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土砂降りだった大粒の雨が次第に小さな珠となり、一足先に天候の回復に気づいた鳥の囀りも聞こえるようになった。ここまで落ち着けば、もう大丈夫だろう。
たちの悪い妖(あやかし)の暴走による暴風雨は、蒼翠の予想どおり二刻ほどで収まった。
それまでずっと大雨の中で住民の避難誘導に徹していた蒼翠が、周囲の状況の変化に気づき空をみあげると、不意に穏やかな風が頬に触れた。
邪界の空は晴れることはない。ゆえにまだ天は雲に覆われたままだが、この国の者にとってこれは晴天と同じだ。
「ようやく力尽きたか……」
蒼翠とともに山頂に逃げてきた住民たちの姿を見て、ホッと安堵の息を吐き身体の力を抜いた。が、それでも気持ちまでは天候のように晴れることはなかった、
――問題はここからだよな……。
ぐるりと周辺を見渡してみれば、辺り一帯は折れた木と泥水と岩の残骸で地面すら見えない惨状になっている。これは修繕までにかなりの時間を要するだろう。
――山頂でこんな状態じゃ、集落はもっと悲惨なことになってるんだろうな……。
人が住める場所なんて残ってないと、蒼翠でも予想がつく。
――村を復興するため必要なものは……人と金か。人は……まぁ一応これでも皇子だから命令すればなんとかなるかな。
配下にあまり無理難題を強いたくはないが、今回の災害の原因の大元は半龍人だ。余計なことをした罰として復興が完了するまで戻ってくるなと命じてやろう。そうすれば今後、こんな陰湿な悪巧みは控えるはずだ。
――あとは金か……そうだな、こっちは屋敷の装飾や調度品を売って調達するか。
瑠璃の佩(はい)に白磁の壺、玻璃(はり)の蘭灯、金の蓋碗あたりなら高額で引き取って貰えるだろう。蒼翠が宝飾棚の品を思い出しながら他にも何か値のつきそうな宝はなかったかと記憶を巡らせていると、少し離れた場所から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
無風の声だ。
「蒼翠様っ!」
振り向くと、無風が走ってくる姿が見える。
「蒼翠様、大丈夫ですかっ?」
近くまで駆け寄ってきた無風は泥だらけの蒼翠を見るなり慌てふためき、胸元から取り出した手巾を渡してきた。
蒼翠はその様子を苦笑しつつ受け取り、逆に無風の顔の泥を拭き取ってやる。
「そ、蒼翠様っ、これは蒼翠様のお顔を拭くために――」
「いいから黙って拭かれてろ。で、それよりあの子は?」
「無事です。逃げてきた人たちの中にあの子の母親がいたので、後をお願いしてきました」
「そうか。ならいい」
「蒼翠様……あの」
「ん? なんだ?」
「……申し訳ありませんでした。私のせいで蒼翠様に迷惑を……」
辛そうにギュッと眉根を寄せた無風が、消え入りそうな声で謝る。こちらに向けられた大きな瞳は子犬のように震えていて、眦に溜まった涙が今にも決壊しそうだった。
深く反省する姿を見て、蒼翠は胸中で唸る。
――さて、こんな時は主としてどうするべきか。
雨尊村の住人からしてみれば、無風の失態は到底許されるものではない。だが今回は半龍人に騙されたという事実もある。失態を咎めるが正しいのか、何を間違えたのかを説くのが正しいのか。こういった問題は、叱るも叱らぬも受け取る側の見え方で印象が大きく変わってしまうゆえ匙加減が難しい。
もし叱責することで無風が怒りを覚えたら。逆に、もしも怒らぬことで変に失望させてしまったら。考えれば考えるほど、正解が分からなくなる。
――子育てって本当大変だな。
困り果て、無風の顔を見つめたまま考え込む。その時。
「っ! 無風っ! 危ない!」