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最高の旦那様

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21

第21話 旦那様は水晶カード保持者。2

2024年01月22日

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気持ちを切り替えて、教会炊き出しの手伝い会場へ向かう。

結婚式は教会内。

炊き出しは裏庭で行われるので人がかち合うこともない。

孤児たちがこっそりと式を覗くぐらいはご愛嬌といったところ。

度を超してしまえば寄附金が減額されると、常日頃から念入りに教育されているらしく、一人二人は暴走しそうな雰囲気にも関わらず、決められている境界から足を踏み出す愚は犯さないようだった。


「依頼を受けてくださった冒険者の方でしょうか?」


良い年の取り方をしたなぁ、と思わず微笑を浮かべてしまう柔和な表情をした老年のシスターが現れる。


「この教会を任されております者です。本日はよろしくお願いいたします」


「こちらこそよろしくお願い……あ! 彩絲! 食材って……」


「御方が詰め込んでおられるだろうから、人払いをして確認をするのじゃ」


「え? 普通は教会から食材提供があるんじゃないの?」


教会=寄附の印象が強かったせいで、食材は冒険者で用意すると思い込んでいたが、よくよく考えてもみれば冒険者がそんな金にならない仕事をするはずもなさそうだ。


雪華の声で思い返した。


「申し訳ありません、シスター。当方の認識不足で恐縮ですが、今回の炊き出し手伝いには、食材の準備は入っておりますでしょうか」


「基本的には、こちらで準備してある食材をお使いいただくように手配してございますよ」


おっとりとした笑顔の皺が深くなった。

基本的には、ということは。

寄附をしてくださってもよろしくてよ? と遠回しに言われていると、空気が読める日本人は思う。


「それでは食材の確認をして、不足があるようでしたら提供いたしますね」


王都の教会ともなれば、他よりは援助も容易いはず。

結婚式を覗いていた子供たちの笑顔は明るく、異様に痩せ細った子供もいなかった。

寄附をするのは吝かでもないが、もっと困っている教会があるだろう、と申し出は控えめにしておく。


「随分と収納力のある、鞄をお持ちですね?」


にもかかわらず、何だか嬉しくない探りを入れられた。

確かに持っているバッグは、教会の炊き出しに対応できる食材が入っているとは到底思えない小さい物だから、素朴な疑問といえるのかもしれないけれど。


「……探りを入れるのは止めてもらおうか。不愉快じゃ」


私の不快感を素早く感じ取った彩絲が、強い言葉で牽制する。


「これは、誠に申し訳ありません」


深々と礼節を極めた所作で謝罪をされた。

元々は高貴な出の方なのかもしれない。

しかし、腰が痛そうだ。


「キッチンはどこ?」


「こちらにございます」


見た目より若いのだろうか、足取りは想像以上に軽やかだ。


「良い人だと思ったんだけど?」


この手の勘は外さない方だ。

シスターに悪意は見えない。

年の割に好奇心が強い程度の印象だった。


「悪い者ではないぞ。ただ、主を値踏みされるのは業腹じゃからの」


「ふふふ。ありがと」


小さいとはいえ王都にある教会だ。

私が考えるよりずっと、やり手なのかもしれない。

自分の直感よりは、彩絲の心配を優先しよう。


「手伝いが必要な段階になったら、呼びますので」


「最初からいた方が、手早くできると思うのですが……」


「運んでいただくだけで結構ですよ」


尚も言い募ろうとするのを結界で弾く。

皺に埋もれていた瞳が大きく見開かれた。

一瞬だけ見えた子供のような好奇心に、悪い人ではないが面倒な人かもしれない、と頭の中でやれやれと肩を竦める。

こういうタイプには粘着される傾向にあるので、苦手意識が強い。


「教会の炊き出しといえば、スープよねぇ。せっかくだから豚汁にしちゃおっかなぁ」


気持ちを切り替えて用意された食材を確認する。

キッチンには、じゃがいも、にんじん、たまねぎが山ほど積んであった。


「あ! 豚汁大好き!」


「うむ。楽しみじゃ!」


二人も賛成してくれたので、教会が用意した食材を刻んで鍋に入れてもらうように指示をする。


「ふっふ。幻桜庵で料理スキルは取ってるから、バッチリなのよね!」


幻桜庵の料理長は、王宮料理とサバイバル料理と家庭料理のスキルを持っていた。

王宮料理にも驚いたが、サバイバル料理にはもっと驚いた。

リゼットほどではなかったが、ステータスが高かったので、もしかしたら戦う料理人さんだったのかもしれない。


「主なら、スキルがなくても作れそうな気がするけどね」


「確かにな」


豚汁の具材は+豚肉、大根、こんにゃく、長ねぎがお勧めですよー、と夫の声が響くので、指輪に向かってほしい具材を念じる。

大人数仕様に相応しい野菜がどん! と作業場に現れた。


「肉をこんなに入れるんだ!」


「豚汁だしねー」


目をきらきらさせる雪華に頷いて、こんにゃくを手千切《てちぎ》りで処理する。


「……鬱陶しいのぅ」


彩絲がプロの料理人も真っ青のスピードでじゃがいもとにんじんの皮を剥き終えて、大根の皮剥きに取りかかりながら溜め息をついている。


目線の先には凄まじい顔で結界を解除しようと暴走するシスターたちの姿があった。


「あるじー!」


やっちゃだめ? という雪華の副音声が聞こえたので、豚汁に必要な調味料を取り出してから、結界を解いた。


「「「「きゃあああ!」」」」


甲高い悲鳴とともに転がり込んできたシスターたちを睥睨する。


「毒の警戒でもされているんですか?」


「と、とんでもありません! ただ、どんな食材を使うのか知りたかっただけでございます!」


彩絲が無言で首をしゃくる。

シスターたちの目は、豚肉に釘付けだ。

夫が野豚狩りをしたときの肉で、市販されているより高級らしい。

食材を取り出すとき、頭の中に情報が浮かんだ。


「ここにある物で全部だけど、何か問題あるの?」


両手包丁で大根を高速扇切りにしている雪華の、鋭い視線に答えられたのは責任者のシスターだけだった。


「何の問題もございません!」


「じゃあ、作業の邪魔なので静かにしていてください……食材に手を触れないでください。触れたいのなら、きちんと手を洗ってください」


豚肉にそろそろと手を伸ばしたシスターが、即座に手を引っ込める。

衛生観念が心配になってきた。

教会ならきちんとしていると思ったのだが。


二人が絶妙な温度調節と時間促進で鍋を煮立たせる段階では、全員が口をぱかーんと開けて凝視している。


今までの冒険者は、そこまでやらなかったのだろう。

生活を便利にするときにこそ、魔法は使うべきだと個人的には思っているけれど、自分のように、魔力無限大でもないとなかなかそういった域に達せないのかもしれない。


出汁と味噌を入れると、二人が具材の形を損なわないように丁寧に掻き混ぜてくれた。

すばらしいサポートだ。

夫が教えたのだと思う。


「どう?」


お玉に入れた豚汁を二人の口へ運ぶ。

口にした途端、二人の表情がへにゃんと崩れた。

美味過ぎる! 最高じゃ! と目が語っている。


「……御飯って、あんまり馴染みがないのよね?」


「パンの方が一般的ではあるな」


「何パンがお勧めかしら?」


「御方がいろいろと試しに作った、お試しパンセット百人分でも出せばいいんじゃないのかな?」


「じゃあ、それで。あ。こちらの鍋、運んでくれますか? それからパンを入れる籠を用意してください」


寸胴鍋五つを指差すも、シスターたちは動かない。


「……別に一鍋を作っておきますから。あとでゆっくり召し上がってください」


途端に動き出す。

口元を拭うシスターが何人もいた。


「シスターたちの食事は足りているのですか?」


あまりにも飢えた獣《けだもの》状態だったので問う。


「子供たちを優先いたしますので、どうしても満腹とはほど遠い食生活になっております。また、この教会は元々身分の高い者が何らかの事情で身を寄せている例が多いのです。久しぶりの高級食材を大量に見て昔を思い出してしまったのでしょう。お恥ずかしゅうございます」


責任者の声が聞こえたのか、シスターたちの顔が赤い。

羞恥を失っていないのならば、日々子供優先の清貧な生活を送っているのだろう。


「……シスターたちの分と、子供たちの分を肉増量で一鍋ずつ作っておきます」


「ありがとうございますっ!」


「ごちそうさまです!」


「まぁまぁ。のぶたんのお肉を満足するまでいただけるなんて……教会に来る前でも、ありませんでしたわ!」


野豚=のぶたんが正式名称らしい。

冗談かと思って情報をスルーしていた。

ちょっと可愛い。


「礼を尽くすのはすばらしいことですが、仕事も迅速にこなさねばなりませんよ!」


「「「はい、マザー!」」」


ちょっと軍隊っぽいノリだった。


「籠をお持ちしました!」


古びてはいるが、きちんと編み込まれた籠が置かれる。

さすがは責任者と思うマザーが持つスキルの中、浄化スキルを発動させて、こっそりと古い籠の汚れを取っておく。


マザーが目を丸くしたが、何も言わなかった。

これなら大丈夫かと、指輪の中からパンを山盛りにして取り出す。


今度は高速で瞬きされたが、念の為。


「他言無用でお願いいたします」


と口止めすれば。


「結界を張られる意味を重々理解いたしました。数々の御無礼を伏してお詫びいたします」


と言われ、床に座り込もうとするので雪華に止めてもらう。


「教会とはなるべく良好な関係を築いていきたいと考えておりますので……」


「有り難いお言葉に感謝いたします。シスターたちにも、他言・詮索無用を徹底させます。子供たちには……少々誇張した説明をさせていただくかもしれませんが、お心に添うようにいたしますので、御了承くださいませ」


一時は冷や冷やしたが、私の価値を冷静に判断してくれたらしい。

友好的な関係が構築できそうで何よりだ。


キッチンを出ると、既に食事を求めて大量の人が並んでいる。

様子を見ながら追加しようと思いつつ、背後に控えた。


「今回の炊き出しは、尊い冒険者様の御厚意によりまして、のぶたんの具だくさん味噌スープとパン各種をお配りいたします。とても美味しい物でございますが、決められた量を守って、より多くの皆様とともに喜びを分かち合いましょう!」


並んでいる人々から大きな喜びの声が上がった。


のぶたんだってよ! すげー!

高位の冒険者なのかな? のぶたんて強かったよね?

おいおい! パンも見たことねーのあるぞ。

食べ終わったら他の奴らも呼んでこようぜ。

ズルだけはすんなよ! ガキどもにも徹底させろ!

ここのマザーは容赦ねぇ魔法を使うからなぁ……。


容赦ない魔法が気になるところだが、スキル・雷撃が関係している気もする。


器を持っている者、いない者で分かれて列ができているようだ。

私は器を持っていない人の列を担当した。

子供には木杓子二杯。

大人には木杓子三杯。

入れるそばから、彩絲が器に木のスプーンを入れて手渡し、雪華がパンを持たせている。


慣れているのだろうシスターたちよりも素早いのは、夫とともに散々似たような経験をしているからに違いない。


分量を考えた上で、マザーがさくっと終了の旨を伝えたが、不満の声は上がらなかった。

何時もより遥かに多い量の上、比べものにならないくらい美味しかったかららしい。

追加を出しても良かったのだが、甘やかしすぎはよろしくないのだろう。


また依頼を受けてほしいという声には曖昧に答えたが、感謝の声は気持ち良く受け取らせてもらった。



自分の食べる分をしっかりと確保したマザーから渡された評価は水晶だった。

ただし追加報酬はお金ではなく、最新教会関係の素敵裏情報の詳細を冊子で提示された。


全体的に見れば善良に偏っていたので一安心。

各種犯罪に手を染めている教会は、手を出してくるのなら全力で抗う所存だ。

その際には存分に冊子を活用させていただく予定。


依頼の対価としては明らかにもらいすぎだったので、指輪からスイーツセットを取り出して渡した。

高貴な身分だったならと思ったセレクトは最高だったらしい。

マザーは、ありがとうございます! とマザーらしくはないのだろう大きな声で礼を言って、子供のように無邪気に笑った。

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