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ゴーストハンター雨宮浸

ゴーストハンター雨宮浸

「ゴーストハンター雨宮浸」のメインビジュアル

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第一話「早坂和葉と雨宮霊能事務所」

2024年01月29日

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早坂和葉(はやさかかずは)には霊が見える。幼い頃から霊が見えた和葉の日常は、いつもどこかに霊が潜んでいた。

「…………」

今も和葉の日常には霊が潜んでいる。少しでも迂闊に視線を向ければ、霊は和葉を認識して干渉して来るだろう。独特の威圧感を霊から感じつつ、和葉は必死で前だけを見てバイト先へと歩いて行く。

(見ないフリ……見ないフリ……)

唱えながらも、和葉の視界にはその霊が映り込む。人の住んでいない空き家の門の向こうに、幼い女の子が立っているのだ。一見すると人間と変わらないが、和葉には何となくソレが霊なのか人なのか区別出来る。あの女の子は霊だ。それもただの霊じゃない、尋常ならざる負の感情が感じ取れてしまう。

害のない霊なら慣れているので無視出来るが、こういう霊はいつ感じても恐ろしくてかなわない。正直和葉はもうここを通りたくないのでバイトをやめたかった。

(……走ると違和感あるよね……。普通に、普通に通り過ぎないと……)

ああでもないこうでもない、と視線を上や下に移動させつつ、和葉はなんとかその場所を通り過ぎる。

霊の気配が遠くなると、和葉はすぐに駆け足になる。今すぐあの穏やかな店長の顔を見て安心したかった。

和葉のバイト先はコンビニだ。駆け込むようにして中に入ったが、すぐに背中から悪寒を感じて声を上げた。

「ひっ」

後ろを見ると、青白い、のっぺりとした顔の霊が和葉の身体に張り付いているのが見える。その頭には体毛がなく、身体つきは中性的で性別が判別出来ない。真っ黒な目はどこを見ているのかわからず、ただべったりと和葉の身体に張り付いていた。

「……またやっちゃった……」

こういったことは、和葉の人生では大して珍しいことではない。外を歩くとたまにこういった霊がうろついており、迂闊に近づくとこうして和葉の身体に取り憑いてしまうのだ。

恐らく、夢中で走っている内に取り憑かれてしまったのだろう。

和葉には取り憑かれた時に対処する手段がない。この手の霊はしばらく悪寒と謎の重量感を与えながら和葉に取り憑き続けるが、それ以上は特に何かをしてくるわけでもない。

取り憑かれた以上、今はひとまず放置するしか和葉には出来なかった。

(……またお祓いに行かなくちゃ……)

折角しばらくは運良く取り憑かれずにすんでいたのだが、またお祓いに行かなければならないのかと思うと憂鬱だ。このままではお寺のお祓い常連客になってしまう。

とりあえず今は仕事をしようと、和葉は霊のことは諦めてスタッフルームへと入っていく。

「あれ、早坂さん顔色悪いね。大丈夫?」

「だ、大丈夫です……」

「今日高橋さん休んじゃってね……僕も今日は本社の方に顔出さないといけないからしばらく一人でやってもらわないといけなくなるんだけど……大丈夫?」

「……がんばります……」

コンビニの制服を上から着込みつつ、ライトブラウンのウェーブロングヘアをヘアゴムでポニーテールにまとめる。そうして出勤の準備を整えた和葉だったが、顔色はダークブルーだ。

「なるべくはやく戻るから、それまで頼むよ。今日は平日だし客足もあまり多くないハズだから……19時前後のラッシュまでには間に合うようにするけど、気をつけてね」

背中の不快感に耐えながら店長と会話を終え、和葉は仕事を始める。店長の言う通り客足は多くなく、和葉一人でも対応が出来た。背中の霊からくる不快感に目を瞑れば、いつもより楽なくらいだ。

客足が途絶えたタイミングを見計らい、和葉は店の入り口に設置されたゴミ箱のチェックへ向かう。

「……はぁ」

店内の監視カメラから離れた場所で、和葉は背後の霊を確認する。やはり一向に離れる気配はなく、和葉の背中に張り付いたままだ。

「オォ……」

呻き声を上げるばかりで、薄気味悪いだけの霊だ。このタイプなら、とりあえずお祓いに行くまでの間耐えておけば誰かに迷惑がかかることもない。

「……もうやだ、こんなの」

そう呟いて、和葉は溜め息をつく。ぼやいても仕方がないことだったが、こういう生活には心底うんざりしていた。

しかし、気を落としていても何も変わらない。とりあえず仕事だけはきちんとしようと思い直し、和葉は店内へ戻ろうとする。

しかし次の瞬間、和葉の脳裏に支離滅裂な映像が流れ込む。

「っ……!」

映像は本当に滅茶苦茶で、それだけでは何がなんだかわからない。それでも、それが強いマイナスのイメージであることだけは確信出来る。恨みや妬みのような負の感情ばかり想起してしまうようなものだ。

「まただ……」

これも和葉にとっては珍しいことではない。だが、決して慣れるようなものでもない。和葉は霊に取り憑かれたり、霊に関わるとこうして霊の記憶のようなものが流れ込んでくることがあるのだ。

いつの間にか流れていた涙を拭い、和葉は今度こそ気を取り直して店内へ戻る。そのまま仕事を続けていると、一人の客が店の中に入ってくる。

「あっ……」

和葉は思わず、その女性を見て小さく感嘆の声を上げてしまう。

凛とした佇まいの、美しい女性だった。黒のパンツスーツを着こなし、ダークブラウンの髪をシニヨンにまとめた彼女はまさに出来る女、と言った出で立ちだ。キリッとした顔立ちに思わず見とれていると、釣り気味な目元に泣きぼくろを見つけてなんとも言えない魅力を感じてしまう。

「おや?」

女性は店内に入ってすぐ、和葉へ視線を向けると足早に歩み寄ってくる。

そして正面に立つと、女性はジッと和葉を見つめた。

「あの……何か?」

「ああ、いえ、ちょっと後ろを向いていただけませんか?」

女性の言葉を訝しみながら、和葉はとりあえず言われた通りにする。すると、女性は右手で思い切り霊を掴むと、強引に和葉の身体から引き剥がした。

「え!? えっ!?」

慌てて振り向いて驚く和葉に、霊は必死に手を伸ばしていた。しかし女性に力強く掴まれているせいで一向に和葉には届かない。

「……おっと、見えていましたか」

「見えていましたかって……」

ジタバタと暴れる霊を適当にいなしつつ、女性は片手でポケットから名刺を取り出し、レジに置いた。

「……雨宮、霊能事務所?」

「はい。私は雨宮浸(あまみやひたる)と言う者です。あなたは?」

「えっ? あ……早坂和葉です」

「綺麗な名前ですね。早坂和葉、この霊が取り憑いていたのはいつからですか?」

「えっと……つい、さっきですけど」

和葉がそう答えると、女性――浸は良かった、と安堵のため息をつく。

「偶然とは言え、早期発見が出来たようですね。では、この霊はこちらで対処しておきますので」

浸は穏やかに微笑むと、霊を連れて店の外へと出て行く。

「あ、あの……」

和葉は浸の背中に声をかけたが、気づかなかったのか浸は振り向かずにそのまま出て行ってしまう。和葉はポカンとした様子で店の外を見つめつつ、レジに置かれた名刺を手に取る。

「買い物しないんだ……」

元々は何しに来てたんだろう? と和葉がぼんやり考えていると、まあまあの駆け足で浸が店内へと戻ってくる。

「トイレットペーパーをください!」

「あ、はい、あちらに……」

どうやら用事はトイレットペーパーだったらしい。



「……あの、さっきの霊、なんだったんですか?」

トイレットペーパーの会計をすませつつ和葉が問うと、浸は快く答えてくれる。

「あれは霊というよりは……霊未満の思念体ですね。人の負の感情が集まって、稀にああして悪霊に近い存在となって現れることがあるのです」

「……そっか! だからあの霊のイメージ、支離滅裂だったんですね!」

普通の霊であれば、和葉が感じ取るものは当然一人分のもので、あれほど支離滅裂というわけではない。しかし浸の言う通り、あの霊が負の感情の思念体だと言うのなら、あの滅茶苦茶なイメージにも納得が出来た。

そう考えて和葉が一人で納得していると、浸は少し驚いたような表情を見せていた。

「……あの、どうかしましたか……?」

「早坂和葉」

「は、はい……?」

不意に名前を呼ばれ、和葉はつい肩をびくつかせる。

「早坂和葉、恐らくあなたには悩みがある。いつでも構いませんから、先程渡した名刺に書かれた住所を訪ねて来てください。なんなら今夜、ここのバイトの後でも構いませんよ」

浸はそう言うと、和葉の返事も聞かずにそれではこれで、と踵を返して店を去って行った。



***



何ならバイトの後でも良い、という浸の言葉を真に受けた和葉は、バイトを終えた22時過ぎ、すぐに浸の事務所へ向かった。そんなことが出来たのは、浸の事務所が普通に徒歩圏内だったからである。

雨宮霊能事務所は、和葉のバイト先のコンビニから少し歩いた先の小さな建物だ。看板を見ると営業時間は18時までになっており、どうやら和葉のためにわざわざ開けてくれたらしい。

申し訳なく思いつつ和葉がドアを開けると、奥のデスクに座っている浸が穏やかに微笑んだ。

「来てくれましたか。待っていましたよ早坂和葉」

「すいません、こんな時間外に……」

「ふふ、このくらいはお安い御用ですよ。さあ、そこのソファにかけてください。何か飲みますか?」

「えっとじゃあ、ジュースを……」

喉が渇いていた和葉は、変に遠慮せず素直に頼むことにする。すると、浸は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出した。

「どうぞ。他にリクエストがあれば、出来る範囲で対応しますよ」

どうぞ、とテーブルの上に置かれたグラスを手に取り、和葉はそっと口にする。

「あ、おいしい……」

「それは良かった」

単純に疲れていたし、接客業故に沢山喋って喉が渇いていたこともあってか、冷えたオレンジジュースは格別であった。果汁の比率は高めだが、くどくないすっきりした甘さが喉に心地良い。思わず一気に飲み干してしまいたくなったが、それははしたないと思い直して和葉はグラスをテーブルに戻した。

「では本題に入りましょうか」

浸はそう言って、和葉の向かいのソファに腰掛ける。

「早坂和葉、あなたの霊能力は非常に高い。自覚はありますか?」

「……少し、あります。でも、どうしてそう思ったんですか?」

霊を見て、触ることが出来る。和葉にとって霊能力とはそれ以上でもそれ以下でもない。能力の高さなど考えたこともなかった。

「あなたは霊を感知する能力、霊感応(れいかんのう)が優れています。あなたは言いましたね、あの霊のイメージが支離滅裂だったと」

「は、はい……でもそれは、雨宮さんも見たんじゃ――――」

「いえ、全く見えませんでしたよ」

和葉の言葉の途中で、浸は平然とそんなことを言う。

「え!?」

「霊感応の高い霊能者は霊の気配を敏感に察知します。その中でも更に高い霊能者は……霊の感情と共感反応を起こします。あなたが見たイメージは、あの思念体との共感反応によるものです」

「共感反応って……」

「私は霊視(れいし)と霊触(れいしょく)は得意なのですが、霊感応についてはからっきしですからね。あなたのように共感反応を起こすことは不可能です」

浸はそれを、まるで褒め称えるかのように話す。だが和葉にとって、その能力は歓迎出来るものではない。

和葉はずっとこの能力に悩まされ続けていた。他人とは違う視界を、和葉は親にさえ相談したことがない。引き寄せてしまった霊で友人を傷つけたことさえある。いっそこんな目はなくなってしまえとさえ、和葉は思っていた。

そのためか、和葉はうつむいて声を震わせる。

「こんなの……いりません……」

うつむいている和葉には見えなかったが、浸は悲しげに目を伏せた。

「こんなのあったって、迷惑ばっかりなんです! なんでそんな、すごいことみたいに言うんですか!」

「…………」

声を荒げた和葉に、浸は一度押し黙る。しかしすぐに穏やかに微笑んで見せた。

「いえ、すごいことですよ」

「日常生活に支障が出るすごさなんていらない! 私、バイトに行くのすら道中が怖いんですよ! 学生の時なんか皆に気味悪がられて……! 霊のせいで私、学生生活もまともに送れなかったんです!」

そこまで言って、和葉はハッとなる。学校の話は浸には関係ない。ただの、和葉が抱え続けている後悔だ。思わず口をついて出てしまったが、こんなことを言ったって浸にはどうしようもない。

「ご、ごめんなさい……」

「……いえ、私の方こそ無神経だったかも知れませんね。ですが、意見は変えませんよ」

そう言って一息ついて、浸はもう一度口を開く。

「あなたには霊の気持ちがわかる。あなたは、彼らの気持ちを救えるかも知れない力を持っているんですよ」

「霊の……気持ちを……?」

「ええ。あなたにだからこそ出来る除霊があるかも知れません」

「私に……出来る除霊……」

思っても見なかったことを言われ、和葉は間の抜けた声で言いながら自分を指差す。

「む、無理です! 無理無理! 私、雨宮さんみたいに霊に優しくなんて出来ません! 怖いし……嫌なんです、ずっと、迷惑だったから……」

「そうですか……まあ、そうなりますよね」

「私、ほんとにいらないんです、こんなの。いっそなくなれば良い、もし目を潰してそのままなくなってくれるのなら、潰したって良いって思う時があるんです」

いっそ目を潰してしまえば……和葉は何度そう思ったことか。しかしそれに意味がないことを和葉は感覚的に知っている。霊の気配は、共感反応によるビジョンは視覚ではない。

「……早坂和葉。良ければ、私の助手になりませんか?」

「……え?」

「勿論給料は出しますよ。有給もいっぱい取って良いです。お昼寝もしていただいて構いません」

「え、いや、そんな急に……」

「この仕事の中でなら、あなたは自分の能力と向き合うことが出来るかも知れません」

そう言われても、和葉にはピンと来ない。そもそも霊能事務所が何をしているのかさえよく知らないのだ。ここに来たのは浸の人柄が気になって、相談すれば同じ霊能者として聞いてくれるかも知れないと思ったからだ。

「そもそも……何の仕事なんですか? 霊能事務所って」

「ふ……よくぞ聞いてくれましたね!」

浸は得意げにそう言って立ち上がると、腰に両手を当てて力強く仁王立ちして見せる。

「私の仕事はゴーストハンター……そう、鋼のゴーストハンター雨宮浸とは私のことですよ!」

「ご、ゴースト……ハンター……?」

突飛な言葉に和葉がキョトンとしていると、浸は不意に和葉の手を取って立ち上がらせる。

「丁度良い。私の仕事ぶりを見ていてください! まずは職場体験ですよ!」

「え、ちょ……!」

「正直この事務所を一人でやっていくのは大変だったので助手が欲しかったところなんですよ。とりあえず早坂和葉、少し付き合ってもらえませんか?」

「え、あ、はぁ……」

浸の勢いに飲み込まれたこともあってか、和葉は断る気にならなかった。

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