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花の法善寺横丁メカ

花の法善寺横丁メカ

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第1話

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2023年11月07日

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●第1話

「放してください」「行かないで!」

もみ合う男と女の向こう側を月が時速130㎞で飛んでいく。

「だいたいね、お客さん。これは加速装置じゃない。緊急停止ボタンだ」

「だから、急いでって押したの!」

女は泣き叫び取り付く島もない。

「これはタクシーじゃありません」

「お金なら幾らでも出すわ」

「出るとこに出ましょう!」

車掌はインカムで応援を頼んだ。

宮津20時ちょうど発の特急舞鶴。福知山を通過した地点で騒ぎが起きた。


歌劇|紅夕青月《こうせきせいげつ》の助演女優、凍月美子が緊急降板。

そんなニュースが料亭のカウンターに流れていた。

小皿に晩秋の彩があった。鱧の刺身は赤と白の美しい模様を持ち、氷の上に敷かれています。客の目の前で揚げたての天ぷらは、サクサクとした衣が香ばしく、香りが広がり。鉄鍋から立ち上る出汁の香りは、季節の鍋物の誘惑を運んでいる。

「ねぇ、お客さん」

返事は湯気と壁を越えた所にあった。

『ただいま電話に…』

「困るんだよなぁ。ノーショウってどうしようもねぇな……なんちて」

男は自虐的な笑いを取りパシャリとスマホを鳴らした。秒でいいね!がつく。


十分もしないうちに丹精込めた料理がフォロワーの舌を肥やした。

日付がかわる時刻。キュッと元栓を閉めて照明を落とす。月が静かだ。

「何やってるんだろうな。俺」



「男は赤い夕日を追いかけ、女は青い月を迂回する」

そんな演歌が流れる飲食店街。


板前の極造(きわぞう)は元南極学者。四十路を迎えて異動で現場を離れ不慣れな管理職に嫌気がさした。今は無関係な料亭でやりたい仕事をしている。端役女優の美子は懇意の座長に失恋し傷心のまま深夜便で実家を目指していた。車窓に寄り添う月が疎ましい。美子はかつて南極映画の考証で現場に来た極造の面影を忘れられない。噂では極造が実家近くの料亭に勤めているという。一方、極造は少子高齢化による人材難で元の職場から再三復帰要請を断り続ける日々に疲弊していた。仕事を終えて煌びやかな料亭から1畳半の簡易宿泊所に帰る道すがら見上げる月がついてくる。「俺はどこに向かっているのだろうか」と自問する日々。遠い汽笛にふと振り返ればチラと車窓に見知った顔が見えた。ような気がする。

時刻は丑三つ時を回っている。手の届く高さに赤い星があった。

【地下鉄戎橋筋新線(仮)第七掘削区】

極造は疲れた足取りで工事現場から寂寥とした夜道を歩いて帰路を歩む。LED灯の光が彼の足元を照らし、周りは漆黒の闇に包まれている。鉄筋コンクリートの壁が高くそびえ立ち、その影が不気味なまでに長く伸びている。

夜も昼もない喧噪が徐々に遠ざかり、極造は静かな夜の中で自分の足音を聞きながら前に進む。星空が広がり、高い位置に輝く赤い星が一つ、彼の視線を惹いた。その星は一瞬、彼の心に刺激を与えた。

しかし、その一瞬も長くは続かず、極造は再び自問する。この仕事は本当に自分の居場所なのか、どこに向かっているのか。疑念と不安が彼の心を覆い尽くす。

そして、彼の視界には工事現場の灯りがさらに遠ざかり、冷たい風が夜空から吹き抜ける。極造の不安と孤独が、この寂寥な夜道に深く染み込んでいる。

「こんな時間に……閉まってるよな」

極造はうなだれた。シャッターには善哉の椀。スイーツは鬼門だ。好物だが。

さらに歩みがにぶる。水溜りを月が泳いでいた。

「晩秋の月は青くない。そうさせているのは大気中の硫酸塩粒子だ」

そんな知識どうだっていい。無価値で無意味で今は無所属の身分だ。

なのに掃い切れない過去の埃。

同時刻。

厚化粧の女がスカートをつまんで路地裏を駆ける。

『喫飯了歿有?』

「干的好」

認証に合格しガラッと格子戸の隙間から腕が伸びた。

「これでチャラよね?」

女は両手で白い棒を抱えている。

「現金ではないな?」

しわがれ声がいぶかしむ。

「価値はこれくらい」

女は十本指を伸ばした。

「わかった」

輪ゴムで束ねたおひねりが飛んできた。

「少なっ!」

彼女は露骨に不平を漏らした。

「なん……だと?」

空気が凍り付く。

「枚数じゃなくて桁、桁が違うの!」

花の法善寺横丁メカ

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