いんです。
どんな時でも貴方は、私の側で笑っていましたね。
私が悲しい時も泣いている時も、そして楽しい時も嬉しい時も、
貴方はずっと私に笑いかけてくれましたね。
…思えば思うほど、振り返れば振り返る程、私は貴方の事が
大嫌いです。
…高校3年生の春、私と貴方との日々は突然終わりを告げました。
屋上に私を呼び出した貴方は、唐突に「別れよう」と言いましたね。
…突然すぎて理解できない私が「何で?」って泣きそうになりながら聞くと
「学校を辞めて遠くに行くことになったから」
貴方は淡々と言いましたね。
遠距離でも構わない。
貴方がまだ私を好きで居てくれているのなら。
そう言った私に貴方は一言
「もう、好きでも何でもないから」
私は膝から崩れ落ちそうでした。
2年以上付き合って、あんなに楽しい毎日を過ごして居たのに。
こんな別れ方はあんまりじゃないですか。
溢れ出しそうな涙を堪えて、私は貴方に「大嫌い」だと言いました。
初めて、貴方に言った「大嫌い」でした。
大、大、大嫌いです。
それからの毎日は、まるで世界が灰色になったようでした。
貴方は私と別れてすぐに、学校を辞めて本当に何処かに行ってしまいました。
貴方の家を横目で見ても、すでにもぬけの殻
貴方に連絡してみようとも思いました。
でも、貴方は番号を変えたのか、連絡すらできなくなっていました。
…貴方は一方的に私との関係を切り離してしまいました。
…自分勝手すぎます。
そんなに、私が嫌いになったのですか?
…大嫌いです。
…貴方と別れて3ヶ月後、未だに貴方の事を忘れられない私に、友達からある情報が入りました。
それは貴方が○県△市の大きな病院に入院している、という話でした。
貴方に会えるかもしれない…
別に、貴方とよりを戻したかった訳ではありません。
ただ、あんな酷い別れ方じゃなく、しっかりと話してケジメを付けて別れたかっただけなのです。
でも、私は迷いました。
貴方は迷惑がるのでは無いでしょうか。
そもそも本当に貴方がいるのかすら定かではありません。
それでも…
私はその週の土日を使って貴方のいるという病院に向かいました。
電車に揺られながら外の景色を見ていると、いつも眠くなったら肩を貸してくれた貴方を思い出します。
私は1人、涙が流れてくるのを止められませんでした。
これだけ私の心は貴方で一杯なのに、貴方はもう私の事なんか忘れているのでしょう。
…大っ嫌いです。
病院について、受付で貴方の名前を訪ねた時
名前が本当にあった事に驚きと動揺が隠せませんでした。
そもそも、どんな顔をして会えばいいのでしょう。
別れた好きでもない女の顔なんて、見たいわけがありません。
いっそ帰ってしまった方が…これを機に忘れてしまった方がいいのかもしれません。
いつまでも悩んでいる私に、誰かが話しかけてきました。
貴方のお母さんでした。
貴方のお母さんは驚いていましたが、私に優しく微笑むと「来てくれてありがとう」と言ってくれました。
それから、お母さんに招かれるまま貴方の病室まで案内して貰いました。
そこで見た、貴方の姿は今でも忘れられません。
全身に管を通した貴方は、何やらよく分からない機械に囲まれ、点滴のポタポタという音が病室に鳴り響いていました。
貴方が眠っている間にお母さんから全て聞きました。
生まれつき、身体は強くはなかった事。
私と別れた日の1ヶ月前くらいに、貴方は病院で胃癌と診断されたと聞きました。
そして、発見が遅れていて既に癌は身体全体に転移しているとも
貴方の余命があまり長くはない事も知らされました。
皆に心配をかけたくないから、という本人の強い意志から誰にも知らせずに学校を去った貴方
…だから私とも別れたのだと、この時やっと理解しました。
目を覚ました貴方は、隣で泣いている私を見て目を丸くしていましたね。
私は息が続く限り、貴方にバカだのアホだの言いましたね。
私が辛い時はずっと側で笑っていてくれたくせに。
いざ自分が辛い立場になったら貴方は私にすら頼らないのです。
私に心配かけないように、もう未練を残さないようにと、あんなに酷い別れ方をしたのです。
本当に貴方はバカです。大バカです。
本当に大嫌いです。
…それからは行ける日は毎日、貴方の病院に通いました。
「もう来なくていいよ」
ある日貴方は私にそう言いました。
あの頃から同じ、変わらない優しい笑顔で、「俺の事なんか忘れて」なんて言うのです。
いつだって貴方は、人の事ばかりです。
一番苦しいのは貴方の筈なのに、叫び出したい筈なのに、
私の事を気遣ってくれるのです。
「貴方が私に出て行って欲しいなら、私は絶対にここを出て行ってあげない」
「私は貴方が大嫌いだからね」
仕返しに私はそう言って笑ってやりましたね。
貴方に酷い別れ方をされてから、私は変わらず貴方が大嫌いです。
だから、側に居させて下さい。
貴方のもとに通い出して1ヶ月もした頃、貴方は弱々しい声で「俺の事どう思ってる?」と聞きましたね。
私がさぁ?と答えると貴方は優しく微笑みました。
そして貴方が亡くなった時、私が貴方を好きだったら私が悲しむから、だから嫌いで居て欲しい。
そう言うと貴方は力なく笑いましたね。
…どうして、笑顔でそんな悲しい事を言うのですか。
…どうして、こんな時まで私の心配をしているのですか。
どこまでお人好しなんですか。
大嫌いです。
貴方の容態が急変した日
私が貴方の元にたどり着いた時には貴方は治療室に運ばれる直前でした。
貴方の手を両手で包んで名前を呼び続けました。
すると貴方は薄く目を開くと弱々しく、でもハッキリと
「愛してる」
と言ってきましたね。
あれだけ、入院中に通っても好きとも言ってくれなかったクセに。
私から付き合い直そうと提案しても、すぐに居なくなるから。とか言ってたクセに。
私に好きと言えば、貴方が亡くなった時に私が悲しがるから言わなかったのでしょう?
それなのに…こんなタイミングで言ってくるなんて。
貴方は卑怯者です。極悪人です。
…だから私は言ってやりました。
涙で見えなくなりそうな貴方の顔を見つめながら、言ってやりました。
精一杯の笑顔で言ってやりました。
「大っ嫌い」
貴方は小さく微笑むと、ありがとう。と言って
そのまま、治療室の奥へと運ばれていきました。
…それが、貴方との最期の思い出でしたね。
貴方が亡くなってからもう1ヶ月経ちました。
私の中には、未だに貴方の温もりが、貴方の面影が残っています。
ですが、どうか心配しないで下さい。
私は貴方と過ごしたかけがえのない日々を胸に、前を向いて歩いていきます。どうか、見守っていて下さい。
貴方が心配しないように、私は何度だって言ってやります。言い続けてやります。
ーー拝啓、大嫌いな君へーー
私は貴方の事を今までも、そしてこれからもずっと
「大嫌いです」