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数分後。
ジェシーの様子を見計らって、サイラスは執務室に戻ってきた。ティーセットを乗せたワゴンを引いて。
「それで、説得は出来たのか。そのために、ジェシーをここに連れてきたんだろう」
「はい、そうですかって、この私が言うと思って?」
「まぁ、セレナの行方が分からない以上、手を引くとは思わないから、俺は説得なんてしねぇよ」
そう言いながら、テーブルの上にある、食べ終えた食器をワゴンへと乗せていく。そして、全て乗せ終えると、扉の外に置いた。いつものことなのか、手慣れた様子だった。
「気が済むまでやればいい。俺よりも、お前らの方がそういった場数は多いんだ。対処できるだろう」
一応、鍛錬はしているサイラスだったが、デスクワークが多いため、戦闘に関しては、ジェシーやロニよりも劣ってしまう。だから敢えて、口出しはしない、と言いたいのだろう。
「サイラスにジェシーを説得してもらうどころか、俺が説得されるなんてね」
「言って聞くなら言うが、聞かないんだから、それ用に対応するしかないだろう」
「二人とも、頼りにしているからね」
ロニとサイラスから同時に顔を向けられた後、溜め息をつけられた。
「それじゃ、話を戻すがいいか」
「何? まだあるというの?」
あぁ、と返事をしながら、サイラスはロニを見る。まるで構わないな、と許可を求めるような目線に、ロニは頷いて話を促した。
すると、サイラスは立ち上がり、机の引き出しから紙の束を取り出して、テーブルに広げた。
「書庫に籠っていたら、王城の敷地内の地図が出てきたんだ。それも、かなり古いやつがな」
「仕事が早いな。伝えたのは昨日のことなのに」
「気になったんだよ。将来の仕事場の近くに、得体の知れない物があるなんて、考えたくはないだろう」
確かに、と思いながら、地図を広げるのを手伝う。
紙の中央に描かれている、一番大きな建物は王城だろう。そこを中心に、右側に厩舎と侍従や侍女といった城勤めの者たちの宿舎があり、その近くには、騎士団の訓練場が描かれていた。
北側に見えるのは王子宮の建物である。そして、左側へ移動すると、模様のように描かれた庭園の全体図が目に入った。
注目するのは、さらに北側。そう、数日前レイニスが現れた場所であり、今日ロニが近づけなかった場所でもあった。
「王女宮?」
ジェシーは、地図に書かれた文字を読んだ。
「そんなものがあったのか」
「考えてもみろ、王子宮があれば王女宮があっても不思議じゃねぇだろう」
言われてみればそうだった。しかし、ゴンドベザーの王室は、王子であろうが王女であろうが、例外なく王子宮で育てられる。
王妃は、ゾド家出身でなくとも、縁戚もしくは傘下の者から選ばれるからだ。
そのため、王妃に子供ができなくとも、同様の家門から側室を迎えるため、諍いなく生まれた子供は、皆等しく同じ宮殿に入るのだ。
そしてそこから、傀儡となる後継者が選ばれる。
このようなシステムを作ったのが、我が四大公爵家であるため、ジェシーが国外追放されたいもう一つの理由でもあった。
傀儡になるしかないランベールと、王妃になるしかないセレナ。
やりたいことをやれず、レールの上に乗るよう強いられるのを見るのが、胸糞悪かった。好きなことをやっている私としてみれば。
「でも、私たちが知らないほど、長いこと使われていなかった宮殿でしょう。使えるものなの? そんな建物」
「実際使おうとするなら、それなりに修繕すれば使えんじゃねぇの。壊されていなければ、の話だが」
「もしあったとして、そこに近寄らせたくない理由は何かしら」
「さぁな。秘密基地、とか?」
何をバカなことを言うの、とばかりにジェシーはサイラスを睨んだ。
「二十歳も過ぎた男が、そんなことするわけがないでしょう!」
「そうか。アリだと思うけど。なぁ、ロニ」
「え? あ、否定はできないかな」
この裏切り者め! と今度は隣に怒った顔を向ける。
「もう! 真面目に考えなさいよ!」
結局、答えが出せない問題、ということでお開きとなった。正確には、忙しいサイラスに追い出された形ではあったが。
***
そして、本日最後の訪問先となるマーシェル邸に、ジェシーは辿り着いた。
まだ遅くない時間帯だったからか、玄関に立っていても、訓練場から声が聞こえてきた。さすがは多くの騎士団を抱えている、マーシェル公爵家である。
「相変わらず、凄いわね」
「参加したい、って言わないでくれよ」
「言わないわよ」
何でそんな変なことを言うの、と首を傾げたが、ロニからの疑いの目で、自信を無くした。
前に言ったことがあったのかしら。
そんな疑問も、ロニの部屋に通されたことで消し去った。何故ならテーブルの上に、宝石の付いたブローチやネックレス、髪飾りが数点、並べられてしまったからだ。
「好きなのを選んでもいいし、全部持って行ってもいいよ」
五年も平民暮らしをしていたせいか、気後れした。
そういえば、回帰してから、私の部屋にある宝石箱を開けていなかったわね。
「気に入らなかった? 似合いそうな物を選んだつもりだったんだけど」
戸惑っていると、ロニから逆に心配そうな声がかけられた。
「ううん。どれも素敵よ。ただ驚いてしまって。数日前までは、平民だったから」
「あっ。そうだね。……つい、あれもこれもになっちゃったんだ」
「ロニは感覚が戻るのが早いのね」
私も早く戻らなくては、とジェシーは髪飾りを手に取った。ちょうど雑貨屋で見た、ヘアピンと同じ紫色をした髪飾りを。
「付けようか」
「……お願いするわ」
返事を聞くと、すぐさまジェシーの後ろに回り、セットしていた髪を解かれた。一瞬、体がビクッとなった。そのまま髪に付けると思ったからだ。
まさか、それ用にセットし直すなんて。数日前までは平気だったのに、何だか緊張する。
「ジェシー、出来たよ」
そう言って手鏡を渡される。アップにしていた髪を後ろに垂らし、横髪だけが後ろにまとめられていた。よくロニがしてくれていた髪型である。
「この髪型が好きなの?」
「何で?」
「よく結ってくれていたから」
「……全部まとめちゃうと、触れないからね」
ジェシーは手鏡を握り締めた。
聞くんじゃなかった!
「他のも付ける?」
「ううん。ドレスじゃないんだから、付けたら可笑しくなってしまうわ」
手鏡をロニに返しながら、ジェシーは平静を装った。これ以上は耐えられそうになかったからだ。
「じゃ、他の物はソマイア邸に送っておくよ」
えっ、と一瞬戸惑ったが、コリンヌとレイニスのやり取りを思い出した。
別に可笑しいことではないのよね。コリンヌだって、多くレイニスから貰っていたわけだから。
「ありがとう、ロニ」
「どういたしまして」
ロニはジェシーの髪を一房掴み、キスをした。
貴族としての価値観に慣れることよりも、ロニのこの態度に早く慣れなくちゃ、心臓に悪い!
その姿にロニが満足気な顔をしていることに、ジェシーは気がつかなかった。