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テラーノベル(Teller Novel)

依頼が入ったのはそれから二日後のことだ。

独居老人が死亡した部屋でたびたび心霊現象が起こり

入居者が居着かないらしい

事故物件とすら言えないよくある相談で、本来ならば

少しばかり話し相手になってやれば成仏させられる案件だった

だがそれは普段のコンディションでの話だということを

渋谷、そして久留間は失念していた

渋谷大

分かる、分かるよじいちゃん

渋谷大

誰にも見つけてもらえないのは寂しいし

渋谷大

知らない場所に行くのは怖いよな

渋谷大

でもな

渋谷大

ここ、もうさぁ

渋谷大

じいちゃんの家じゃねぇんだよ

古びたアパートの一室に、静かな渋谷の声が響く

同種案件を何度も経験した結果、話し相手を欲している霊が

高齢な場合は渋谷、若者の場合は久留間が相手をするのが

暗黙の了解となっていた

色あせた畳の上に腰を下ろし、心細そうに肩身を狭めた老人の前で

穏やかに表情を緩める

それをチラチラと伺うように、落ちくぼんだ目元が渋谷を見た

老人霊

ずっとおったらいかんかなぁ

渋谷大

ここに住みたい人、いっぱいいるんだ

渋谷大

ほらここ、コンビニ近いし

渋谷大

駅にも近いからさ

渋谷大

じいちゃんだって分かるだろ?

渋谷大

次の人に渡してあげないと

老人霊

でもなぁ、あの世はなぁ

ぐずぐずと言い訳を重ねようとする老人に、渋谷の首が傾ぐ

渋谷大

じいちゃん、なにが怖いん?

渋谷大

悪いことしてなきゃ、なんにも怖くねーよ?

老人霊

いや、あのなぁ

老人霊

……戦争に行ったもんじゃから

老人霊

悪いことは、なぁ

渋谷大

あー……

渋谷大

それかぁ

これもまた、何度も聞いてきた昇天を渋る理由の一つだった

困ったように眉尻を下げ、渋谷の指が天井をさす

渋谷大

閻魔様もそこはちゃんと分かってっから

渋谷大

いきなり地獄行きになったりしねーよ

渋谷大

大丈夫

渋谷大

あの時代、戦争に無関係だった人なんていないもん

渋谷大

怖がるのは当然かもだけどさ

渋谷大

ちゃんと、どういう環境だったかも見てくれっから

老人霊

ほうかなぁ

ようやく少し昇天を検討する段階に入ってきたらしい様子に

久留間は渋谷を流し見る

久留間は高めのテンションと勢い、挑発とカマかけで霊の意識を昇天に向ける

それと違い、渋谷は静かに話を聞いて納得を促すタイプだ

だからこそいつの間にか説得相手の振り分けが決まったわけだが

特に孤独死した老人に対して、渋谷は柔らかな言葉を心がけている

元々祖父母を慕っている点も多大に影響しているのかもしれないが

その雰囲気がいつも、不思議な愛しさをこみ上げさせた

こみ上げさせてしまった

渋谷大

――ィう……ッ!

しまったと思った時にはすでに遅かった

案の定渋谷の心臓は締め上げられ、咄嗟のことで呼吸まで混乱を起こす

蒼白になって胸元を握りしめる渋谷に、久留間が駆け寄ろうとした時だった

老人霊

……なんじゃお兄ちゃん

老人霊

アンタも心臓が悪いのか

それはひどく抑揚のない声だった

噴き出した冷や汗でまつげの濡れた目が、霊を見る

それは悪臭こそさせないまでも、愉悦の表情を浮かべていた

老人霊

ちょうどええ

老人霊

ちょうどええなぁ

老人霊

そしたら行こう

老人霊

二人で行こう

言葉よりも先に、痩せ細った指先が渋谷の首にずぐりと刺し入る

途端、渋谷の喉から空気が抜けるような音がした

老人霊

わしもこれで寂しぃないわな

老人霊

ちょうどええ

老人霊

ちょうどえ

久留間悟

いいわけあるか!

久留間悟

このクソジジイ!!

ぶつぶつと呟き続ける言葉を遮って、叩きつけるように

札が霊の額に貼り付けられる

その瞬間急激な上昇気流を発して消え去ったそれを見返ることなく

久留間は崩れ落ちた渋谷の体を受け止めた

久留間悟

大ちゃん!

久留間悟

大ちゃんっ!!

目を閉じたまま微動だにせず、呼吸すら浅い姿に背筋が冷える

心臓の痛みと、それに便乗して魂を抜かれそうになったためと理解しつつ

久留間の指先は震え続けていた

白い髪が畳に落ちる音すら不吉に感じ、抱きしめる

せめて体を冷やさせまいと長着で包みながら、静かに名前を呼び続けた

渋谷の目が覚めたのは、それからしばらくのことだ

血色の戻った頬の上でまぶたがわずかに跳ねたのを

久留間は一瞬たりとも見逃すまいと見つめていた

開いたまぶたの下から覗いた青い瞳に、眼鏡の奥の目が泣き出しそうに歪む

渋谷大

……悟?

久留間悟

うん、いるよ

渋谷大

じいちゃん……どうなった?

掠れた声の問いかけに、返答に詰まる

言葉を探して落ちた沈黙の間に、しかしすべてを察した様子で

渋谷の目元が伏せられた

渋谷大

そっか

渋谷大

……悪いことしちゃったな

久留間悟

なんで大ちゃんが反省すんの

反射的に言葉を返す

それを不思議そうに見上げる目線に、久留間は奥歯が軋むのを感じた

久留間悟

大ちゃん連れてこうとしたのはジジイじゃん

久留間悟

あのジジイにそうさせちゃったのは俺じゃん

久留間悟

なんで大ちゃんが悪かったとか思ってんの

久留間悟

大ちゃん、仕事してたじゃん

久留間悟

俺がそれ妨害して

渋谷大

妨害されたなんて思ってねぇよ

未だ冷たい指先が頬に触れる

渋谷大

お前が俺のこと好きでいてくれっから

渋谷大

あぁなっちゃうだけなんだろ

渋谷大

別にお前のせいじゃねぇよ

渋谷大

気をつけとかなかった俺が悪い

渋谷大

じいちゃんには申し訳ないことしたと思うけど

渋谷大

お前が祓っちゃったのは仕方ないと思う

渋谷大

だから

久留間悟

大ちゃんが悪いわけないだろ!!

肺の奥から絞り出したような声に、渋谷の目が見開く

唇に血が滲むほど噛みしめて、久留間はその目を見返した

久留間悟

優しいから付け込まれるんだよお前!

久留間悟

霊にも、タケルにも

久留間悟

俺にもさぁ!!

久留間悟

見た目そんななのに

久留間悟

なんでそんな

久留間悟

全部お前がさぁ……!

渋谷大

見た目関係ねぇだろバカ

悔しさを吐露する言葉に、ケタケタと笑う声が返る

その裏できっと心臓を痛みが襲っていることを知りながら

久留間は改めて渋谷を抱きしめた

久留間悟

……ごめんな大ちゃん

久留間悟

やっぱ俺、お前から離れたほうがいいと思う

弾かれたように、渋谷が久留間を見る

信じられない言葉を聞いたような、悲壮感すら覚えるその表情に

呪いも受けていないはずの久留間の心臓が痛んだ気がした

渋谷大

――やだ

久留間悟

一緒にいるとさ

久留間悟

絶対またこんな目に遭わせるし

渋谷大

俺とお前が、ちゃんと気ぃつけりゃいいだろ

久留間悟

好きすぎて無理

久留間悟

……分かってるだろ

久留間悟

今だって心臓、痛いはずだ

渋谷大

分かってるよ

渋谷大

だからなおさら

久留間悟

分かってんなら聞き分けてくれよ

久留間悟

お前にばっかり我慢させるとかさ

久留間悟

いくらなんでも耐えられ

瞬間、胸倉を掴まれる

渋谷大

なんでお前の都合で!

渋谷大

俺が失恋しなきゃなんねぇのか分かんねぇ!!

間近に迫ったその目は、青い瞳に反して赤く染まっていた

サキュバスの爪痕

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