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トヴェッテ冒険者ギルドのギルドマスターであるネレディと、その娘のナディに連れられ、高級レストランへとやって来た俺とテオ。
4人は広い個室の中央に置かれた円卓へ座り、ネレディに仕える執事のジェラルドは壁の近くに立って控える。
運ばれてきた料理を口にしつつ、まずは俺が異世界から来た勇者であることや、小鬼の洞穴を浄化した時のことなどについて、主に俺が喋る形でネレディへと説明。
ネレディは既にある程度、ダガルガからのギルド便で状況を知っていたので、説明にそこまで時間はかからなかった。
続いてフルーユ湖関連をメインにトヴェッテ王国の現況を共有する。
前日にテオがかき集めてきた情報と、トヴェッテ冒険者ギルドが秘密裏に収集したという情報との間に、大きな誤差はないようだった。
ダンジョンボスについて目撃情報が無いのも共通であり、特に「ボスはヒュージスライムのはずだ」という俺の話へ、ネレディは興味深げに耳を傾けていた。
ここで俺は疑問に思う。
ギルド側でそこまで状況が分かっているのに「フルーユ湖周辺に、2年前から魔物が多く出現し始めたようだ」との情報しか一般公開していないのは、なぜだろうと。
直接ネレディに疑問をぶつけてみたところ、様々な大人の事情が働いているという答えが返ってきた。
最大の理由としては、ダンジョンだという確証が持てないフルーユ湖は、不確定要素だらけであり、混乱を防ぐため現段階では中途半端に情報を公開したくない、という思惑が大きいらしい。
特例として予算を組み、情報提供への懸賞金を捻出するなどの形もできなくは無いのだが、それを行うと集まった情報を公開しなければならず……そのため対外的には「フルーユ湖はダンジョン認定されていないから、現状では情報提供への懸賞金を出せません」と発表しておくほうが丸く収まると考えているようだ。
ネレディによると、元々フルーユ湖は絶景として有名であり、湖を中心として観光産業が栄えていた。
だが2年前から、それまで湖周辺にはあまり出現しなかった魔物が大量発生するようになった。
しかも魔物の大半が、ほぼ魔術しか対抗策が無い『スライム族』だったのだ。
魔術系スキルを持つ人間はそう多くない。
戦闘慣れしている冒険者ですら、魔術無しでスライムを倒すのは難しいのだ。
普通の人間にはお手上げである。
深く溜息をつくネレディ。
「……こんな状態じゃあ、観光客なんか来るはずないわよねぇ…………もちろんトヴェッテ王国政府としても、冒険者ギルドとしても、どうにかしなきゃいけないと思っているわ。でも自分達だけじゃ、もう打つ手が無いのよ……魔物の出現エリアも徐々に広がってるみたいだし、放っておけばいずれは、この王都だって飲み込まれてしまうかもしれないわ……」
ネレディは顔を上げ、俺とテオを真っすぐ見据える。
「……だから今回2人が来てくれたのは、まさに渡りに船なのよ。精一杯、協力させてもらうわね」
「いいんですか?」
「ええ。筆不精で有名な“あのダガルガ”が、珍しくあんなに熱い手紙をよこすんだもの。私も、勇者の……タクトの可能性に賭けてみたくなっちゃったのよ!」
デザートの桃シャーベットを喜んで食べているナディを横目に、俺達3人はフルーユ湖を浄化するための手段を具体的に話し合い始めた。
「……タクトの正体が勇者だってことは、まだ世間には秘密にしたいのよね?」
「はい、そうなんです……」
いずれはオープンにする方向ではいるけれど、少なくとも今じゃない。
今のところは正体を隠したままのほうがメリットが多いはずだ。
「だったら……私もフルーユ湖について行ってもいいかしら?」
俺が驚いた声を出すと、ネレディは冗談っぽく言った。
「ええ! こう見えて、私だって元冒険者なのよ! まぁ……魔術が使えないからスライムを倒すのは無理だけど、タクトの正体がバレない様に、他の冒険者を牽制するぐらいはできるんじゃないかしら? それに……私が直接状況を報告すれば、王国側から後々、何かしらの融通を利かせやすくなると思うのよね!」
「ありがとうございます!」
ネレディとがっちりと握手を交わしながら、ゲームにおいて、彼女がパーティに加入するイベントのことを思い出す。
確かあのイベントでも、こんな風にプレイヤーとネレディは握手を交わしていたな……と、何だか不思議な気持ちになった。
うまくまとまりそうだと誰もが思った瞬間。
突然上がった可愛い声に、それまで黙って控えていたジェラルド含め、その場にいた全員が固まってしまった。