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折西が目を覚ますとそこは
四方扉のない壁に囲まれた場所だった。
ヒグレは部屋の真ん中でポツンと
体育座りしている。
覗き込む折西に気がついたヒデキは
キッと折西を睨む。
「…なんだよ。こっち見てんじゃねぇよ!」
ヒデキは目の前にいた折西に八つ当たり
するように言葉を吐き捨てた。
紅釈の時みたいに最初だけ本人と会話が
出来るのだろう。
「僕は折西、貴方ほどは人を救えないけど。
僕は僕のやり方で貴方を救いに来ました。」
折西はそう言うとヒデキの両手を
そっと包み込むように握った。
ヒデキは急に手を握られ
「な、なんなんだよ…!」と困惑している。
そんなヒデキのひんやりとしていた手は
徐々に体温を取り戻していく。
すると次第に折西の視界はぼやけ始めた。
・・・
折西は意識を取り戻す。
そこは紅釈の記憶の中で見たヒデキの家では
なく、地面に簡単な布を敷いて
横に箱が置いてある風景だった。
箱には殴られる人の絵と小銭の絵が
描かれている。
箱の隣にボーッと座っているヒデキが居た。
ヒデキはホームレスだったのだ。
無戸籍なのはそういう事だったのだ。
すると突然、目の前に家族が通り過ぎる。
「早く家に帰ってママの
ハンバーグ食べたい!」
小さい女の子が手を繋いでいた母親に言うと
わかったわ、けどそんなに急いでも
料理は逃げないわよ?と母親は女の子の
リクエストに少し嬉しそうにしていた。
「…俺も家があれば幸せになれるのかな?」
ヒデキがぽつりと呟くと視界が暗転した。
・・・
折西が目を覚ますと紅釈の時に見た
ヒデキの家の中にいた。
…まだ完成と言うには程遠いが
部屋の空間はあの時と近いものだった。
「よっし!後は細々したのを揃えるだけだな…
ゴミ捨て場なら容器とかあるかな?」
ヒデキはそう言うとゴミ捨て場に向かった。
・・・
「おっ、鍋じゃん!まて、箸もある!!」
ゴミをガサガサと漁る。
周囲のヒソヒソ声など聞こえないくらい
夢中になって次の袋は…と隣に移動する。
するとそこには少年が捨てられていた。
「…?なんだテメェ、何か探してんの?」
ヒデキが少年に問うと、少年は力なく
パパとママに捨てられた。とだけ言った。
少年のよれた薄い着物の隙間から
痣や傷が見える。
「…殴られ屋か?」
「…何それ?なぐ…屋さん?」
「…殴られ屋じゃないのか?まあいいや!
俺ん家来いよ!!!」
丁度家で暮らす仲間が欲しかったヒデキは
強引に少年の手を引っ張った。
・・・
ヒデキの家に着く。
少年は感動した様子で「すごい…」
と目をキラキラとさせている。
家を褒められたヒデキは目の前を通り過ぎた
2人に近づいたと心を躍らせた。
「だろ!?今からこの家にいっぱい物を
置くんだぜ!お前もなんかいい考え
あったら言えよな!」
つい嬉しくなったヒデキは少年の背中を
バシバシと叩く。
「い、痛い!!!」
少年はしかめっ面をすると
ヒデキはおっと!と手を離す。
「わ、悪ぃ!お前の傷口叩いちまった…」
「だ、大丈夫…あと僕はおまえじゃなくて
ヨナガだよ…!」
「おお!ヨナガか!!!カッケェ名前だな!」
「えへへ…ありがと!パパとママが
つけてくれたんだ!」
「パパとママ?お前を捨てたやつか?」
「…うん。けど2人を怒らせた僕が悪いんだ。」
「怒らせた?何やったんだよ?」
「テストの点数98点だったんだ。」
「ハ?てすと…?なんだそれ?」
「えっと、勉強がちゃんと出来てるか
確認するやつ!紙に問題が書いてあって
点数が付けられるんだ。」
「へー、その点数って何点満点なんだ?」
「100点だよ!」
「おっ!てことはさ、あと2点取ったら
超勝ちじゃん!!!!!」
「ううん、100点は普通だよ。
逆に取らなきゃできない子なの。」
「周りのヤツらはどうなんだ?」
「みんなの大体の点数…は確か
70点だったはず…」
「マジかよ!ヨナガ他の奴より
勝ってんじゃん!それが原因で捨てられるの
なんか納得いかねぇな…」
「えへへ、ありがとう。けどいつもは
100点なんだ。そりゃあパパもママも怒るよ…」
ヨナガは俯く。
「まあそんなくらい顔すんなよ、今日から
お前の家はここだろ?なんか飯作って
やるからゆっくりしとけ!」
そう言うと鍋と箸を外に洗いに行き、
近くにあった食材で料理をしてヨナガに
振る舞うのだった…
・・・
ヒデキがヨナガを隣に寝かしつけた翌日、
隣にはヨナガは居なかった。
地面に「ありがとう優しい人。
パパとママに謝るために家に帰るね」
と書かれている。
しかしヒデキは文字が読めず
急にいなくなったと思い
焦って家から出た。
すると遠くにヨナガの背中が見えたため
こっそり跡をつけた。
・・・
たどり着いたのは大きな家だった。
ヨナガが家の中に入ると数分後
凄まじい物音と怒声が響き渡った。
ヨナガの悲鳴が暫く続いた後、
全ての音が消え去った。
ヨナガが家から出る様子は無い。
その代わり大柄な男が家から出ていく。
心配になったヒデキはこっそり
家の中に入り、リビングに行くと
飛び散った血が壁一面にこびりついており、
血溜まりの中、ヨナガが倒れていた。
「ヨナガ!!!!!大丈夫か!?!?」
待ってろ、と胸から溢れる血を止めようと
傷口を手で塞ぐ。
「…ごめんね優しい人。やっぱり
パパとママに謝りたくて…」
「俺は優しい人じゃねぇ!!!ヒデキだ!
いいから黙ってろ!!!!!」
今必要なのは謝罪の言葉じゃなくて
ヨナガの回復だ。
しかしどんなに手で抑えても血は
溢れるばかりだった。
「ごめんねヒデキくん…僕は無理だと思う。
それにパパがもうすぐ帰ってきちゃう。」
「うるせぇ!!うるせぇ…!」
ヒデキの涙もヨナガの血も止まることはなく、
ヨナガの肌は冷たくなり、
そっと息を引き取った。
「…ヨナガ、ごめんな。」
友人の死に放心していると近くから
足音が聞こえる。ヨナガの両親だろう。
冷たくなったヨナガを運ぼうとしたが
子どものヒデキには重すぎた。
「…悪ぃヨナガ、身体ごと連れて
行けねぇから…」
ヒデキはヨナガの前髪を近くにあった
ハサミで切り、裏口から逃げるのだった…
そして視界がまた暗転した。
・・・
次に目を覚ますとゴミ捨て場だった。
ヒグレが意識を失っているのを
ヒデキが見つける。
そして、半ば呆れに近い表情でヒグレへと
歩み寄った。
「…なんだコイツ?」
ヒデキはヒグレの前髪を掴むと
ヒグレは意識を取り戻す。
…と。
ここからヒグレを家に入れ、
夜遅くになるまで一緒に遊んでいたのは
紅釈の時と同じだった。
夜遅くになり、
「あっ、そろそろ帰らなきゃ…」
とヒグレは言う。
ヒデキはバッと立ち上がり、肩を掴む。
「おい…!やめとけって!!!」
「でも少しでも帰るの遅くなると
怒られちゃうから…」
「バカ!!!お前は…」
ヒデキはヒグレを強く揺さぶる。
「お前は…お前はビビりだろ?
暗いしユーレイ…とかなんか出てきたのか
わかんねぇけど!!」
「俺の仲間で元の家に帰って行ったやつは
一人もいねぇんだよ!…だから」
「ヒデキくん」
ヒグレが言葉を被せるように言うと
小指を差し出した。
「…はぁ?な、なんだそれ?」
突拍子も無く小指を差し出され
訳が分からないヒグレは気の抜けた声が出た。
「約束する時のゆびきりげんまんってやつ!」
ヒグレは話を続ける。
「僕ユーレイに襲われずにお家に帰る!
それでヒデキくんのお家にまた来る!
その約束だよ!」
小指を出して!と真剣な顔のヒグレを見る。
「…約束したってお前らはどうせ…」
紅釈の記憶の時と違い、ヒデキはぽつりと
呟き、顔をしかめる。
そして、それならとヒグレの目を見る。
「…そ、それならさ!約束守るってなら
あともう1つ守って欲しいことがあるんだ!」
「…なあに???」
「俺の!!!友達になってください!!!!!」
ヒデキは恥ずかしさに顔を俯かせる。
「…!もちろん!!!」
ヒグレは満面の笑みで小指を絡ませ
指切りげんまんをして、ヒグレは
家へと戻った。
その背中を見ていたヒデキは
少し申し訳なさそうに、
「…約束を果たすためだもんな。
悪く思うなよ…」
と言いヒデキは部屋に置いてあった長めの
パイプ菅を手に取り、ヒグレの背中を
そっと追うのだった。
・・・
ヒデキはようやくヒグレの家にたどり着く。
ヒグレが家の扉を開けると丁度出ようと
していた子供と鉢合わせになった。
そして父親が来て扉前でヒグレを殴り始める。
ヒデキは立ち向かおうとパイプ管をグッと
握るも自分とヒグレの父親とではあまりにも
体格差の違う現実が手の力を抜けさせる。
結局ヒデキは物陰に隠れてヒグレの
無事を祈って震えることしか出来なかった。
幸か不幸か、たまたまヒグレが
外に放り出され父親が室内に入った。
ヒデキはタイミングを見てヒグレを背中に
乗せて連れて帰ろうとする。
その時偶然、扉の隙間から顔を覗かせていた
子供と目が合った。
ヒデキは子供をキッと睨み、
ヒグレの家から離れるのだった。
・・・
ヒグレをおんぶしていたヒデキは
道中でブツブツと呟いていた。
「…なんであんな頼りねぇガキが捨てられねぇで
こいつが捨てられてんだよ。いかにも
家族に庇われて生きてきましたって面してさ。」
傷や殴られた打撲跡がヒグレより少ない
子供を見てヒデキは苛立ちを隠せなかった。
「…アイツがいるからヒグレが
虐められてんじゃねぇの?」
ヒデキの足がピタリと止まる。
「…代わりに俺があのガキを殺せばヒグレは
幸せになれる?」
ヒデキはゆっくりと一歩、もう一歩と
土を踏みしめ、歩き始める。
「その前に、ヒグレに飯作んねぇとな。」
ヒデキは不気味な程に軽くなった足取りで
自分の家に向かった。
・・・
ヒデキは家に着く。
「先にヒグレの手当からだな。」
ヒデキは壁にかけてあったナイフを自分の
着物に突き立てる。
しかしナイフは刃こぼれをおこしており
切りづらく最終的に自分で破りとった。
そして破りとった布をヒグレの腕の
傷口に巻き付け、縛る。
他の浅い傷口には余った布を患部に当て、
紐で固定するように縛る。
「傷が腹や胸じゃなくて本当に良かった…」
そして米と卵と塩を持ってきて
沢山水の入った鍋を煮立たせ、米を入れる。
柔らかくなったタイミングでといた卵を
フワッと回して入れ、しめに塩をパラッと
入れ、味見をする。
うん。とヒデキは頷く。
あとは意識を取り戻すだけだ。
東尾は何度もヒグレに呼びかける。
そして傷口を叩き目を覚まさせる作戦にまで
出て、ようやくヒグレは顔をうごかした。
「おい!ヒグレ!!!大丈夫か!?!?!?」
「う、うーん…ここは…」
「おっしゃ!目を覚ました!!」
ヒデキはガッツポーズをとる。
「…!ヒデキくん!」
ガバッと起き上がるヒグレ。
意外とあっさり元気になるヒグレに安心した
反面、心配かけやがってという怒りで
ヒデキは思いっきりヒグレの頭に
自分の頭をぶつけた。
ガツン!!!!!!
「いっっっっった!!!!!!
何すんだよ!!」
「約束すっぽかそうとしたバツでーす。」
ヒデキはムッとして話を続けた。
「大体なぁ!!!!!皆帰ったら
親に殺されちまうんだよ!!!!!」
「!!!」
「お前が約束したのは!確実に負けの戦に
行って素っ裸で『生きて帰る』っていう
ものなの!!」
ヒグレは目に涙を浮かべる。
「まったく…こっそり後をつけてて
良かったわ…」
「マジで、家の中で殺されてるやつが
多いんだよ。周囲に知らせないためにさ。」
ヒデキはヨナガのことを思い出したのか
眉間に皺を寄せ、苛立ちを隠せないでいた。
「…」
俯くヒグレ。
そんな重々しい雰囲気に耐えられなかった
ヒデキはパン!と手を叩く。
「…まあいいや!今回のは許してやる。
約束通り生きて帰ってきたしな!」
そう言うと暖かい卵粥を折西に差し出した。
「おら、食え。負け戦に勝った記念だ。」
「…ありがとう」
少し表情が和らいだヒグレは
卵粥を食べる。
「あ、温かくて美味しい!!!
これヒデキくんが作ったの?」
「ま、まあな…得意料理だし…」
ヒデキは照れ隠しで鼻の下をかいた。
「すごいねヒデキくん!!!なんでも出来る!」
「へへへ…ヒグレにある優しさは無いけどな」
「そう?優しいと思うけど…」
不思議そうにしているヒグレを見て
ヒデキは苦笑いをする。
「優しくは…ないかな…」
ぽつり、と助けられないこともあるし。
と言ったヒデキの顔はどこか悲しかった。
・・・
ご飯を食べたあと、2人は寝床についた。
しかしヒデキはヒグレの美味しいの言葉が
嬉しかったのか興奮で眠れないようだった。
「…そういえばこの前作った猪鍋
美味かったよな…ヤマモモもいいな…」
ヒデキはよし、とそっと立ち上がり
ヒグレを起こさないようにカゴを
取り、「外に出る」、「お昼には帰る」の
意味合いの絵を描いて置いて
日の明けそうな星空の外に出ていくのだった…
・・・
家を出て何時間だったのだろう。
既に夕方になっていた。
ヤマモモを取り終わったのは朝で済んだが
肝心のイノシシが居ない。
昼頃唐突に眠気が来て木の下で
眠っているといつの間にか夕方になっていた。
「やっべぇ!!!!!」
猪探さないと…と周りを見渡すと
偶然にも大きな猪が近くにいた。
「よし。」
ヒデキは急いで距離を詰め。
猪の首めがけて踵を振り下ろした。
幸運にも直撃し、猪はその場で
バタリと倒れる。
「…俺の勝ちだ!」
ヒデキはガッツポーズをし、
猪の下処理をするのだった。
・・・
ヒデキは家にたどり着き、達成感から
「よっしゃ俺の勝ち!!!」
という大きな声が出る。
「ヒデキくん!!!!!」
ヒグレがヒデキに駆け寄る。
「ちょっと森ん中で猪追っかけてたら
遅くなった、悪ぃな…」
カゴと猪をドン!と置き、
2人で料理を作り食事をする。
ヒデキは食事の時にさりげなく弟が
いるのかと聞いた。
案の定弟がおり、『アサ』と言うらしい。
午前10時に留守番を良くしているとの事だ。
他にも沢山のことを話した。
次第に眠たくなるヒグレを寝かせ、
目の冴えたヒデキは残ったヤマモモで
シロップを作り始める。
まさに昔思い描いていた家での
暮らしだった。
ずっとこんな生活が続けばいいのに。
ヤマモモからじんわりと色が出てくる。
「…この暮らしを続けるためには、
邪魔な家族を殺さないとな。」
ヤマモモから出た深い赤は透明に侵食する。
アサはよく留守番する時間帯は10時辺り。
親は愛するものを殺されれば
自然と追い込まれるだろう。
だから、殺す順番は子どもから。
「…今度こそは本当の家族に。」
シロップを味見し頷く。
煮詰められた毒々しい赤を瓶に入れ、
箱の中に大事そうに入れるとヒデキは
マッチと杉の葉、ポリタンクをカゴに入れ、
ヒグレの家へと向かった。
・・・
ヒデキはヒグレの家にたどり着く。
家から物音で人が中にいるのを確認し
家の1番燃えそうな場所に杉の葉を集め、
ポリタンクの油を注ぎ、
マッチに火をつけ火種を作る。
そしてそれを広げるように、木の枝を置く。
バチバチッと音を立て、
瞬く間に火は家に燃え移った。
「これで…やっと。」
ヒデキはほっとしていると
何やら声が聞こえる。
慌てて物陰に隠れると玄関前にアサが居た。
「…は?留守番じゃねぇの?」
そして最悪なことにアサの後ろに両親がいる。
どうやら家に鍵をするのを忘れたらしく
ガチャ、と閉めてからまた3人で外出した。
「…中にいるのはヒグレってことかよ!」
ヒデキは炎で倒壊した裏口から急いで
部屋の中に入るのだった。
・・・
ヒデキは家中を探す。1階には誰もいない。
「クソッ!!!居ねえ!」
物音のする方へ向かうも木材が倒れただけの
音だったりでヒデキはかなり惑わされていた。
殺意で動いたヒデキの手に消火剤が
あるはずもなく、
火の手が止まることは無かった。
急いでリビングの蛇口をひねり水をかけるも
油を注いだせいで火は収まるどころか
どんどん広がっていく。
「クソッ…だとしたら2階か?」
ヒデキは上を見上げる。
「ッ!!!!!あああああ!!!!!!」
突然叫び声が2階から聞こえてきた。
「ヒグレ!?」
ヒデキは急いで崩れそうな階段を駆け上がった。
「ヒグレ!ヒグレ!!!」
ヒデキは声のする場所の瓦礫を
必死になって取り除く。
すると目の前の瓦礫が少しずつ崩れ
ヒグレの顔が見えた。
「ヒグレ!!!!!なんでお前がここに!?」
「アサを助けなきゃってお家に…」
「なんで…!」
こんなに酷いことを親にされても、弟が
守ってくれなくても、それでも大好き
だったんだ…俺はそんなヒグレの大事な人を…
ヒグレの為にと動いたことが自分のために
動いていただけだったことに今更気づき、
後悔しそうになる。
けど今は後悔している場合じゃない。
ヒデキは自分の頬をパンッと叩く。
「…早くここを出るぞ!!」
そう言いヒデキは瓦礫の隙間から手を伸ばす。
その手をヒグレが掴もうとした瞬間。
後ろからグッと引っ張られる。
「押さえろ!!!!!
こいつが連続放火魔犯だ!!!」
ヒデキの後ろから人の声が聞こえた。
「中に人がいるんだ!!!助けてくれ!!」
助けが来たと思い込んだヒデキは
藁にもすがる思いで町奉行に頼みこむ。
しかし誰も聞く耳を持たない。
ヒデキは混乱している間に
町奉行にその場から引き剥がされ、
ヒグレから遠のく。
アサと両親を殺したかったのに、
このままじゃ。
大好きなヒグレが殺されてしまう。
「ああっ、クソ!!!!!!違う!!!
こんなはずじゃ!!!!!!!」
抵抗するヒデキに爆風が襲いかかり、
髪の毛で隠していた左目付近の火傷跡が
あらわになった。
町奉行は怯み、その隙を見て
ヒグレの元へと駆け寄る。
「…そんな」
ヒグレはみるみるうちに顔色が悪くなる。
それもそうだ。
料理まで作ってくれた友人が連続放火魔犯で、
アサに明確な殺意を持っているとわかれば
絶望してしまうだろう。
「…もういいよ、ヒデキくん。」
ヒグレは頭を垂れた。
「…!違うこれは」
本来は今謝るべきだ。
けれど友達関係が壊れるのが嫌で。
つい町奉行が勘違いしていて、と言おうと
したその瞬間、ヒグレは顔を上げた。
「お友達やめよう。」
「!!」
…そうだよな。
大切な人を殺そうとする殺人鬼と友達なんて
なりたくないよな。
ヒデキは身体の力が抜け落ち、町奉行に
押さえ込まれ部署まで連れて行かれた。
・・・
ヒデキは部署で事情聴取された後
留置所に入れられた。
放心状態のヒデキを見て町奉行は
コソコソと何か言っている。
よく耳を澄ますと
「少年が言ってたように中に取り残された
子が本当にいたんじゃないか?」
「せ、先輩やめてくださいよ!家の人間は
3人家族つってましたし…」
「4人家族だ。母親と父親と弟のアサ。
そしてもう1人、ヒグレがいる。」
ヒデキはため息をついて呟いた。
思いのほかここでは声が反響するらしく
聞こえた町奉行は驚いていた。
「し、少年!?
…やっぱり取り残されていたのは本当で…」
青ざめた2人の町奉行を見てヒデキは
鼻で笑った。
「残念だな。町奉行やめて
俺と共犯にでもなればいい。」
バツの悪そうな町奉行の2人は
顔を見合せ、俯く。
「1度の失敗で救える人を救う事を
辞めませんよ、私達は。
…事情聴取によると、あなたはここの
ご家族に恨みがあって放火したんですよね。」
若い方の町奉行はヒデキに問いかける。
「何が1度の失敗で…だよ!
お前らがやってるのは人助けじゃなくて
ヒーロー面して自惚れているだけだ!!!」
牢屋に声が響き渡る。
若い町奉行は何も言えずにまた俯き始めた。
「父親と母親と弟…特に弟に恨みが
あったから先に弟を殺して父親と母親を
地獄に落としたかったのに!」
ヒデキは叶わぬ復讐に歯を食いしばった。
「…ヒグレはずっと親からの暴力を
受けて、それでも家族が大好きだって。
…俺はそれが理解できなくて!!!」
ヒデキは熱くなった目頭を抑え、
声を震わせた。
「…まあ俺が1番の殺人鬼だろうな。
それなりの処罰は受けるさ。」
「いえ、刑務所にも死刑もありません。
ヒデキ君は未成年ですから。
更生プログラムの元施設に送られます。」
「…更生プログラム?俺みたいなのが
一般社会に出ていいとでも?」
「勿論貴方の道を正しくしてからの
一般社会ですよ。」
「…そうか、じゃあさ。」
ヒデキはそう言うと鉄格子に手をかける。
そしてグッと力を込め、ぐわんと
鉄格子を歪ませた。
「…ヒデキ君?」
キョトンとする町奉行の2人。
ヒデキは2人を見て
「やっぱりただのヒーローごっこだな」
と鼻で笑うと一気に走って逃げていくのだった。
・・・
いとも容易く街から抜け出し、
いつの間にかたどり着いたのは影街の
街を抜けた森にあった古い塔だった。
扉を開けるとそこには壁一面に本がぎっしりと
詰まっており、螺旋状の階段が気の
遠くなるほど巻かれていた。
ヒデキは最後の階段を登り追えた。
「町奉行は…影街には入れないだろうしな。
ははは、俺の勝ちだ…意地でも罪を
償ってやる…」
ヒデキが階段に座り込むと
一冊の本が落ちていることに気がつく。
ヒデキはその本に触れようとすると
いきなり本が浮かび上がった。
「うわっ!!!何だこの本!?キメェ!!!」
「正しくは【気味が悪い】だ。
正しい日本語も使えんのか小僧。」
「ッなんだとこいつ!!!!!」
ヒデキは本に殴り掛かる。
すると本は破け、表紙が地面に落下した。
「…たく、腹立つ本だな…クソ喋るし…」
「罪を償うにはあまりに頭が悪すぎるな。」
背後からヌッと本が現れる。
「わーッ!!!!!!お前復活したのかよ!?
きっし…気味が悪いな!!!!!」
「お前、ではなく
【エモーショナルファージ】だ。
…しかし、体力と学習能力は
そこそこ良いらしいな。」
「な、長ぇな名前…略してエモじゃ
ダメなのか…?」
「契約すれば可。」
「な、なんだ契約って…?」
「我らファージと契約すれば能力が
使える。代償と引き替えにはなるがな。」
「代償ってなんでもいいのか?」
「何でも可。但し代償は大きければ
大きいほど能力の精度は上がる。」
「…じゃあさ、感情は?エ…エモーショナル
ファージは感情無さそうだし丁度良くない?」
「むぅ…感情を学ぶのも一興。
よし、それと引き換えに弁護力と
コミュニケーション能力に変えよう。」
「な、なんか普通の能力だな…」
「嘘も誠も信じさせる洗脳も可能。」
「…嘘も信じさせる能力…か。
よし、契約だ!」
そう言うとヒデキは本に触れると
光に包まれる。
「あと1つ、これは個人的なお願いだが…」
「な、なんだよエモ!?」
「我は本を読む友人が欲しいのだ。
ヒデキ、契約者としても友人としても
宜しく頼む。」
「…友達…わかった。」
視界は全て白になり、
折西の目の前には鍵が現れた。
「…あなたが罪を償える場所を、
僕がつくります。」
折西は鍵を強く握りしめた。