「凪ちゃん」
聞き馴染みのある声と、シトラスの香り
彼がよく使う香水の匂い
「……おせぇよ…てか、それ私の眼鏡…」
「道に落ちてた。君の眼鏡のインジケーター、出し方に苦労したんだけど」
ああ、そういえば
もし何かあった時の為に、ブローチ部分に小さなセンサーが付けていたんだっけ
このセンサーは私の危険があった時、インジケーターに信号が行く仕組みで、もし本当に私だけでは解決できないものだった場合眼鏡を置いていくのだが…
あれ、これもしかして奇跡的に助かったかんじですかね
文句を言いながら彼は私を縛っていた縄をナイフで切り、再利用するかのように銃弾で撃たれた左脚をキツく縛った。
「撃たれてどれくらい経ったか分かる?」
「……おそらく、既に、数十分は…」
「寝るな馬鹿、運んでやるから早く帰るよ」
「っ゙…こういう時は…やさしい、ですね」
身体を動かされ、激痛が走る
それに今、彼は優しく接しているけれど、焦っている。
暗殺者に焦りは禁物だと、いつの日かお前が言っていたのに
これじゃあ、どっちが馬鹿なんですか
頭と、特に足からの流血は今で止まっていない
段々と息が浅くなり、先程のように視界がぼやけてくる
多流血で動かない身体、思考能力の低下、体温の低下、今起きているめまいや息切れ
このままでは、後遺症が出来るかもしれないし、もしかすれば
最悪のケースにもなりかねなかった。
「……セラ夫、はなし…きいてくれますか」
「今重要な話なの」
救急車なんてもの、私達は呼べない
銃弾が撃ち込まれていて、事件に巻き込まれたと分かられても不利なのはこちらだからだ。
話を聞かれ、身分を調べられれば、危険なのはセラ夫自身
それを分かった上でセラ夫は、私に何も言わず急いで奏斗達の所へ連れていってくれる
優秀な医者を手配出来るからだ
だけどもし間に合わなかったら?
それこそ、話したいことなんて言えない
「…ええ、とても、大事です」
「……なに」
心臓の鼓動音、息が切れている音
私よりも遥かに高い体温
彼にこうして運ばれるのも、今だけなのかもしれない。
「______、___…」
ただこの言葉だけを、伝えたかった
彼の赤と白が特徴の衣類に、似合わない赤黒い色が染み付いていく
「……セラフ…貴方の、服を…汚してしまって」
「は?おい、_____?___!!」
ごめんなさい、だけど同時に許して欲しい
我儘で強欲なこの悪徳上司を、多めに見て下さい
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「四季凪…っ?」
大事な話だと言われ、聞いた言葉は呆気なかった。
「おいおい、この状況で寝るなって…」
明らかに低い体温が、彼の状態を物語っている
あの空間にどれだけの時間捕らわれていたのか
今日は朝早くから依頼があるからと呼び出したのはそっちのくせに
コーヒーを奢ると言ったのはお前だったのに
それなのに
『私は、あなたたちに出会えて、とても幸せだ』
そんな捨て台詞、死に際に言う奴の台詞なんだよ
お前がまだ言う台詞じゃないの
これだってめっちゃ早く移動してんだよ
だからさぁ
「勝手に逝くなよ…アキラ…っ!」
君が、俺を救ってくれたんだから
見捨てたくないんだよ
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
カチ、カチ。
秒針を刻む時計特有の音が聞こえる。
重い瞼を開ければ、白い天井が視界に映る
それと同時に、深く理解する。
ああ、生きているんだと
身体の痛みを感じる。
自分が呼吸していることも、こうして考え事をしているのも
生きているから、出来ている
間に合ったんだ
おそらく病室であろう部屋の右側を見つめると、半開きした窓から暖かい風が吹いている。
痛む体を半場無理やり起こし、吸い込まれるように窓に近付いた。
息を吸って、吐いて
それを数回繰り返すと、ふと、目から何かが零れ落ちてくる。
その瞬間理解した
ああ、泣いているんだな、と
生きているから、死ぬのが怖かったから
生きれて、泣いているんだと
そんな感傷に浸っている際、会いたくなった。
私を助けてくれた彼に
いや、それよりも
一体どれくらい眠っていたんだろう
3日?5日?
分からないけれど、長い間眠っていたような気がする
そういえば、病室ならば私の持ち物は持ってきてくれているのだろうか?
そう荷物を探そうと窓から視線を外し、振り向けば
ガラリと扉が開いた音がした。
「____凪ちゃん、起きてたんだ」
ふっと笑うように、優しい声でそう言った
泣きそうになった
お前が助けに来なかったら、もしかしたら
私は今生きていられなかったかもしれない
今ここで、こうやってお前の事を見ていられなかったかもしれない
そう考えると、情けなくも彼の前で、先程止まりかけた涙が溢れてくる。
「何泣いてんの」
「うっせ、泣いてない」
「泣いてんじゃん、おーよちよち」
そんな言葉を言いながら、こちらへ近付いてきてくれた
あの時にも香っていた香水の匂いがふわりと鼻を擽る。
「セラフ、助けに来てくれてありがとうございました」
「どうしたの、急に改まっちゃって
君らしくないじゃん」
「そうですね、私らしくないかもしれません。それくらい貴方が助けに来てくれたことを、感謝してます」
「凪ちゃん」
「実は少し怖かったんです、あの空間に閉じ込められて、暴力だったり、ましてや拳銃出撃たれた時、ここで死ぬんじゃないかと思ってたんですよ 」
声が震える、今だって思い出すだけで怖い
私は臆病な人間だ、そんなことは自分が1番わかっている
「っ…でも、あなたが助けに来てくれました、私のことを、救ってくれました。その事実には代わりはありませんし、本当に感謝してるんです」
「アキラ」
「だからこそ、こわいんです」
この身がまた、お前を辛い目に合わせるんじゃないかと
「セラフ・ダブルガーデン」という名は強い、誰にも負けた事がないように。
だけど彼は変わった、あの時私が言った言葉通りに変わってみせた
暗殺者を辞めた彼は仲間と楽しく過ごしているだけで良いのに
私の身分によって、彼を派遣し、命に関わる任務でさえやらせている
それがどんなに辛いか、苦しいかなんて今更ながら理解している。
彼が仲間想いであり、誰か一人でも危険な目に陥ってしまった時は、必ず助けに来てくれるんだと分かっているから
「私が、お前を傷つけていそうで、怖い」
一度零れた水はカップには戻らないように
吐いた弱音は止まらない
苦しい、辛い、怖い
ごめんなさい
謝って済むことじゃないのに
この先、もしかすれば同じように狙われるかもしれない
そうしたら、彼はまた助けに来てくれるだろう。
だけど私自身が嫌だった。
溢れ出る涙を隠すように下を向くと、こつりと此方へ近付く音が聞こえた
呆れられていると思う
おそらく見舞いに来てくれたであろうに、こんな話をしてしまったから
「____負傷して寝込んだせいで気が弱くなったのか知らないけどさ」
「え…?っだ…!!」
発せられた言葉の意味はよく分からずに思わず前を向けば、ばちり!と指で何かを弾く音と共に、額に痛みが走った。
「な、何すん…っ!!」
「お前さぁ、怪我してまでそんな事考えてたの?」
「は、はあ…?そんな事って…私には大事な話で…!」
「俺、お前に傷つけられてるとか思った事ないんだけど」
「……私が思うんだよ」
「なんでそんな考えになったのかは知らないけどさ、君が倒れた時、俺めっちゃ焦ってたの知らないでしょ 」
「嘘でしょ」
「こんな時に嘘言わないでしょ、殴るぞ」
「こんな状態だけど私今病人だぞ」
「それくらい変な事言ってるからだよ」
「でも、怖いんだよ」
もしセラフが捕まったら、殺されたら
そんな考えをしたことは無かったし、したくもなかったけれど、セラフの言う通り、私は今おかしいのかもしれない。
「ほんとに、こわい」
「____俺、アキラが起きたら伝えたい事があったんだよね」
「は…?え、なに」
「言おうとしたのに、お前が変な思い込みしてるから言えなくてさー」
「それは謝るから、ほんとに何、怖いんだけど」
「痛い痛い痛い」
「セラフ!」
のらりくらりと質問を回避しているものだから、思わずセラフの胸ぐらを掴んでしまった。
実際私の体にも響いて痛いんだぞ
「ほんとに言っていいの」
「気になるから早く言えよ」
「お前が嫌がるかもしんないよ」
「今更、お前の事嫌がんないよ
さっきの話聞いてて分かってるでしょ」
「ほんとに?」
彼に見つめられると、自然と涙は引っ込んでいく
いつもなら、悪戯が好きで、のんびりとした性格で、末っ子のような態度なのに
今はただ、真剣に私の目を見つめている。
「さっき、私が弱音吐いてた時はお前、静かに聞いてたでしょ。それと一緒でお前が言いたい事があるなら、私も聞くよ
それが道理でしょ」
「確かに、そうかもね」
くすりと笑う表情からは何も読み取れない
「ずっと前、お前が攫われた前から伝えたかった事があるんだよ」
胸ぐらを掴んでいた左手を掴まれ、手を握られる。
少し手汗が滲んでいた。
セラフを見つめながら、続きの言葉を待つ
だけど、続きで吐かれた言葉の意味を、私は直ぐに理解する事は出来なかった。
だって、
「俺、アキラの事が好きなんだよね」
コメント
1件
今回も最高です!え、主様は神か?