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「うふふ……かわいい♡」

「少しは落ち着くのよミューゼ」


手当てを終えたミューゼは、少女をひたすら愛でていた。


(……一体どうしたらいいんだろう……ずっと撫でられてるけど、どういう事なんだ?)


可愛がられる経験に乏しい、元32歳男性。こんな状況は初めてなので、どうしたらいいのか分からないでいる。

自分を撫でながら、ものすご~く優しい目で見てくるミューゼの瞳に当てられて、ちょっと挙動不審になっている。


「羨ましいのよ……」

「パフィも一緒に可愛がる?」

「……私にはまだその資格は無いのよ」


少女を斬りつけた事がトラウマになっているパフィは、自ら進んで少女に近づく事が出来ないでいる。


(あっちのお姉さんはあまり近づいて来ないし、元気なさそう……いや、また抱きしめてほしいとか思ってないけど……な、ないけど……うぅ)


あの柔らかさを覚えてしまった少女は、また甘えたいと思っていた。

上手く動けず、幼くなっている体にとって、パフィのはとても暖かいものだったのだ。


「まぁその件は近いうちにナントカするとして、まずは名前よね」


ミューゼは考えた。どうやったら名前を教え合う事が出来るのかを。


(要点…というよりも、最低限の名前だけを言わなきゃ、変な伝わり方するハズ。ここは慎重に言葉を選んで、大胆に伝えた方が良いよね。違う単語が混ざったら、それも名前として認識されるかもしれないし)


考えながらもずっと少女を見つめるミューゼ。そのせいで少女は全く落ち着かない。

そしてそんな少女を可愛いと思い、さらに顔を近づける。

なんだか桃色な悪循環を目の当たりにして、パフィはそっとため息をついていた。


「ミューゼ。そんなに困らせたら、嫌われたりするのよ」

「えっ……それは困る」

「早く用件を済ますのよ」

「分かってるよ、今どうするか考えてるとこ」


叱責されたミューゼは、顔を離してもう一度考え直し始める。もっとも、撫でる手は止めなかったが。

やがて考えがまとまり、そっと少女を抱き起こした。


(?)

(上手く伝わるといいな……)


ミューゼは自分を指差して、ただ一言だけ言った。


「ミューゼ」


続いてパフィを指差して同じことをする。


「パフィ」

「………………」


そして少女の表情を見て、もう一度同じ事を繰り返す。

2回目が終わり、少し間を空けると……


「みゅー…ぜ?」

「!」


ミューゼの方を見て、その名前を呼んだ。


「やった! 今名前──」

「待つのよ! まだ何か言いそうなのよ!」


まるで初めて言葉を発した赤ちゃんに喜ぶ母のようなテンションで、騒ぎそうになったり落ち着かせようとしたりする2人。まだミューゼの名前しか言ってない事に、パフィはちょっとだけ焦った。

そんなパフィに視線を向け、指をさして再び口を開くのを見て、2人はゴクリと喉をならす。


「ぱ…ひー」


ちょっと発音が拙いが、自分の名前を呼ばれた事で、パフィは無言で勢いよく両腕を振り上げ喜んだ。


(みゅーぜ…と、ぱひー。これが2人の名前だよね、聞きなれない名前だったからちょっと言いにくかったけど、喜んでるから合ってるはず)


少女は念のため、もう一度指を差して名前を呼ぶことにした。


「みゅーぜ」

「はい♪」


ミューゼが返事をすると、少女はちょっとだけ目を見開いてから、嬉しそうに微笑んだ。


「ぱひー」

「はいなのよ」


リアクションがある事で、これが名前だと確信した。

この流れを逃すまいと、ミューゼが次の行動を起こす。それはつまり少女の名前を知る事。

すかさず優しい顔のまま、少女を指差して、首を傾げた。今までの少女の行動を考えて、これが最適だと思ったからだ。

その読み通り、少女は名前を聞き返されたと受け取った、が……


(そ、そういえば、生まれ変わって女になってるのに、前の男丸出しの名前は使えないぞ? 考えておくんだった!)


新しい人生、そして女としての名前が無い事に今更気づき、少女は焦った。


(そもそも、ここじゃどういう名前が普通なんだろう……素直に任せた方が良い気がするな)


名前も無い、言葉も無い。そんな状態で『普通』の名前を考える事など出来るわけがない。そう思った少女は、子供である事に感謝し、正直に応える事にした。

つまり……頭を横に振るだけ。


「名前…無さそうなのよ」

「…………そうね、名前だって言葉の単語だもんね」

「それか……つけてもらってない可能性もあるのよ」

「………………」


2人が想像したのは、訳ありの捨て子という可能性。

この家や畑も、捨てる罪悪感から作られたもので、別の異文化の人が言葉を覚えたばかりのこの子を、何かの理由で捨てざるを得なかったというものである。

もちろんそんな訳は無いが、今ある情報では、ここまで想像するのがせいぜいだった。


(みゅーぜさんとぱひーさんか。2人とも綺麗な人だなぁ……)


当の本人はちょっと能天気。言ってる事が分からないから無理もないが。


「ところで、怪我はどんな具合なのよ?」

「傷自体はもう塞がりかけてるけど、痛みはあると思うよ」

「まだ歩くのは難しそうなのよ」

「うん、治療魔法ってあまり得意じゃないから……」

「……いつもそれに助けられてるのよ」


得意じゃないにしても、魔法が使えないパフィにとっては、治療魔法は有難いものだった。

擦り傷程度ならすぐに治せるし、今回の様にちょっと深い傷でも即座に止血したりと、危険な場所に出かけるには無くてはならない能力となっている。


「町に帰ったら魔力全部注いで、大幅に治せるんだけどね」

「こんな森の中で動けなくなられても困るのよ。今は仕方ないのよ」


周囲の警戒と動物に対処する為に、あまり治療を進める事が出来ないでいた。

さらに今は仕事で森に来ている。その為にも、魔力は残しておく必要がある。


「そうねー、せめて一度帰れば……あっ!」

「どうしたのよ?」

「一度帰ればいいんじゃない? 治療の為にこの子連れて。それで森に帰りたいっていう素振りがあったら、また戻ってくればいいんだし」

「……なるほどなのよ。それなら誘拐にはならない…かもしれないのよ」


治療という大義名分があれば、少女を移動させる事に意味が出来る。この場所では出来ない事を利用した、お持ち帰り案である。

ただ、それには……


「問題は、それをどう伝えるかなのよ」

「そうよねー。名前だけで苦労したし、外に出るってどんな動きで表現できるんだろ……」


言葉が通じないなら、ジェスチャー頼み。『ここから出る』『一緒』などなら無理ではないかもしれないが、『森』だの『外』だのと、動きの範疇を超えるものを伝えるのは難しい。


「まぁ今は、この子が住んでる程度には安全なのよ。寝るまで色々やってみるのよ」


一応警戒は続けるものの、壁と屋根のあるこの場所は、立派な安全地帯だった。

この後も、罪悪感を持つパフィは家事を進め、ミューゼはこれ幸いと、少女と仲良くなる為にスキンシップをしていった。


(ミューゼさん近いって! 美人の頬ずりは心臓に悪いから!)


少女のチキンハートはピンチを迎えていた。助けを求めて手を伸ばす。


「ぱ、ぱひー!」

「え?」


なんとなく離れた場所で掃除をしていたパフィ。

声に振り向くと、そこには困った顔の少女が手を伸ばしている。


「……えっと、いいの?」

(たすけてぱひーさん!)


道具を手放し、ちょっと困った顔でフラフラと歩み寄る。


「よかったねパフィ」

「……うん、この子には今ある食材で出来る、最高の夕食を用意するのよ」

(へるぷ! へるぷみー!)


少女の必死の懇願に……パフィとミューゼは嬉しそうな顔で、挟むように抱きついた。


(!?!? なんで!? どうしてこーなった!?)


救助を求めた少女は、なぜか大きくなった被害に大慌てである。


「温かいのよ……昨日は本当にごめんなさいなのよ……」


通じなくても、謝らずにはいられない。パフィは豊かな胸で小さな体の半分を包みながら、涙を零していた。

ミューゼも負けじと反対側からくっついて、頭を撫で続ける。


「ほら、髪ツヤツヤよ、お肌もスベスベ……お人形みたいに綺麗」

「本当なのよ……傷物にした責任は私が取るのよ」

「あ、それちょっとズルい」


いつの間にか、軽い取り合いが勃発。

そんな2人の間では、決して逃れる事の出来ない柔らかなぬくもりと香りに包まれた少女が、顔を真っ赤にしながら目を回していた。

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