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日本の名作シリーズ 夢十夜

日本の名作シリーズ 夢十夜

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Re:夢十夜(第三夜) 2

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2022年10月30日

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お父さん

自分は黙って森を目標にあるいて行った。

お父さん

田の中の路が不規則にうねってなかなか思うように出られない。

お父さん

しばらくすると二股になった。

お父さん

自分は股の根に立って、ちょっと休んだ。

子ども

石が立ってるはずだがな

お父さん

なるほど八寸角の石が腰ほどの高さに立っている。

お父さん

表には左り日ヶ窪、右堀田原とある。

お父さん

闇だのに赤い字が明かに見えた。

お父さん

赤い字は井守(いもり)の腹のような色であった。

子ども

左が好いだろう

お父さん

左を見るとさっきの森が闇の影を、高い空から自分らの頭の上へ抛げかけていた。

お父さん

自分はちょっと躊躇した。

子ども

遠慮しないでもいい

お父さん

自分は仕方なしに森の方へ歩き出した。

お父さん

腹の中では、よく盲目のくせに何でも知ってるなと考えながら、

お父さん

一筋道を森へ近づいてくると、

子ども

どうも盲目は不自由でいけないね

お父さん

だから負ってやるからいいじゃないか

子ども

負ぶって貰ってすまないが、どうも人に馬鹿にされていけない

子ども

親にまで馬鹿にされるからいけない

お父さん

何だか厭になった。

お父さん

早く森へ行って捨ててしまおうと思って急いだ。

子ども

もう少し行くと解る。

子ども

――ちょうどこんな晩だったな

お父さん

何が

子ども

何がって、知ってるじゃないか

お父さん

すると何だか知ってるような気がし出した。

お父さん

けれども判然とは分らない。

お父さん

ただこんな晩であったように思える。

お父さん

そうしてもう少し行けば分るように思える。

お父さん

分っては大変だから、分らないうちに早く捨ててしまって、

お父さん

安心しなくってはならないように思える。

お父さん

自分はますます足を早めた。

お父さん

雨はさっきから降っている。

お父さん

路はだんだん暗くなる。

お父さん

ほとんど夢中である。

お父さん

ただ背中に小さい小僧がくっついていて、

お父さん

その小僧が自分の過去、現在、未来をことごとく照して、

お父さん

寸分の事実も洩らさない鏡のように光っている。

お父さん

しかもそれが自分の子である。

お父さん

そうして盲目である。

お父さん

自分はたまらなくなった。

子ども

ここだ、ここだ

子ども

ちょうどその杉の根の処だ

お父さん

雨の中で小僧の声は判然聞えた。

お父さん

自分は覚えず留った。

お父さん

いつしか森の中へ這入っていた。

お父さん

一間ばかり先にある黒いものはたしかに小僧の云う通り杉の木と見えた。

子ども

御父さん、その杉の根の処だったね

お父さん

うん、そうだ

子ども

文化五年辰年だろう

お父さん

なるほど文化五年辰年らしく思われた。

子ども

御前がおれを殺したのは今からちょうど百年前だね

お父さん

自分はこの言葉を聞くや否や、

お父さん

今から百年前文化五年の辰年のこんな闇の晩に、

お父さん

この杉の根で、一人の盲目を殺したと云う自覚が、

お父さん

忽然として頭の中に起った。

お父さん

おれは人殺であったんだなと始めて気がついた途端に、

お父さん

背中の子が急に石地蔵のように重くなった。

終り

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