梨沙ちゃんは霊感が強い女の子だけど、どのくらいの強さなのかは、実は梨沙ちゃん自身にもよく分からないのだという。
例えば、校庭の桜の木の下に一体の浮遊霊がいたとする。その一体は、梨沙ちゃんの目にしっかりと見えているのだけれど、本当にそこには一体しかいないのか、それとも何十体もいるのに一体しか見えていないのかは、梨沙ちゃんには分からない。
どれだけ梨沙ちゃんの霊感がすごくたって、今までにどれほどの魂があの世とこの世を行き来していたのかまでは分からないし、その行き来の中からあぶれた魂が、どれだけ霊としてこの世に留まっているのかも分からない。
梨沙ちゃんに分かるのは、ほんの一握りの、それも強い悪感情を持った魂の存在だけ。
だから梨沙ちゃんは教えてくれるのだ。
伽々里 梨沙
と。
────でも。
旧校舎で見た男の人に関して、梨沙ちゃんは
伽々里 梨沙
を繰り返した。
あの人は『浮遊する魂』ではなく『記憶』。旧校舎の図書室に刻み込むようにして貼り付けられた、『誰かの強い記憶』。
伽々里 梨沙
梨沙ちゃんは言う。
伽々里 梨沙
と。
幽霊でないのは間違いない。でも、どうして『誰かの記憶』が見えたのかはわからない。
だからこそ、梨沙ちゃんは保健室で、繰り返し私に言ったのだ。
伽々里 梨沙
と。
────本当に忘れてもいいのかな。
ぼんやりと、私はそのことを考える。
天使のように綺麗な男性だった。けれど、印象に残っているのはそれだけじゃない。
────瞳。
あの人の哀しそうな瞳が、私は……。
青木 界
ハッと我に返り、私は視線を上げる。すると、ルームミラー越しに界先生と視線がぶつかった。
伽々里 美里
青木 界
伽々里 美里
と返事をして、私は後部座席の背もたれに体を預ける。
私と梨沙ちゃんは、界先生の車で自宅へと送ってもらっていた。
界先生の車は、通学電車とは比べ物にならないほど快適だった。車を運転すると性格が変わる人がいると言うが、界先生はそういうタイプじゃないらしい。普段と同じ、スムーズで穏やかな運転だ。
青木 界
ニコニコと界先生は言う。
青木 界
思わず
伽々里 美里
と声が出る。それは嬉しい申し出だ。
けれど今の私には、界先生おすすめのアイスクリームより、更に気になることがあって。
伽々里 美里
青木 界
伽々里 美里
青木 界
一瞬、界先生の表情が強ばったのが、ルームミラー越しにでも分かった。
間髪容れずに梨沙ちゃんが、
伽々里 梨沙
と声を張り上げる。
伽々里 美里
界先生は困ったように口をへの字に曲げた。
そして小さく息を吐くと、
青木 界
と、まるで自問自答するかのように小さく呟いた。
青木 界
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