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※※※
——その日の夕方。
赤く腫れ上がった頬をさする俺は、裏庭で一人、悔しさに涙を流した。靴を無くしたと謝罪した俺に向かって、酔った父親が怒って殴ったのだ。
(俺のせいじゃ、ないのに……っ)
やりきれない悔しさから、側にあった大きな石を掴むとジッと見つめる。
(これを、思いっきり投げたら……。少しは、悔しさも晴れるかな……)
「ニャア……」
いつの間に来たのか、俺の目の前で小さな鳴き声を上げた黒猫。痩せ細ったその身体から察するに、きっと野良猫なのだろう。首輪もしていない。
放心した頭で、そんな事を考えていると——。
気付けば、右手に持った石を何度も大きく振り上げていた俺。右手に伝わる、鈍い衝撃。
その何度目かの衝撃で、ハッと我に返った俺は、足元に横たわる黒猫に視線を落とした。
——!!!
ピクピクと手足を痙攣させながら、顔面から大量の血を流し続ける猫。その姿は、もはや原形すらとどめていない。
「っ……ごめんっ。……ごめん、なさい……っ」
涙を流して謝りながら、震える手でそっと猫に触れてみる。その指先から伝わる体温はとても温かく——けれど、鼓動を感じる事はできなかった。
(……っ。どう、しよう……っ。どうしよう……っ)
自分のしでかした事態に恐怖すると、ガタガタと震え始めた身体でそっと猫を抱える。
(っ……か、隠さなきゃ……。でも……どこに……? ……あっ!)
井戸の中で消えた靴のことを思い出すと、そのまま猫を抱えて歩き始める。
(……もしかしたら——)
そんな思いを胸に井戸の前までやってくると、コクリと小さく息を飲む。
俺は抱えていた猫を持ち上げると、ギュッと固く瞼を閉じ、そのまま井戸の上でパッと手を離した。
閉ざされた視界の中で、恐怖に震えながらも聞こえてくるはずの音にだけ集中する。
けれど、いつまで経っても聞こえてこないその音に、俺はゆっくりと閉じていた瞼を開くと、恐る恐る井戸の中を覗いてみた。
「……猫が……いな、い」
確かに井戸の中へと投げ捨てたはずの猫の死体。
それは、やはり先程の靴と同様に、井戸の中で忽然《こつぜん》と姿を消したのだった。