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「それでヒント、というのは何かしら」
ソマイア邸の庭園で、ミゼルから一昨日の出来事を聞いていたジェシーが問いかけた。
一昨日、ということは、コリンヌとレイニスを伴って、首都を散策していた日だ。ロニとメザーロック邸に行った時、王城でシモンに会った、と確かに言っていた。
つまり、ミゼルに捕まったのは、ロニと遭遇した後。そう考えると、シモンにとっては散々な日になったようね。
私は、ミゼルの身を心配していたけれど、とりあえず何ともなくて良かった。一先ず、すぐに危害を加えるわけではない、と分かっただけでも収穫だったと思わないと。
「……まず一つ目は、カルロ様と言っていました」
「カルロ?」
予想もしなかった人物の名前に、ジェシーは眉を顰める。
「はい。ジェシー様ならカルロ様……だと」
私なら、とはどういうことかしら。
思案を巡らせている最中だったが、ミゼルは視線をテーブルに向けたまま言葉を続ける。ジェシーからの返答が怖かったのかもしれない。
「それから二つ目は、鈴蘭を咥えた馬が星を二つ運んでいる、だそうです」
「一つ目の内容と一緒に考えると、二つ目はなぞなぞ、もしくは暗号みたいに聞こえるわね」
「はい。そのため、さらにシモンを問い詰めたんですが、これ以上は言えない、と言われてしまいまして」
つまり、二つのヒントだけで解けと言いたいのは分かる。でも、何でこんな回りくどいやり方をするのかしら。
「もしかしたら、暗に深入りするな、と警告しているのかもしれないわね」
「レイニス様同様、シモン様まで……ジェシー様はどうなさるおつもりですか?」
コリンヌの質問に、ジェシーはすぐに返答できなかった。ロニとサイラスにも、同じように手を引くように言われていたからだ。
男性陣がこぞって、女性陣の介入をよしとしない。
「私は引かない、とロニたちに言ってあるの。貴女たちは、どうしたい? 私としては、レイニスやシモン同様、手を引くように言いたい。けれど、協力してもらった手前、貴女たちの気持ちを尊重したいと考えているわ」
「ジェシー様のお気持ちを、無下にするようで申し訳ないのですが。シモンの言ったことが気になるので、このまま関わらせていただきたいです」
「それは、シモン様と接触する機会がなくなるからですか?」
「なっ、何を言っているの! グウェイン嬢」
カップを持ち上げ、一口お茶を飲んだコリンヌが、その口元を隠しながらミゼルをからかう。
「コリンヌとお呼びください。私もジェシー様の側近になりましたので」
「それじゃ、言っておくけど、私とシモンは、コリンヌとレイニス様のような関係じゃないわ!」
「あら、どんな関係なのか、教えてミゼルちゃん。私もジェシー様の側近なんだから、仲間外れにしないで~」
突然、ミゼルの後ろにヘザーが現れた。ジェシーは向かい側にいたため、驚きはしなかった。ヘザーが言わないよう、口元に人差し指を置いたからだ。
「へ、ヘザー。何でここに?」
「勿論、ジェシー様に御用があるからよ。ミゼルちゃんが答えてくれないのなら、グウェイン嬢。教えていただける?」
「お初にお目にかかります、バーギン嬢。コリンヌ・グウェインと申します。どうか、コリンヌとお呼びください」
コリンヌは椅子から立ち上がり、ヘザーの前でカーテシーをしてみせた。
「ありがとう。それなら、私のこともヘザーと呼んでくれると嬉しいわ~。コリンヌちゃん」
さすがのコリンヌも、ヘザーからいきなりの“ちゃん”付けに、驚きを隠せないようだった。
「分かりました、ヘザー嬢。それから私とレイニス様の関係ですが、先日ジェシー様の計らいで、お付き合いさせていただいているんです」
「まぁ。でしたら、ジェシー様。ミゼルちゃんとシモンちゃんもお願いできまして?」
「家同士のことなら出来るけど、一応本人の気持ちも聞かないと……」
「それは大丈夫ですわ。一昨日の出来事で、もう噂が立っていますから」
パン、と両手を胸の前でヘザーが叩くと、すぐにガタン、と別の音が聞こえた。ミゼルが勢いよく立ち上がったのだ。
「なっ、どういうこと! 噂って」
「あれだけじゃれてれば、他の令嬢たちの、格好の餌になるのは仕方がないのよ~。勿論、恋人同士ということになっているわ~」
何だか申し訳ない気分になり、助け舟を出す。
「ミゼルが嫌なら、どうにかするけど……」
「いいの? ミゼルちゃん」
「……先ほど、関わると決めましたので、これからもシモンと会う機会があります。その時に、決着をつけたいと思います」
「決着って……。無理をしなくても――……」
いいのよ、と声をかける前に、ヘザーが近寄ってジェシーの手を取る。
「いけませんわ、ジェシー様。折角ミゼルちゃんが決意したのに、それを邪魔するのは野暮です。ねぇ、コリンヌ嬢~」
「も、勿論です。ヘザー嬢の言う通りです、ジェシー様」
言わされている感がありありと伝わってくるけど、まぁ二人がそう言うなら、黙っておきましょう。ロニの気持ちに最近まで気づけなかったくらい、恋愛にはどうも疎いみたいだから。
「分かったわ。ミゼル、貴女に任せるけど用心はしてね。必要なら、護身用の魔導具を幾つか持っていくといいわ」
「ありがとうございます、ジェシー様」
「貴女はどう? まだ聞いていなかったけれど」
そう言って、視線をコリンヌに向ける。
「無論、私も引きません。そもそも、レイニス様が関わっているのに、私が蚊帳の外に置かれるのは嫌です」
「確かにそうね。私も同じ考えだわ」
だから、ロニに手を引いて欲しいと言われても拒否した。ふふっ、聞くだけ野暮だったようね。
「それじゃ、貴女も護身用の魔導具を持っていくといいわ」
「ありがとうございます……ただ、私は魔力を有していないのですが、扱えるのでしょうか」
「大丈夫。魔力がない者でも使うことが出来る物ばかりだから」
そうしないと、魔導具を販売しても、収益が得られない。魔力を持たない者が多いのだから、それに合わせた方が、より稼げるのだ。
「ジェシー様。私だけ仲間外れは嫌ですわ」
「そう言ってもね」
ヘザーを巻き込むつもりはないし、サイラスに何を言われるか……。そもそも役割がない。
「お忘れですか、ジェシー様。私が今日伺ったのは、お願いしたいことがあるからなんですよ」
「えぇ。確か、そう手紙に書いてあったわね」
昨夜、今日訪ねたいという旨の手紙を受け取った。ミゼルとコリンヌを呼んでいたが、その後で構わないだろうと思い、時間を指定した。
実際は、それよりも早くヘザーが来たため、どこかで情報を仕入れたのだろう。ヘザーもまた、ミゼルの幼なじみだから。
「さすがに、ここではお話しできない内容ですが」
「分かったわ。少し早いけれど、お開きにしましょうか。倉庫へ案内もしないとならないから」
そう言ってジェシーが立ち上がると、ミゼルとコリンヌも後に続く。そして、ヘザーも伴って倉庫へ行き、各々自分の使い易い魔導具を選んだ。
残ったヘザーは、ジェシーと共に彼女らを見送り、その後屋敷の中へと入った。