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※※※
「……まあ! お兄様見て、あれは何かしら?」
「あれはジプシーのサーカス団だよ。どうやら、ちょうど帝都に滞在していたようだね」
翌日、帰り支度も程々に済ませた私は、兄と共に昼食を済ませるとその足で城下町へと来ていた。そこで目にするものはどれも新鮮で、私はその光景に心躍らせると瞳を輝かせた。
中でもとりわけ私の関心を奪ったのは、ジプシーと言われる移動民族によるサーカス団だった。
「あれが、サーカス団……。初めて見たわ」
ピタリとその場で足を止めた私は、目の前で繰り広げられてゆく光景に釘付けになった。
炎や紐などといった道具を用いた芸はどれも大変に素晴らしく、行き交う人々の足を次々に止めては、その周りに沢山の人集《ひとだ》りを作ってゆく。けれど、私を含めた多くの人々の目を惹きつけたのは、綺麗な衣装を身に纏《まと》いながら華麗なステップを踏む、とても美しい踊り子の姿だった。
「なんて綺麗なのかしら……」
ポツリと小さく声を漏らすと、美しく舞い踊る踊り子の姿を見て感嘆の息を漏らす。
初めて目にするジプシーのダンスとは、私が今まで学んできたどのダンスとも異なり、とても自由で生き生きとして見える。それはまるで、光の妖精が喜びを体現しているかのように眩《まばゆ》く、見る者の心を惹きつけて止まない。
軽やかなステップを踏む踊り子の姿を見つめながら感心していると、その先にチラリと見えた一組の男女の姿に驚き、私は思わずその瞳を見開いた。
───!!
一瞬で見えなくなってしまったその姿に、私は焦って首を動かすと辺りを見回した。
そんな私の様子を隣で見ていた兄は、不思議そうな顔をすると口を開いた。
「リディ、どうかしたのかい?」
「──!? ……いいえ、なんでもないの。知り合いの姿が見えたような気がしたのだけれど……私の勘違いだったみたいだわ」
自分に言い聞かせるかのようにしてそう答えると、兄を見上げて小さく微笑む。そんな私を見て微笑み返してくれた兄は、サーカス団へと視線を戻すと再び口を開いた。
「ほら見てごらん、リディ。火の輪潜りをしているよ……凄い芸だ」
「ええ、本当に……凄いわ」
そんな返事を返しながらも、トクトクと高鳴る胸に心の落ち着かない私は、どこか遠い気持ちのまま目の前の光景を眺めた。
先程見えたあの男性は、一瞬だったけれどその横顔はウィリアムの面差しによく似ていた。そう見えてしまったのは、きっと昨日ウィリアムのことを思い出してしまったせいなのだろう。
都市リベラで任務に就いているはずの彼が、この帝都にいるはずもないのだ。仮に帰ってきていたとしても、帝都で騎士として勤めている兄が知らないわけがない。その兄から何も聞かされていないのだから、きっと私の見間違いだったのだ。
そうは思っても、先程見た光景が頭から離れない。
(……いいえ、違うわ。あれは人違いよ)
綺麗な女性を伴って歩いていた男性。その姿が、どうしてもウィリアムの姿と重なって見えてしまい、心の奥底に閉じ込めていた感情が湧水のように溢れ出てくる。
(あんなに辛い思いをしたというのに……っ。まだ、忘れられないというの? ……ダメよ、リディ)
そう自分自身を説き伏せると、私は溢れ出そうになる涙を必死に堪えた。
そんな私の姿を、妖しい瞳で兄が見ていたとも知らずに──。
─────
────
それから夕刻頃に屋敷へと帰って来た私は、家族と共に夕食を終えると一人自室に籠っていた。
今日見た光景がどうしても頭から離れず、私の脳裏に浮かんでくるのはウィリアムのことばかり。そんな自分が情けなくて、窓から覗く月明かりを見上げて小さく溜息を零す。
(忘れたはずよ……。もう、考えてはダメ)
四年も音沙汰がないというのに、似た風貌《ふうぼう》の男性をチラリと見かけただけで、こうも私の心を掻き乱してしまうウィリアム。それ程に、私の中でウィリアムという存在は大きかったのだ。
幼き日に出会い、まだ子供だった頃に突然の別れを迎えてしまった、あのウィリアムとの甘いひと時。恐ろしいまでの妖艶なる美貌や、彼の仕草。その陽だまりのような暖かな温もりは、こうして思い描くだけでこうも鮮明に蘇ってくる。
「元気にしていらっしゃるのかしら……」
ポツリと小さな声を零すと、私は見上げた夜空にウィリアムの姿を思い浮かべながら、その懐かしい想いに胸を痛めたのだった。