灯里
小夜先輩
灯里
今夜は月が綺麗ですね
いつもは賑わっている
学校の中庭は
とても暗く
とても静かだ
そこに
灯里の声が低く響いた
少し
ほんの少しだけ
心臓が跳ねた気がした
小夜
何を急に
灯里
当たり前すぎましたかね
灯里
気にしないでください
小夜
…えぇ
灯里
灯里
小夜先輩は夏目漱石
灯里
ご存知ですよね
灯里は私の目を覗き込む
いわゆる上目遣いってやつ
彼女の大きな瞳に
吸い込まれていくような
妙な感覚に陥りそうで
思わず、目を逸らした
灯里
先輩?
灯里は不思議そうに
首をこてんと傾ける
その仕草がとても様になっていて
私はまた、どきりとした
小夜
小夜
なんでもないわ
小夜
夏目漱石よね
小夜
もちろん知ってるわよ
心の内を悟られないよう
私は微笑んでそう返す
灯里
そうですか
灯里
じゃあ二葉…
灯里はそこで口篭った
私の顔色を伺うように
じっと私を見つめる
灯里
あ、いや…
灯里
やっぱりなんでもないです
そう言って
少し切なそうに笑う彼女
胸が、ちくりと痛んだ
小夜
なによ
小夜
気になるじゃない
灯里
いえいえ
灯里
大したことじゃないので
やめて
そんな顔しないでよ
灯里
用事、思い出したので
灯里
今日は先に帰りますね
灯里
また、明日
彼女は気まずそうに
ベンチに置いていた
自分の荷物を手に取った
もう少し
なんて
引き止める勇気
私にはなくて
小夜
また明日ね
と、小さく呟く
まだもう少し
一緒にいたかったな
なんて
灯里
それじゃあ
彼女が見えなくなってから
私は小さく息を吐く
小夜
二葉、亭四迷…
期待してもいいのだろうか
今日は月なんて
見えていなかった
この想いが叶う日は
くるのかもしれない
「今夜は月が綺麗ですね」
小夜
小夜
死んでもいいわ…