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ジェシーは、応接室内にある椅子に座りながら、呆気に取られていた。
突然ソマイア邸に、ある女性が訪ねてきたからだ。それも朝早くに。
いや、時間など関係ない。回帰前の平民生活と違い、公爵家での生活は使用人たちによって管理されているため、起床から食事、着替えに至るまで、全て済ませた後なのだから、何も困ることはなかった。
問題は、その女性から発せられた言葉にあった。
「と、いうわけなんです」
目の前に座る水色の髪の女性が、シレっと一昨日の出来事を報告したのだ。
コリンヌ・グウェインは、誕生日パーティーの翌日に王子宮に行ったことから話し始め、王子が不在だったこと。レイニスが茂みから現れたことを、淡々と言った。
早々にコリンヌが動いたことに、驚いたわけではない。ジェシーが最も驚かされたのは、レイニスと恋仲になったことだった。
「随分と、手際が良いのね。まさか、レイニスを落とすなんて思わなかったわ」
ジェシーのその一言に、足を組んでいるようには見えなかったコリンヌの足が、組み直したような錯覚を覚えた。
「それについては、私も意外な出来事でした。しかし、これで良かったと思っています。ジェシー様との取引が、無事に果たせそうですから」
「私は構わないけれど、レイニスを利用するということでしょう。貴女はそれでいいの?」
元々そのつもりで落としたのなら分かるが、先ほどのコリンヌの報告では、そんな感じには見えなかった。
利用するのなら、もっと冷淡に報告していたはずだからである。しかし、あの時コリンヌが発したレイニスの名前は、ただの駒と思っているような感じではなかった。だから、余計驚いたのだ。
「はい。そのため、取引の内容を少々変更していただきたくて。よろしいでしょうか」
私との取引が果たせそうだと言っていたのに、内容の変更、ということは……。
「貴女の愚行を握り潰すこと? それとも、援助の方かしら」
「その二つともです。代わりに私をジェシー様の側近、もしくはグウェイン家をソマイア公爵家の傘下にしていただきたいんです」
「側近はともかく、傘下なんて、貴女の一存で決めてしまっていいの?」
「私が何故、ランベール様を狙ったのか、ご存知ですか?」
質問を質問で返したことに怒りはしなかった。それよりもジェシーは、五年前のことを思い出すのに集中していたのだ。
なにせ、誕生日パーティーで言い負かすために、コリンヌの周辺を調べさせていたからだ。
しかしコリンヌは、あまり間を置かずに口を開いた。
「我がグウェイン家は、祖父が作った莫大な借金があったんです」
そうだ。思い出した。その借金を、王子から貰った宝石やドレスを売って、少しずつ返済していたと報告を受けたのだ。
敢えて王子も分かっていたのか、次から次へとコリンヌに与え続けていたらしい。
しかし、誕生日パーティー後、コリンヌは断罪され、グウェイン家は爵位を剥奪。残った借金は帳消し、つまり踏み倒した形となった。
それは、セレナが婚約破棄を望んだため、ゾド家が恩情をかけたからである。
「父と母に返済能力はなく、私一人でやっていたのですから、家の長としての権限を有していてもいいと思うんです」
「そうね。けれど、子爵は飽く迄も貴女の御父上だわ。あと、公爵家が子爵家を傘下に置くというのはね、ちょっと……」
「ダメなんですか?」
ダメではないが、とジェシーは口元に手を置き思案する。
「こういうのは、どうかしら。私の側近にお茶会を開いて貰うの。そこで、傘下になってもらえそうな家を選ぶといいわ。勿論、ソマイア家の傘下の令嬢たちを呼ぶから安心してちょうだい」
「しかし、私の評判は悪いんですよ。どこも傘下になんてしてくれません」
「そこで貴女の提案を受け入れる」
「側近にして下さるんですか?」
ジェシーは頷いた。
「そうすれば、この屋敷に出入りしても怪しまれない。あとは、お茶会を開いて貰うまで、多少は親密さをアピールする必要があるわね」
「具体的には、何をするんですか?」
「う~ん。明後日一緒に出掛けるのはどうかしら。護衛という名目で、レイニスも連れて」
コリンヌの報告を疑う訳じゃないが、確認も含めてレイニスに会う必要があった。
「分かりました。私の方で、彼に連絡しておきます。ただ、何故明後日なんですか?」
「お茶会を開いてくれそうな令嬢を、先に探したいからよ」
「そうでしたか。気が急いでしまい、すみません」
丁寧に頭を下げる姿を見て、ジェシーは思わず感心してしまった。
これが先日、王子の誕生日パーティーで会ったコリンヌ・グウェインなのかしら。媚びや反抗的な仕草が全く見られなかった。どこか、顔つきも変わったように思えた。
「貴女が変われたのは、レイニスのお陰ね」
「変わりました?」
「えぇ。それも良い方に。こないだの貴女も嫌いではないけれど、こっちの方が私だけではなく、他の者も良い印象を抱くと思うわ」
恋をすると、女の子は変わると言うが、これがそうなのね。その瞬間が見られて、私は何て幸運なのかしら。
「ありがとうございます。実は、レイニス様が借金を返済してくれることや、私の悪評が消えたら婚約者にしてくれる、と仰ってくれたので」
「まぁ! それじゃ、遠からず実現しそうね」
あのレイニスが人を騙すとは思えない。むしろ、そんなことをしたら、ロニに頼んで制裁して貰おうかしら。
「それで、ジェシー様からロニ様に頼んでいただきたいことがあって……」
「何? 何でも言いなさい」
今のジェシーは、恋する女の味方である。
「私とレイニス様が婚約する時に、ヘズウェー伯爵を説得する手伝いというか、助言をしていただきたいんです」
「身分的には悪くないと思うし、貴女の評判も良くなった後だとしても、借金の問題は看過できないものね。分かったわ、伝えるから安心して」
「ありがとうございます」
コリンヌは再び頭を下げた。先ほどよりも、深く長く。
***
応接室を出て行こうとするコリンヌに、ジェシーは素朴な疑問を投げかけた。
「もしかして、レイニスは前々から貴女のことが好きだったのかしら」
そうでなければ、いくら何でも展開が早過ぎる。ジェシーの中のレイニスは、コリンヌの誘惑に落ちた途端、すぐに婚約の話を切り出すような人間ではなかったからだ。
ヘズウェー伯爵家は騎士の家系であり、マーシェル公爵家の傘下。そんな軽い男ではないはず。その結果、導き出された疑問だった。
「はい。そう言われました。ランベール様の他の側近の方々は、私のことを小馬鹿にしていましたので、てっきりレイニス様もそうだと思っていたのですが、違うと」
「まぁ!」
「騎士の方って、想いが伝わり辛いみたいですね、ロニ様も含めて」
「え?」
何で、ここでロニの名前が。確かにロニも騎士だけど……。
「大きなお世話かもしれませんが、これから側近になるので、言わせていただきますね」
何? と思う暇もなく、コリンヌが続けて言う。
「ジェシー様も私同様、早く気づいて差し上げてください。ロニ様のお気持ちに」
それでは、とジェシーの返答を待たずに、コリンヌは応接室を出て行った。
「え? 同様? ロニの気持ち?」
つまり、ロニが私のことを好きってこと? 幼なじみとか、そういう意味じゃなくて……。
頭の回転が速いジェシーは、もう一度コリンヌの言葉をなぞり、意味を考える。けれど、どれも同じ答えに行き当たってしまう。その途端、赤くなっていく顔を両手で包み、
「ええぇぇぇぇぇぇ‼」
思いっきり叫んだ。