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シャットアウト・リトルハウル(3)

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2022年03月01日

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嫌がるヨウに無理矢理ついてきたととこが連れてこられたのは、築三十年はあろうかという古いアパートだった。

「え、こんな所に住んでるの?」

「嫌なら帰れば」

「泊まる」

先程言っていた「家が貧乏なわけではない」とはどういうことだろうか? ととこは疑問を感じつつも、この時は深く追求しなかった。

茶番めいたやりとりにヨウはため息を吐き、自分の部屋に入った。当然ながら部屋は薄暗い。ヨウが先に上がって電気をつけてからととこが靴を脱いで上がった。

「お邪魔しま……す」

部屋に踏み入れたととこは絶句した。驚く程汚いというわけではなく、むしろ綺麗すぎるほどだった。

六畳間の中心にはちゃぶ台と座布団が一つずつあり、壁には二段のカラーボックスが一つ、その上にラジオが乗っているだけだった。そのカラーボックスの中身は本棚になっているが娯楽書の類は一冊もなく、どれも「資格」という文字の入った教本ばかりであった。

「アンタ、ミニマリストかなんか?」

「違う。無駄なお金は使えないだけ」

そう言いながらユウはショルダーバッグを外して押し入れの中に入れ、台所にととこを連れて来て手を洗った後に彼女にも洗わせた。

「一応お客さんだから、適当に寛いでいて」

そう言ってエアコンの電源を入れてまたキッチンへ戻って行った。型の古いエアコンがガタガタと震え、冷たい風を吐き出し始めた。

「ふぅー」

ととこは漸く一息付けたと体の力を抜き、足を投げ出して座った。しばらくするとトントントンと音が聞こえてくる。数秒何の音かわからなかったが、テレビの番組を思い出し、まな板の上で何かを切っているのだろうと辺りをつける。

(……こんな音、聞いたの初めてかも)

家では誰かの料理の音を聞くことなどなかった。いつも部屋に篭りきりで、出来上がったら呼ばれるだけ。手伝わせてもらえなかった。他の男の家に上がり込んだ時の食事といえば、インスタントかデリバリーが殆どだった。

一定のリズムで叩かれる包丁の音が、心の内で燻っていた焦燥感も切ってくれているような気がした。と、思えば、次にはジュウジュウと激しく爽快な音。漂ってくるバターの香り。腹の虫が刺激され、唾が溢れそうになるが、不思議と飢えは感じなかった。

「お待たせ」

ヨウはお盆を持って台所から出て来てちゃぶ台の上に夕食を乗せた。ほうれん草とベーコンのバター炒めだ。そこにコーンも入っている。それともう一皿。最後に平皿に盛り付けた米をととこの方へ、茶碗の米を自分の方へ置いた。

「いただきます」

橋をとったととこはバター炒めをつまむと、恐る恐る口に運んだ。そして咀嚼。

「……おいしくない」

味が不出来な理由は単純で、調味料がかなり少なめだからだ。素材の味を引き出しているとも言えない、ただ材料をケチっただけのケチ料理だ。

「不味いなら残していいよ。僕が食べるし、鯖缶とかあるからそっちでも食べなよ」

「……いい。全部食べるし」

ととこはバター炒めを食べる。味としては不味いのだが、不思議と美味しく感じられた。人の手の温かみのある料理。残せるはずもない。

「クキ……クキ……」

ふと気がついたのだが、ヨウが食べているのはととこのバター炒めとは違う。赤い茎の植物のおひたしか何かだろうか? 鰹節がふわりと乗っていた。気になったととこは箸を伸ばす。

「クキ……! ダメだよ」

ヨウは皿を引いた。

「それ気になる」

「人に食わせるような物じゃないから」

「えー。一口くらいいいじゃない」

「ダメだったら」

箸を伸ばすととこと皿を守るヨウ。そんなやりとりをしながらも食事は進み、二人は空になった皿を前に手を合わせた。

「ごちそうさまでした」

「ドーモ」

そう言ってヨウは皿を重ねて台所に持って行くと、ととこがついて来た。

「洗い物手伝うよ」

「え? いいよ、別に」

「手伝いたいの」

ヨウは少しだけ考えるようなそぶりを見せてから皿を流し台に置き、隣に人一人分のスペースを作った。

「じゃあ僕が洗うから濡れた食器拭いておいて」

「わかった」


シャー!ガチャガチャ。

流れる水と陶器の重なる音。二人は無言で洗い物を続けた。

「ねえ」

ふと、ととこが口を開く。

「帰りたくないワケ、聞かないの?」

「興味ない」

「……そ」

そうして洗い物を終えた二人は居間に戻った。ヨウはととこに座布団を渡し、カラーボックスから数点の教本とノート、それにペン立てを取り出してからちゃぶ台につき、それらを広げた。

「ラジオとか、ボックスの本とか、適当に使っていていいよ」

「……女の子がいるのにお勉強?」

「まあ、うん。取り敢えず、正規雇用の内に入りたいし」

ペンを走らせながらヨウは答えた。

「ふーん。どんな仕事したいの?」

「介護士」

「何で?」

ヨウのペンが止まる。

「……昔、いろいろな人に迷惑をかけた。その人たちには誤って回ったけど、誰にも許されなかった」

ととこの顔が強張る。

「それは……このボロアパートで一人暮らししている理由?」

「いや、ここに住んでいるのは、関連はあるけど、まあ別件かな」

ヨウは再びペンを走らせた。先ほどよりも筆圧が強い。

「誰にも許されなかった。だから、せめてもの罪滅ぼしに、人を助ける仕事に就こうと思っているのさ」

「……」

ととこは膝を抱く姿勢で暫しヨウが勉強している姿を眺めた。二人は親元にいないという点では同じだが、片や家に帰りたくないがために遊び歩いている少女、片や次のステージへ向かおうとしている少年。似ているようで根底は違っていた。

「……」

出会って二時間程度だが、ととこはヨウが眩しく思えた。そして四つん這いになり、彼の元に近寄った。

「ねえ」

首に手を回す。

「は? ちょっと……」

「エッチしよ」

耳元で囁いた。

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