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フロイドリーチが不登校になった。


ジェイドリーチが死んだからだ。


死因は窒息死。変身薬が解けて、人魚に戻ってしまって、空気に溺れた。


2、3週間くらい前の夕方頃か、実験室でのことだった。


課題の薬品を作っているところ、調合に失敗したのか、何らかの薬をジェイドがかぶってしまったらしい。


それをかぶったジェイドが人魚の姿に戻り、息ができなくなり死んだ、ということだ。遺体はフロイドリーチ、アズールアーシェングロットによって発見された。


必死にジェイドの名前を呼ぶフロイドの声に先生や、生徒が集まった。


その後どうなったのかは分からないし、これからどうなるかも分からない。


「お邪魔します」

「どうぞ、お構いなく」

僕はオクタヴィネル寮に来ていた。フロイド先輩に会いに行くために。

出迎えてくれたのは寮長のアズール先輩だった。

フロイド先輩の部屋に行く途中こんな話をしていた。

「ジェイドが亡くなったと聞いた時のフロイドは本当に、今まで見た事のないほど絶望に溢れたような顔でした。」

「はぁ、まぁ、そうでしょうね。片割れを無くしたんじゃ……ねぇ……」

「ですから……」

「わかりました。僕も、もうこれ以上……なくなって欲しくない……ですから」

アズールが心配していること、それは大体予想がつく。

僕も同じようなことを考えていた。

答えを先に言ってしまうと、アズール先輩が心配していることは、恐らくフロイド先輩がジェイド先輩の後を追うこと。

多分、そういうことだと思う。


ドアを3回ノック、ドアノブに手をかけて深呼吸。「失礼します」

いつもより低い声でそういい、中へ入る。「あ?誰だよ?」

あぁ、これだ、この声だ、久しぶりに聞いた。この声がフロイド先輩だ。

「ユウ……です」

「あー……小エビちゃん……?久しぶり……」

やる気の無い声で、ゆっくりベッドの上から起き上がり、猫背になって座る。

「で?何?なんの用?」

「学園長からです。ジェイド先輩が亡くなった時の話を聞かせてくれませんか?」

そう言うとやる気のなさそうにベッドに座ったフロイドが叫んだ。

「だから知らねぇって!オレはあの時あの場所にいなかったの!」

恐らく、今は閉まっている扉の向こうにはアズール先輩がこの話を聞いているだろう。

脳内でフロイド先輩とアズール先輩に謝りながら涙目になる。

「……ご、ごめんなさ……」

「もういい」

謝ろうとした時、フロイド先輩がすっと立って部屋を出ていこうとした。

「フロイド先輩……?」

ドアノブに手をかけた時、小声でウザと言ったような気がした。

「アズール先輩……ごめんなさい」

「いえ、あなたは悪くないですよ。こちらこそフロイドが」

「アズール先輩は大丈夫なんですか?」「なにが……?」

「右腕を無くして」

「まぁ……そうですね、ジェイドは副寮長として僕と働いてくれた仲ですし、悲しいことは悲しいですけど……」

アズール先輩はそう答えて、少しこちらに来てくださいと言って僕の腕を引っ張って行った。



「どうぞ、こちらに」

そう言って差し出されたのは黄金に光る契約書だった。

「え、これって……?」

「あなたに差し上げますよ」

契約の内容はジェイド先輩のユニーク魔法、齧りとる歯を僕にくれるという内容だった。「も、貰える訳……」

「あなたが協力してくれると言うのならば、差し上げます」

協力はしますけど、と呟いた時、それならば受け取ってくださいと真っ直ぐ僕を見た。

「あ、アズール先輩は貰わないんですか?」

「まぁ……僕にはとても使いこなせないでしょうから……」

僕は下を向いて考えた。

そんなこと無い、アズール先輩ならこのユニーク魔法をきっと使いこなせるはず。

それに、僕がジェイド先輩から ‘ 受け継ぐ ’ なんて……

「お願いします。あなたに、あなたに……この力を差し上げたいんです……!」

その言葉に顔をあげた時、僕は目を見開いた。

アズール先輩が泣いていた。

初めて見る泣き顔だった。

頬が少し濡れて、首元に涙が垂れる。こんな場ではあるが、その涙は美しいと思えた。

「……分かりました。いただきます。ジェイド先輩のユニーク魔法……!」

そう言い、ペンを手に取った。

‘ ユウ・キャンベル ’僕は黄金の契約書にそう書いて、アズール先輩は涙を拭ってマジカルペンを契約書に向ける。

「では……イッツアディール!」

黄金の契約書が光り、眩しくて手で顔を隠す。

「これでショックザハートはあなたのものです」

「これ……僕でも使えるってこと……?」

「ええ、もちろん」

「ありがとう、アズール」

気が抜けて先輩にタメ口を使ってしまって、小さく、あ、と言いながら口に手を当てた。

アズール先輩はそれを見て微笑みながらいいですよと言った。


「それじゃあ、早速行ってきます!」

「ええ、僕も後からついて行きます。先に行っていなさい」

「はい!アズール」

僕は医務室へ走った。

そこならきっとフロイド先輩が来ている。

そう思っていた。

医務室の扉を開けると、そこに居たのはポムフィオーレのヴィル先輩、ルーク先輩、そして人間の姿で眠ったジェイドだった。

「おや、監督生くん」

珍しく帽子を取っているルーク先輩が僕に話しかける。

どうやら、何とかして治せないか、魔法薬学が得意なヴィル先輩が粘っているらしい。

そしてこの後オルトも来てくれるそうだ。

近くにフロイド先輩は見えない。

「あの、フロイド先輩来なかったですか?」

「フロイドくんなら来ていないよ」

ルーク先輩が言うにはフロイドは来ていとの事。ここにいないなんて……とつぶやくと顎に人差し指を当ててヴィル先輩が僕の方へ振り返って言った。

「あぁ、それなら私見たわよ」

「え、どこで……?」

「南階段の方に走って言ってたわよ」南階段……南階、段、……?そこで僕ははっとした。

南方面は教室も特別教室もトイレもなくただ屋上へ上がる階段だけがある。

「おく……じょう……!」

そう言って僕は走り出した。

「どこへ行くんだい!?トリックスター!?」

そんなルーク先輩の声を背に僕は走っていった。

僕は南階段の方へ走った。人が居ない廊下をただ1人僕が走る。

「間に合え……間に合え、間に合え間に合え、間に合え……!」

お願い、フロイド先輩、今の僕なら貴方の本当の気持ちを引き出せる。


貴方はまだ……



最後の力を振り絞って、階段を駆け上がる。

そして、勢いよく扉を開ける。


風が勢いよく僕にかかり、髪がなびく。


フロイド先輩に夕日が重なり眩しい。


空を仰いで微笑む人魚の姿は実に美しい。


「あはっ、小エビちゃん来てくれたの?」

「な、何してるんですか……?」

「オレさ、思っちゃったんだよね、ジェイドのところに行きたいって」

フロイド先輩はそういいながら、屋上のギリギリのところに立つ。

「危なっ……!」

僕はフロイド先輩の腕を掴んで引っ張った。

けれど、僕の力じゃフロイド先輩に負けてしまう。

「ねぇ、小エビちゃんも行きたい?行きたいなら、一緒に……」

そう言われた時、僕は思わず叫んでしまった。

「逝くわけないでしょ!フロイド先輩だって、そう思ってないくせに!」

僕は上目遣いでフロイド先輩を睨みつけた。

「ジェイド先輩が最後に何て言ったか、分かりますか?」

「は?」


「フロイド、お願い、生きて、と」

「なんでそんなこと……」


だって……だって……



「貴方の片割れを殺したのは僕だから」



そう、あの日、いつもは置かれていない棚に、間違えたラベルを貼った解薬液を置いてしまった。

ちょうど、2年生が使う薬品の棚に。

ジェイドが死んだ理由なんか最初からわかっていた。


自分のせいだ。


僕が間違えたから。


実験室がやけに騒がしくなって、僕が薬品を間違えていたかもしれないと急いで実験室に戻った。


多分、運良くジェイドかジェイドのペアかが、手に取って使ってしまったのだろう。


だから、学園長から依頼を受けた時、断れなかった。


お人好しの僕が、断ったらバレてしまうと思ったから。


でも、もういいや、


ジェイドのためにも、


フロイドのためにも、


アズールのためにも、


みんなのためにも、



自分が



死のう。



「最後に一つだけ、聞いてもいいですか?」

僕はここでショックザハートを使おうとした。すると、フロイド僕の手を引き、


屋上から飛び降りた。


僕は咄嗟に捕まろうとしたが、届かない。

「で、最後に一つってなあに?」

今から自分が死ぬ、とわかっていないような笑顔だった。だから、僕もこれから死なない、いや、死ねる、という希望を持って笑った。


「フロイド、僕の左目を見て」

「なにジェイドみたいなこと言ってんの〜?」

これが僕が使う最初で最後の魔法。


僕は微笑んでただ一言、こう言った。


“ ショックザハート ”


そして、フロイドも微笑んで僕にこう言った。


” バインドザハート ”



地面へ落ちた。何故か痛みは感じない。

「小エビちゃん、」

フロイドが呟いた。

「オレさぁ、生きたい。ジェイドの分まで」

「もう遅いですよ、フロイド」

「そうだねぇ……ここに、いる、ってことは」

「そうですね、フロイド」

「あはっ……ジェイド……こんな……くだらないことに使って良かったの?」

「ええ、もちろん、」

生きろなんて一言も言ってないですよ


フロイドリーチが死んだ 。


ジェイドリーチの後を追ったからだ。


監督生も死んだ。


他人のユニーク魔法を継ぐことなんて出来なかった。


僕の魔法、


“ イッツアディール ” じゃ。

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