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「いい加減にして下さい。貴方に言われる筋合いはないんです」
そう、ブライトは実の弟に向かって叫んでいた。その叫びは、八つ当たりのようにも見えて酷く痛々しくて、悲しいものだった。
親の敵とでも言わんばかりに、ファウダーに責め立てる様子を私は見てることしか出来ず捕まれたままの腕に力が入り、ミシッと骨がきしむような音がした。
それに気づいたのか、ブライトはハッとしたように私の腕から手を離す。
掴まれていた手首にはブライトの手の跡がくっきりと残っており、少し赤くなっていた。そして、彼はまた俯いてしまった。
「おにぃ、なんで怒ってるの?」
と、空気を読めないのかファウダーは口を開いた。
あれだけ実の兄に怒鳴られたというのに、この子は顔色1つ変えずあの大きくてそこの見えないアメジストをじっとブライトに向けていた。その瞳から逃げるようにブライトは視線を逸らし、拳を強く握りしめている。
その姿はまるで何かに耐え忍んでいるようで、見ているこっちが苦しくなるほどだった。
私は、その姿から目をそらすことしか出来ず、助けを求めるために辺りをきょろきょろと見渡した。
「ねえ、リュシオル、どうすればいい……って、あれ? リュシオル?」
先ほどまで一緒にいたはずのリュシオルはそこにはおらず、私が名前を呼んでも返事がなかった。辺りを見渡してもリュシオルの姿はそこにはなかった。
私達は知らぬ間に、人混みから外れたところにおり、そこはさっきまでの賑やかな雰囲気とは違い、静かで誰もいなかった。
(いつの間に、移動したんだろう……)
自分で歩いたという感覚はなく、いつの間にか私達は静かなところまで来ていた。本当に知らぬ間に。
もしかしたら、ブライトが気を利かせて魔法で移動させてくれたのかも知れないが、全く気づくことが出来なかった。本当に先ほどまで人混みの中でブライトを見つけたと思ったのに。
そんなことは、さておき、急に静かになったという感覚からか、ひゅうと吹き付けた風に私は身を震わせた。ここは、先ほどの通りよりも気温が低く、肌寒かった。
私は自分の身体を抱き締めるように腕を擦りながら、ブライトとファウダーの様子を伺った。
相変わらず、二人は互いににらみ合ったままで何も言おうとしない。
沈黙が続き、ただ時間だけが過ぎていく。停戦状態が続き、このままでは拉致があかないなと思い、私は意を決して声をかけようとしたその時だった。
今までずっと黙っていたファウダーが口を開いたのだ。
それは、まるでブライトの言葉を否定するかのように。ファウダーは、ブライトに向かって言葉を紡いだ。
「おにぃってさ、ずるいよね。何も言わないし、嘘平気でつくし。なんでボクに黙って聖女様に病気だなんて嘘ついたの? ボクも聖女様も傷ついたじゃん」
そうだよね。と、ファウダーはブライトの後ろにいた私に目を合わせてきた。その目は、まるで獲物を狙う蛇のような鋭いもので、背筋が凍るような思いがした。
そして、ファウダーの口から発せられた言葉に、私の心臓はドクンッと大きな音を立てた。
「聖女様は傷ついてる。おにぃに嘘つかれて」
と、それは私の心の中を抉るような、傷ついていると知られたくなくて黙っていたのに、ファウダーによって暴かれてしまったような気持ちになった。
ファウダーの言葉を受けてブライトは私の方を振返る。しまったとでもいうような、自分が悪いと責めるような悲しい顔に私は首を振ることしか出来なかった。
確かに傷ついたよ。でもね、ブライトだって理由があって嘘ついていたんでしょ。とそう言えれば良かったのに、口からはなにも出ない。そうして、黙っていると、ブライトの方から口を開いた。
「エトワール様、僕は……これには、事情が――――」
「聞きたくないッ……!」
伸ばされた手をパシンッと払って、自分でも驚くぐらい大きな声が出た。
言うなれば、先ほどのブライトの声のような。ブライトも驚いたのか、払われた手をそのままにして固まっている。そんなブライトの様子を見て、ファウダーはニヤリと笑う。それは、まるで私を嘲笑うかのような表情だ。
ブライトが謝ろうとするのも遮って、ファウダーは続ける。
「おにぃ、聖女様に嫌われちゃったね」
と言いながら、ファウダーはブライトの横を通り過ぎて私の元へ歩いてくる。
私は、突然のことに身動きが取れず、ただその場で固まることしか出来ない。
すると、ファウダーは私の前で立ち止まると、しゃがみこんで下から見上げてきた。
「聖女様も、おにぃに嫌われてるから、おあいこだよね」
その言葉と共に、ブライトの好感度の下落を告げる音がけたたましく鳴り響く。
ピロロン、ピロロン、ピロロン……
その音は、止ることを知らず下がっていく好感度。
35、30、25、……コレまであげてきた好感度が一気に下落していく様子を私はただみていることしかできなかった。
(嘘、嘘、嘘、待って止って……嫌!)
もう、どうしようもないくらいに下がった好感度は、ようやくとまり20でピタリと止った。
しかし、それまであった38%とはほど遠い。だって、私はエトワールっていう悪役聖女だから。これは悪役ストーリーなのだから。好感度が低ければ低いほど、死ぬリスクは上がるわけだし。
そんなことを考えている内にブライトと目が合った。ブライトの目は私を責めるような目ではなく、どこか悲しげな目をしていた。そして、彼は口を開く。
それは、まるで自分の罪を懺悔するような声で。
ごめんなさい。と一言告げるとブライトは顔を逸らしてしまう。その態度だけで、全てを悟った。
彼が、本気で私に嫌われたんだと錯覚したことを。そうして、私が彼に嫌われてしまったことを。
私達の間に壁のようなものが出来、それから会話を交わすことはなくなった。
そんな、私達の様子を見ていたファウダーは、楽しそうな笑い声をあげる。
それを聞いていると、自分が馬鹿らしく思えてくる。そうだよ、最初から分かっていたじゃない。私は、ヒロインの邪魔をする悪役聖女なんだって。
「聖女様、聖女様。おにぃなんてほっておいて、ボクと星流祭まわろうよ」
「……そう、だね」
私がそういえば、ファウダーはきゃっきゃと喜ぶように身体を左右に揺らした。そういえば、ファウダーってこんな性格だったけとか、ゲームでは大人しい方だと思っていたのになとか、いろいろ考えたけど、今はどうでもよかった。
私は、ただただこの場から逃げ去りたかったのだ。
「ダメです。それだけは、お願いします。やめてください」
と、そこまで黙っていたブライトが口を開いた。弱々しい声で、懇願するように。お願いというか謝罪というか。そんなブライトは見たくなかったけど、それよりも彼といると居心地が悪いと私は彼を睨み付けてやった。
すれば、ブライトは顔を歪めて唇をギュッと噛み締めていた。口の端から血が垂れて、彼の白い肌を伝って落ちていく。
けれど、私にはどうでも良かった。
「ブライトさ……前、まわりたい人がいるって言ってたじゃん。その人とまわれば良いじゃん」
「それは」
「私に構わないで。私が誰とまわろうがブライトには関係無いじゃん」
何か言いかけたブライトの言葉を遮るように私は言葉を重ねた。
私の言葉に、ブライトは傷ついたような表情を浮かべる。その顔を見た瞬間、チクリと胸が痛む。
だけど、私も傷ついているんだよ。と心の中でブライトに向かって叫んでやる。
そうしている間にも、私の周りをうろうろとしていたファウダーは早く早くと私を急かす。そして、私はファウダーに差し出された手を取るために自分の手を伸ばした。
「ダメです、エトワール様!」
そう、ブライトの叫びを無視してファウダーの手を取ろうとしたときいきなり後ろに引っ張られるようにし私は後ろへと倒れ込んだ。しかし、地面に倒れるとかはなく、倒れた……引き寄せられたといった方が正しいか。引き寄せられた先で、暖かくて柔らかいもので受け止められた。
ふわりと香るのは、甘い花の香りと、視界に入った紅蓮で私は目を見開いた。
「ハッ、悪いな。先客がいんだよ。エトワールは俺とまわる約束してんだ」
そう、無邪気に笑ったのは紅蓮の髪を靡かせたアルベドだった。