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テラーノベル(Teller Novel)
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フレアは初めて足を踏み入れたその場所の空気に飲まれ、緊張していた。 重厚な門戸から出入りするのは屈強な戦士や、特製の魔道具をしつらえた歴戦の冒険者ばかり。たかが十歳の、どちらかと言えばモンスター寄りの姿をしたフレアが遊びにくるような場所ではなかった。


ゴクリと息を飲んでから、全身を包む黒の上着の袖を少しだけ捲って、重厚で冷たいフロールメタル製の扉を体重をかけて押し込んだフレアは、ゼピアからの異動を希望する者たちでごった返すギルド事務局内を言葉なく見回していた。


「ボーッとするな。さっさとしないと、どれだけ時間があっても足りんぞ」


イチルに声を掛けられて我に返ったフレアは、各種様々ある専用の窓口を指さしながら、丁寧に文字を確認し、それらしい二つに絞り込んだ。しかし片や長蛇の列ができ、片やガランと空いていて、運任せに選択するには決め手にかけていた。

頭上にはてなマークを漂わしたフレアは、イチルを頼って顔色を窺った。 しかしイチルは他人のふりをして、わざとらしく他の冒険者に話しかけたりしていた。


「ムグググ、意地悪犬め。難しい字、読めないこと知ってるくせに」


「さっさとしろ。グズグズしてるなら先に帰るぞ」


歯が磨り減るほどイチルを睨んでから、フレアは近くにいた冒険者の女に話しかけた。 しかしとんでもない剣幕で邪険にあしらわれたフレアは、「真っ黒の格好した顔色の悪いガキがチョロチョロするところじゃないんだここは!」と手払いされてしまった。


「プププ、わざわざ長時間待たされて苛立ってる冒険者に話しかけるとは。これだからガキは面白いぜ。しかも|真っ黒の格好した顔色の悪いガキだって、プププ」


顔を赤くしてはにかんだフレアは、イチルの足をギュッと踏みつけてから、空いていた片方の窓口のギルド職員に話しかけた。 フレアの背格好を見るなり明らかに迷惑そうな顔をした職員は、「なんだいお嬢ちゃん?」と抑揚なく言った。


「あの……、ダンジョンに人を雇いたいんです。どこで受付をしたらいいですか?」


「ダンジョン。お父さんの代わりにダンジョン入場の手続きをしにきたのかな?」


「ち、違います。わ、私のダンジョンに、人を雇いたいんです」


「私の? ハハ、冗談はいけないよ。それじゃあまるで、お嬢ちゃんがダンジョンの管理者みたいに聞こえちゃうよ。ここは新規の求人申請を受け付ける窓口だから。入場の申請ならば隣の列だよ、ほらほら、あっちに並んで」


適当にあしらわれ憤慨したフレアは、「ならここで合ってます」と持参した書類の束を職員の前にボンと置いた。あんまり喧嘩腰になるなとフレアの耳元で囁いたイチルは、担当者と目を合わせぬようにフレアの隣に腰掛けた。


「ここでって……。お嬢ちゃんが求人の募集を? ここは人造ダンジョンの求人申請窓口だよ。わかってる?」


「わかってます、私が申請するんです。ダメですか?!」


「ゴホン」と咳払いしたイチルに気付き、フレアは今一度襟を正しちょこんと座り直した。 ため息まじりに仕方なく対面に座った職員のヒューマンは、「どのようなご用件で?」とまた抑揚なく言った。


「AD《アトラクションダンジョン》で働いてくれる冒険者さんを探しています。条件はここに書いておきましたので見てみてください」


フレアから受け取った紙を視力矯正用の魔道具を使いまじまじと読み上げた職員は、怪訝な顔のまま、紙とフレアの顔とを交互に見回した。


「なんですか、なにか問題でも?!」


「いいえ。……ところで、これは本当にお嬢ちゃんが? それとも、お連れさん?」


「自分で書きました。こ、この人はただの立会人ですから、気にしなくていいです!」


「……本当に?」


「本当に本当!」


トントンと紙束を揃えた職員は、ひとしきり必要事項を確認し終えると、指先に魔力を込め烙印をポンと押した。イチルは「ほ~」と思わず声を漏らしたが、どうやら当人であるフレアは、その事実にまだ気付いていないようだった。


「あ、あの、それで大丈夫そうですか。実は私、まだ十歳で、ここにくるのも初めてなんです。だから、ええと、なんでも頑張りますから、よろしくお願いします!」


「はい、ですから書類は受理いたしましたよ。ということで、これから募集をかけてまして、人が集まりましたらまた改めてご連絡を差し上げます。恐らくですが、すぐそれなりの人が集まると思いますよ。この不景気ですからねぇ」


「はい、何でも頑張ります! ……って、ふぇ?! 受理されたってもうですか!!?」


「ええ、ちゃんと必要事項も記入されていますし、中身も問題ありませんでした。ところであの……、もう一度だけ確認しますが、これ本当にお嬢ちゃんが?」




――こうしてトントン拍子に進んだ冒険者募集の求人は、イチルとフレアが互いに顔を見合わせ笑ってしまうほどの数が集まり、予想外に頭を悩ますこととなる。


やはり街の主産業がなくなってしまった影響は大きく、主にサブ職や上層階でうろついていたような『あぶれ冒険者』を中心とした応募が多数を占め、それなりに特色ある顔ぶれが揃っていた。


「顔ぶれはそれなりだな。ところで、どんな人物を採用するつもりだ?」


「どんな? ……どんなだろう??」


「どんな奴を採用するかによって、仕事の幅も決まってくる。無意味な能力の冒険者を雇ったところで意味はない。しっかり考えろ」


「でも私……、人にお仕事なんて頼んだことないし、どんな人を雇うかなんてわかんないし」


ギルド経由で集まった冒険者の情報を元に、イチルは焦点の合わない目を細めながら、フレアは読めない文字と辞典とを見比べながら、及第点に届く冒険者に目星を付けていった。 当初は既に目ぼしい人材が流出し、理想に添える人物がゼピアに残っているか怪しいと目論んでいたものの、何より有事だったことが幸いし、通常ではありえないタイプの者も集まっていた。

タイミングとしてはベストだったなとイチルはひとりほくそ笑んだ。 しかし反対に、数が多すぎていよいよ嫌気がさし、癇癪を起こしたフレアは紙束を豪快に放り投げた。


「あ゛ー、もう全然わかんない。字が読めないし、誰を選んでいいかもわかんない!」


「また泣き言。もう少し根性のある奴かと思ったが、とんだ買いかぶりだったな」


「400歳の老犬と十歳の私を一緒にしないで。私は読めない文字も勉強しながら考えてるの。犬男とは違うの!」


「こっちだって老眼でしょぼくれた目を擦りながら仕方なく手伝ってやってんだろ。いちいち文句言うな、さっさと選べ」


フレアが最低限と定めた基準をベースに紙束を選別し終えた頃になると、既に募集開始から数日が経過していた。ようやく20人まで絞ったところで、いよいよイチルはフレアに最も重要なポイントを伝えた。


「わかってると思うが、予算は無限じゃない。今回は半年で500万ルクス。それ以上はビタ一文出す気はない。能力とスキル、施設で管理可能な人数と仕事とをきっちり計算し、それぞれ適切な数で振り分けること。当然だが、応募してくる者全員に希望する予算や日程がある。どれだけ能力が高くとも、要求する給与の水準が高すぎれば《ごめんなさい》だ。わかるな?」


指折り金の計算をしながら、ああでもないこうでもないと数字を当てはめたフレアは、今回の金額と設備規模だと、せいぜい三、四人雇うのがやっとと決めた。 しかしイチルは、書き込まれた数字に難癖をつけるように言った。


「もちろん金もくれてやるわけじゃない。これはお前に貸してやる、いわゆる借金の額だ。金額に見合う能力の者を雇い、そいつらを使って少しでもいい、金を稼げ。単純に設備を直すだけでは駄目だ、同時進行で金を生み出す手段を考えろ」


また新たな課題と借金を突き付けられ、フレアの顔色が一段と紫に染まった。「お前は朝顔か」というイチルのツッコミすら耳に入らず、フレアは溶けたゾンビのようにテーブルに突っ伏した。


「難しすぎるよ~。お金の計算に、お給料の計算に、能力やスキルまで全部管理するなんて、私には無理だよぉ」


「なら人や金の管理をできる奴を雇えばいい。ま、俺なら自分でやるけどな」


より一層険しくなったフレアの額のシワをピンと弾き、イチルは荷物片手に小屋の扉を開けた。間の抜けた声で「どこ行くの?」と聞くフレアに対し、イチルは心底馬鹿にしたように言った。


「な~にを言っているんだお前は、これから採用希望者の面接だろ。テメェは紙に書かれた人物の顔も見ずに採用するのか。ふざけてるなら、やっぱクビだな」


ハッと思い出し面接の日程を確認したフレアは、何の準備もしていなかった事実に気付き慌てふためいた。しかし知ってか知らずか、既にランド敷地内に集まっていた採用希望者は、事前に指定されていたフレアの小屋の前に列を作り始めていた。


「じゃあ一人ずつ入れてくぞ。準備いいな?」


「え、ちょっと待って、まだ準備なんて?!」


「では最初の方からこちらへど~ぞ。残りの皆さんは外に用意した椅子に腰掛けて待っててくださいね~と」


失礼しますと入ってきた冒険者よりも緊張した面持ちで、フレアは「ハヒッ!」と返事した――


不景気に沈む冒険者たちは、それこそ必死に面接に望んでいた。 中には雇用主が子供であることに呆れて途中退席する者もいたが、一時的な金を得られるだけで構わないと考える者も多くおり、謀らずも緊迫感のある時間が続いた。


「あ、あの、お仕事にはいつから入れますか?」


「明日からでも可能です。とにかく今は、どんな仕事でもさせていただく所存です!」


「は、はい。わ、わかりました。あの、け、結果はギルドを通して報告しますので、どうか、よろしくお願いします」


「こちらこそ、是非ともよろしくお願いいたします!」


ハキハキと挨拶をして出ていった採用希望者と対照的に、フレアはぐったりと肩を落とした。 数時間を要し、ようやく残り一人までこぎつけたものの、途切れることのない緊張感の連続で精神状態は限界に近く、固まった顔の筋肉は硬直し引きつっていた。 そのうえ頭を整理する時間すら与えられず、全てが手探り状態のフレアが混乱するのも無理はなかった。

イチルはフレアの様子を気にするでもなく、最後の冒険者に声を掛けた。 しかし待機所には誰もおらず、返事はなかった。


「最後の一人は遅れているようだな。もう打ち切るか?」


「ハヘッ?! な、なんですか?」


「もっと集中しろ。俺をアテにしているなら無駄だぞ、採用するのはお前なんだからな。俺は今回の採用に関して口出しはしない。……で、残りの一人、どうするんだ?」


「もう少し待ちます。ええと、……日が落ちるまで!」


「気が長いことで。俺なら遅刻野郎など即刻不採用だがね」


間が開いたことで、ぐしゃぐしゃになっていた書類の束を片し、心を落ち着かせるように深呼吸したフレアは、両手を大きく開いて子供らしくノビをした。しかし幼気な安堵感を引き裂くように、なんの前触れもなく恐ろしい勢いで扉を開けた何者かは、肩で息をしながら、半べそ状態で叫ぶように言った。


「お、お、遅れてしまいました~。申し訳ごだいませ~ん!」


全身を痙攣させて怯えるフレアと、呆気にとられたイチルを上回る勢いで、小屋に飛び込んだ女はわんわん泣きはらしながら土下座した。 やめろやめろと止めるイチルの静止も聞かず、小汚い作業着を着た大柄のハーフエルフ女は、床に汚れを擦り付けるように何度も何度もひたいを打ち付けながら、腹でも掻っ捌かんばかりに懺悔の言葉を並べて侘びた。


「こ、こうなれば死んでお詫びをば、死んでお詫びをば!」


手入れの行き届かないパサついた長い緑髪をなびかせ、今にも自死しそうな女の襟首を掴んだイチルは、面接用の椅子に女を座らせ、「最後の一人です」と合図を出した。 座ってもなおバタバタ慌てた女は、目の前にたたずむ黒服かつ薄紫色の顔をした子供を発見するなり、強張った顔をさらに強張らせた。


「こ、こ、子供アンデッド?! そうだった、たしかここはアトラクションダンジョン、通称AD。モンスターがうろついていてもおかしくないんでした!」


錯乱し、失言の限りを尽くした女は、フレアに向けて悪霊退散、悪霊退散と十字を切りながら怪しい呪文を唱えた。イチルとフレアは、無言のまま押し黙り、ただ深く腰掛け、女が落ち着くのを待った。


『天にまします我らが神よ。どうか、どうか目の前におります《 か弱きモンスター少女 》を、罪なき者の姿に代え給え、どうか、……どうか!』


ふくよかで豊満な胸元から取り出した人形を天に掲げ、女はしばしそうして祈りを捧げていた。イチルとフレアはただただ無言のまま、一連の流れを一点見つめで傍観していた。

祈りを終え、風の音が聞こえるほどの無音が続けば、嫌でも現実が身につまされるものである。 目の前にいる死んだ目の子供が面接官だと気付いた頃には後の祭り。これ以上ないほど真顔の面接官を前にして、ハーフエルフの女はただ怯え、ただ泣いた。


「申し訳ごだいませ~ん。遅刻した上、面接官様をモンスター呼ばわりなんてどうしようもありませ~ん。こうなれば、やっぱりここで腹を掻っ捌いて死ぬしか、死んじゃうしかありばせ~ん!」


今度は胸元から小さなナイフを取り出し自分の腹を刺そうとしたので、仕方なくイチルは女の手元からナイフをはたき落とした。もう場は荒れ放題である。


「よくもこんなのが最終選考まで残っていたものだ。少し落ち着け、アンタ」


ナイフを回収し、再度女を座らせたイチルは、フレアに目で合図した。 目の前に腰掛けた奇人に怯えつつ、フレアはどうにか気を取り直して質問した。


「あ、あの……、お名前は?」


「あう~、フレアです~。《フレア・ミア》です~」


「え、フレア? 私と同じ名前だぁ」


「あ、そうなんですか?」


だからどうしたという不毛な会話から始まった面接は、ミアという女の異常さに引っ張られ、少しずつ、そして確実に脱線した。


しかしそれはそれ、これはこれ、である。 イチルは口を挟まぬようにしながら、しばしその異様な会話を聞いてみることにした――

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