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「あぁ……ほら、見てごらんリディ。どうやら無事に花が開いたみたいだよ」
ウィリアムの指し示す方角に目を向けてみると、そこには色鮮やかな薔薇が見事に花を咲かせていた。初夏を告げる品種である花だというのに、秋口である今こうして花を咲かせたのは、この温室の管理がそれだけしっかりと行き届いている証拠なのだろう。
剣の腕前もさることながら、こうして花を愛でることを趣味とするウィリアムは、薔薇の品種改良でさえも自身で行っているのだとか。そんな話しを、二年程前に話していた事を思い出す。
その恐ろしいまでに人々を魅了して止まない、この世の者とは思えぬ美しさを持って生まれたウィリアム。彼はまるで神に愛されて生まれた申し子かの如く、あらゆる才にも恵まれていた。
「わぁ……っ! とても綺麗だわ! これがあの、品種改良したという薔薇なの?」
「そうだよ。気に入ってくれたかな?」
「ええ、とっても!」
「それは良かった。これはリディの為だけに作った、世界で一つだけの薔薇だからね」
興奮して瞳を輝かせる私を見てクスリと声を漏らしたウィリアムは、手近にあった薔薇を一茎手折るとそれを私に向けて差し出した。
「美しいリディに、よく似合うよ」
その言葉に、私の動きはピタリと止まった。
本当に、こんなにも美しい薔薇が私なんかに似合うのだろうか——?
私のことを、妹のように可愛がってくれているウィリアム。その言葉を決して疑っているわけではないけれど、それはあくまでも妹としての賛美の言葉であり、そうだと分かっているからこそ自信が持てない。
「……大丈夫、棘はないから安心してごらん」
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、薔薇を前に躊躇いを見せた私に向けて優しく微笑むと、そっと私の手に薔薇を握らせてくれたウィリアム。
「あぁ……ほら、よく似合っている」
そう告げながら、私の頬を優しく撫でたウィリアム。その瞳はとても妖艶で、ゾクリとしたものが背筋を走ると、私はその瞳から視線を逸らすこともできずにその場で固まった。
私の手元にある、品種改良したという色鮮やかな光沢を放つ真っ赤な薔薇。それはまるで、アダムとイブが食べたとされる禁断の果実かのように、ウィリアムの瞳を通して私を誘惑する。
きっと、悪魔というものが実在するなら、こうして抗えない力でもって人を誘惑するのだろう。そんな風に思ってしまう程に、踏み入れてはならないと抑止《よくし》する気持ちと、このままいっそ、絡め取られてしまいたいと思ってしまう程の耽美《たんび》なる誘惑が私を襲う。
その得体の知れない恐怖に小さく身体を震わせると、私は目の前にいるウィリアムを見上げてコクリと小さく喉を鳴らした。
「……凄いわ、こんなに綺麗な薔薇を作ってしまうなんて。きっと大変なのでしょうね」
「そうだね……。理想の薔薇を作るのに、四年もかかってしまったからね。けど、お陰で納得のいくものができたよ」
ウィリアムはそう言って苦笑して見せたものの、たったの四年で完成させてしまうとは、やはり彼の才能には目を見張るものがある。
「リディ。君にもいつか、この薔薇の作り方を教えてあげるよ」
「えっ? ……本当に?」
「あぁ、勿論だとも。一緒に綺麗な薔薇を咲かせよう」
「……ええ、楽しみだわ!」
いつかは終わりが来ると分かっている、この甘やかなひと時。
それでも、私に向けてこうして未来への希望を抱かせてくれたウィリアム。その約束に心躍らせると、私は赤くなった頬を隠すかのようにして、手元の薔薇をそっと顔に近付けた。
芳醇な果実のような甘みを含むその香りは、私の鼻腔を通して浮き立つ気持ちと混ざり合い、更に私の心を心酔させる。
「私の可愛いリディ──君は、本当に美しい」
そんな言葉と共に、私の髪を掬《すく》うとそっと優しく口付けたウィリアム。
そんな彼の所作を呆然と眺めながらも、その輝く程に美しい黄金色の瞳に釘付けになると、私は小さく感嘆の息を漏らしたのだった。
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