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急いで下ろしたものの大分頭に血が登ってしまっていたので、仕方がなく俺の家へ招くことにした。ぶっ倒られると困るのだ。まして死ぬようなことがあったりすれば、俺の首と体は明日には泣き別れていることだろう。勘弁してくれ。
「…おい、ふらふらしてるが大丈夫か?」
「ふらふら?…してますか?」
「自覚ないのかよ…」
ここいらは穏やかで平らな森だが、あまりにもふらふらしすぎてるもんだから不安になってくる。転ぶだけならまだ良い。そのまま木に頭打ちつけたりとかしないよな…?
「…おぶってやるから、来い」
泣き別れを避けたいという気持ちもあるが、目の前で怪我されるというのも気分が悪い。若干俺にも非がある分尚更だ。
俺としては割と善意の申し出だったのだが、相手はぶんぶんと頭を振って「大丈夫です!」とはっきり断ってきた。若干傷付きながらも、俺の脳裏にはそんなことしたらまた頭に血が集まって余計ふらふらになるだろうが…という考えが浮かぶ。しかし、そんな俺の予想に反してそこからはしゃんと歩くようになったのだった。ちらりと見えた耳は心なしか赤く、何となく気不味くて思わず目を逸らす。
そう言えば、こいつも求婚者か。あまり俺に愛というか欲というか…勝手なものを押し付けようとしてこないから、忘れがちになる。いつもは無遠慮にどんどん距離を詰めようとされるから、こちらも遠慮なく蹴り出せるのだが。こういう奴はいかんせん珍しく…どうにも対応に困る。
礼には礼を返したくなるのが人間の性だ。そして俺は無礼には無礼で返す。だからこそ、誠実な人間には誠実な態度を返したくなるのもまた、当たり前のことだろう。
相手側が歩くのに精一杯で無駄口を叩く余裕が特になかったことと、元々近場であったことも相まって、案外早々に家に到着した。
道中は一応一歩後ろに控えて、倒れるようならすぐに支えられるようにはしていたが、特に俺の出番はなかった。一安心である。
俺の家の一階は薬の調合や薬草の保存をしているので、長く過ごしている俺はさして気にならないが恐らく薬の匂いがキツい。慣れないと大分居心地が悪いと思う。二階もあるにはあるのだが、残念ながらそこは俺のパーソナルスペースだ。消去法で、一階で我慢してもらうことにする。
「…凄いですね」
俺の家に入った第一声がこれだった。嫌味かとも一瞬思ったが、これまでの態度で何となく察する。本心だろう。証拠に、先程からきらきらと瞳を輝かせて忙しなく辺りを見回している。
好意的な反応で結構…なのだが、一方俺は思っていた反応が無くて逆にこっちがそわそわしてしまうという何ともおかしな状況に陥っていた。こいつ、入ってから一度も顔を顰めたりしてないよな。匂いとかキツい筈なのに。…我慢できるものなのか?初めて俺がここに来た時はめちゃくちゃキツかったと思うんだが。
静かに狼狽える俺には一切気付かず、彼…女、は俺が勧めたまま椅子に座り、にこりと微笑んだ。
「改めまして、下ろしていただきありがとうございます」
「いや、そもそも俺が仕掛けた罠だから…」
礼を言われる筋合いは一切…とは、全力で追いかけられたから言わないが、ないはず。にも関わらず、にこにこと微笑みながらなんてことないように礼を言う目の前の男。王族って、そんな簡単に礼とか言っていいんだっけ。頭こそ下げてないが…駄目だ、どうにも調子が狂わされる。
…いや、男じゃなくて女だったか…えぇい、紛らわしい!
「名前!」
「え?」
「状況がややこしくて代名詞が上手く機能しねぇんだよ!お前、名前は!」
「あぁ!私のことを知ろうとしてくださっているのですね!とても嬉しいです!」
「話聞いてたか!?」
目の前のそいつは、花の蕾が綻ぶようにふわりとはにかむ。麗らかで、暖かで、それでいてどこか一方的。こいつは…まるで春のような奴だ。
はぁ…と一つため息をつく。
「…で?名前は?」
「はい!ご挨拶が遅れてしまいましたね」
優雅に礼をし、するりと顔を上げる。
「第二王子、フランシス改め、第一王女、フランチェスカ・ミオソティス・アルペストリス・ポメグラネイトと申します」
「ふらんちぇすかみおそてぃす…?」
「あー…」
短い名前と長ったらしい名前の二つが出てきたが、恐らく本名は後者だろう。そこまで理解できたのはいいのだが、いかんせん長すぎて全然聞き取れなかった。何故お貴族様はこんな長々とした名前をつけたがるのか。三文字くらいでよくないか。
思わず聞き返した俺を見て、ふらん、ふらんちぇすか………”そいつ”は少し視線を泳がしてからにこやかに言った。
「それなら、フランで構いません」
「おし、フラン。ちょっと聞かせてもらうが…」
「…ぐっ!!」
「!?!?どうした!?」
「お、お気になさらず…!」
唐突に胸に手を当て膝をつくフラン。動揺する俺。もしかして持病でもあるのか?だとしたら逆さ吊りはちょっと、というか大分不味かったのでは。…いや、気にするなと言われているのだから、ここは甘えさせてもらおう。あまり心配ばかりしていても正直言って不毛なので、もう割り切っていくことにする。
こほんと一つ咳払いをする。真剣な瞳で見据えれば、フランも自ずと背筋を伸ばした。
それでいい。この質問は、俺のお前への対処を決める鍵になるのだから。
「お前が好きなのは間違いなくこの俺、アンブローズ・アメシスだと、お前は胸を張って言えるか?」