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その静けさが高橋を更に急かした。
いつもならその静けさに対して何も思わない高橋だったが、今日だけは別だった。一歩一歩の歩幅がドンドン早くなって、ついには速歩きをしだした。
正直に言えば、森沢という担任は、普通という言葉がピッタリな凡人だった。 ただ学校にいる、自分たちの担任。それ以上でもそれ以下でもなかった。
なら、何故今自分はこんなにも焦っているのか、それは森沢という担任が他の担任と比べて圧倒的に親しみやすい、高く言えば〝特別〟だからだった。 森沢智彦という担任はノリが良かった。話しかけやすかった。悩み事も話せる程度には、自分含めクラスの生徒たち皆から信頼されていた。
早く早くと急いでいると、信号が赤に変わった。思わず顔を顰める。口から出そうになる舌打ちをなんとか飲み込んで、静かに青に変わるのを待ち続けた。
少し待つと信号はすぐに青色へと色を変えた。やっと学校に行ける。そう思って足を前に出したとき、背中に小さな衝撃が加わった。
思わずなんだ、誰だ、と勢いよく後ろを振り返れば、そこには先程からずっと語られていた森沢智彦の姿があった。
「よっ、高橋。おはよーさん」
森沢はまるで同級生のような話し方で挨拶をしてきた。しばらく脳内で処理して、ようやくやっと目の前にいるのが自身の担任だと気づいた。
「森沢先生、……おはようございます」
「ん、それにしてもこの時間から通学なんて偉いなぁ。俺感激で褒めちゃう」
そう言いながら森沢先生は高橋の頭をガシガシと撫でた。乱暴だけど優しい手、高橋はその手が好きだった。
だからこそ、今日見た夢はただの悪夢だと、信じた。いや、信じる、というより、言い聞かせた、のほうが的確だろうか。あんなのは只の悪夢だ。なぜなら己の担任は今ここに居て、自分と会話をして、生きているのだから。
高橋は自身の担任と他愛ない世間話をしながら、心の中で悪夢にソっと蓋をした。